どうして私と結婚できないと?
長旅をしてきたせいで疲れているのかしら?
何か今、幻聴が聞こえたわ。
結婚がどうとかこうとか。
……まさかねぇ。
うん、まさかゼノン王子が私と結婚できないなんていうわけ無いわよねぇ。
きっと自分で思っている以上に疲れているのね私。
なれない旅に、結婚なんて人生の一大イベントを目の前にしてちょっと緊張しちゃったのかな。
ゼノン王子が私と結婚できませんなんて言う幻聴を聞いちゃうなんて。
だって、ほら、結婚を申し込んだ時点で断るならまだしも、嫁入り道具一式引っさげてはるばるやってきた私に、今更結婚できませんなんて普通言わないわよね……。
えっと、ドッキリ?
嫁にきた私を驚かせようというお茶目な冗談とか?
あはは、もしそうでも笑えないわよ!
「セレン姫……」
思考の海に現実逃避をしていた私をゼノン王子の声が現実へ引き上げた。
彼の瞳には真剣な色が宿っている。
冗談を言っている雰囲気ではない。
「何故でしょうか?どうして私と結婚できないと?」
結婚できないと言うのが私の幻聴で無いとしても、簡単に「はい、そうですか。わかりました」と答えるわけにもいかないわよね。
だって国同士のことだから国としての体面もあるし。
私個人では結婚を取りやめる事はできないと思う。
だいたい、私個人でどうにか出来るなら、私はこの場にいないわよ。
そう思い、王子に理由をたずねた時、私は広間中の貴族達がざわついているのにやっと気が付いた。
彼らも王子の発言に驚いているのだ。
どうなっても知らないわよ、これ。
ちらりと国王を見てみれば、平然とした顔をしている。
こちらは元から知っていたのか、それとも、予想していたのか、驚きを隠しているのか……。
私には判断が付かなかった。
「私には心から愛している女性がいるのです」
悲しそうに眉を寄せ、すまなそうな声で言う彼の様子が、ちょっと演技臭く見えるのは、私の心が汚れているせいだろうか?
……へー、だから何?
という言葉を何とか飲み込んだ私はえらいと思う。
だってだって、そんなの私の知った事じゃないわよ。
「……その方がいるから私と結婚できないと言うのですか?」
「はい」
迷いの無い簡潔な答え。
ちょっとむっとしたけれど、表情には出さずにすんだと思う。
「その方と私の両方と結婚……どちらかを側室にするということも無理なのですか?」
この場合、普通は私を正室にしてお飾りの王妃にして側室に入れた娘を寵愛するもんじゃないかしら。
国のための結婚と自分のための結婚両方すればいいのよ。
時期国王なんだし、跡取りもそれなりにいた方がいいだろうから、少々女を囲っても誰も文句言わないんじゃない?もちろん私も夫が側室を何人作ってもかまわない。
まあ、どうしてもその好きな娘の子どもを跡継ぎにしたいなら私が側室になっても良いけれど。
もしそうなったら、アルゴン国の方には私の方から誤魔化しておこう。
いいじゃん側室。
王妃じゃなく、側室になったら後宮に引きこもれそうだし。
「私は生涯彼女一人を妻として、愛していきたいのです」
貴族達のざわめきが一段と大きくなる。
側室になる方向で話を進めようかと思った矢先に、さらりとすごい事言ったわよこの王子。
なんかもう、好きにしてくださいって感じだ。
勝手にその娘と結婚すればいいじゃない。
でも、なんでそれを今更言うのよ!
えっと、もし私がこのまま結婚せずにアルゴン国へ帰るとしたら、どうなるわけ?
賠償を請求すればいいのかしら。
この結婚に掛けた費用は全部払ってもらうとして、それ上乗せして慰謝料を請求して……。
私が事後処理の事を算段していると、ゼノン王子はまわりの貴族達の方へと目を向けた。
どうしたのかしら?
「サマリ、こちらへ」
ゼノン王子の声と共に、貴族達の群れの中から一人の少女が出てきた。
年は私より少し下くらいだろうか。
白い肌に薔薇色の頬、それに蜂蜜色の髪をもったとても美しい少女。
それはまるで御伽噺の中から飛び出したような……
「シルバー姫」
私の呟きはあまりにも小さかったため、誰の耳にも届く事はなかった。