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死なない程度には大丈夫

 あっという間に日は過ぎて。


 私は今、タンタル国に向かう馬車の中で屍のようにだらりとだらけていた。


 ただ今疲労困憊中。

 馬車のゆれが心地いい。

 さすが、金に物を言わせて作った馬車。

 そんじょそこらの馬車と違って揺れ防止も内装も最新式の一級品を使っているだけあるわ。


 「セレン様、大丈夫ですか?」

 「死なない程度には大丈夫」

 おろおろしながら声をかけてきた新入り侍女に私は端的に答えた。

 なぜ私がこんなにも疲れているかといえば、国を立つ前にいろいろな……本当にいろいろな面倒ごとを片付けたから。

 私独自に雇っていた情報員を解雇して次の就職先を紹介したり、いつか使おうと思っていた一部の気に入らない貴族の裏情報を王に売りつけたり、嫁ぐに当たって一緒に連れて行く信用できる侍女を選別したり……。

 人に任せても良いような雑務だけれど、私はなるべく自分の手で済ませた。

 とくに、侍女の選別は念入りに。

 その時、一部新しく侍女を雇ったのだけれど、先ほど私に声をかけたテルルもその一人。

 テルル……テルーって私は呼んでるんだけれど、彼女はあの孤児院で暮らしていた女の子。

 今年15歳になるから、そろそろ就職先を探していたんだけれど、私が国外に嫁ぐと知ったとき、ぜひ侍女になって一緒に行きたいと申し出た。

 孤児院にいる間はテルーにとって私は「セレンお姉ちゃん」だったのだけれど、私の侍女になると私と彼女は主従関係になる。

 それでもいいかと問うといいと返事してくれたので、彼女は今ここにいる。


 まあ、主従関係になったといっても、私の中では彼女は孤児院にいるたくさんいる弟妹達の一人には違いないと思っているのだけれど。


 そんな妹の一人が馬車の中で緊張してか落ち着きなくそわそわしている様子を見かけると、少しでも緊張を解いてあげようと思うのが姉心であって、私はテルーに話しかけた。


 「テルーはタンタル国の事を知っていますか?」

 彼女は話しかけられて少し硬い表情のままこちらを見た。

 「いいえ、それが、殆ど知らないんです。タンタル国はどのようなところなのでしょうか?」

 「そうですね……アルゴン国は主要都市の殆どが海に面していますが、タンタル国は内陸の山が多い国です。そのため、主要産業は温泉による観光事業と鉱物の輸出です。うちの国からだいぶ離れている事もあり、習慣とかいろいろ違っていたはずです」

 「習慣ですか?」

 「ええ、特に大きなのは食習慣でしょうか。海が無いので当たり前ですが、食卓に海の幸が上がることはまずありません」

 へーと言いながら感心しているテルーの顔は少し表情が和らいでいた。

 うんうん、この調子で話していけばいいかな。

 私は8年前の記憶を手繰り寄せる。

 「それから、服装がちょっと違った記憶があります」

 「服装?」

 「はい、前に訪れたとき、私は子どもだったのですがあの国では成人前の子どもも大人と同じような格好をしていました」

 「まあ、そうなのですか?では、普段から女の子もドレスを着たりするのですか?」

 「ええ、そうです。でも、子どもの服が大人の服と形が違うと言うのは他国から見ても珍しいらしいです。たいていの国はタンタル国と同じで、アルゴン国のほうが独特なのですよ」

 そう言いながら私は過去にあった会話を思い出していた。


 『君、どこの国の人?』

 『アルゴン国』

 『アルゴン国?』

 『そう、この国よりだいぶ南に行ったところにある大陸の端の海に面した国』

 『変わった格好してるね』

 『そう?私の国では子どもは皆こんな感じの服を着てるよ』

 『へー……』


 出会ったばかりの頃の彼とのたわいの無い会話。

 今でもあの時の彼の表情やしぐさが鮮明に思い出せる。

 あの時のクゥかわいかったな。







 あれから何日も馬車に揺られ、やっとやってきたわよタンタル国!

 王城に来たのは初めてだったけれど、なかなか綺麗で素敵なところだ。

 これからここに住むのか……何だか実感がわかないわ。


 なんて思いつつも私は着いて早々大広間に通されて、今現在しずしずと王座の前へ歩いて行っている。

 ここには、この国の貴族達なんかも集められていて、この国で初めの私のお披露目って感じね。


 王や周りの貴族達の視線をびしびし感じてちょっと怖いけれど、前を向き胸を張って堂々と、精一杯王女らしく振舞って歩く。

 あくまで私のペースで余裕の笑みを浮かべながら。


 真ん中には王座に座った王様とその隣に王妃様。

 そうして、二人の両脇に居るのは私の夫になるゼノン王子とクゥ……クロム王子。

 一歩一歩彼らに近づくにつれ、私の胸はドキドキとその鼓動を速くした。


 目の前にクゥがいる。


 手の届く場所にクゥがいる。


 8年ぶりに目に映ったクゥは、私の知っているクゥではなかった。

 そこに居たのは、天使のように可愛らしい華奢な少年ではなく、一人の青年だった。

 昔は同じくらいだった身長も、今は確実に彼のほうが高くなっているし、体の線は細めだが、あきらかに大人の男性のものだ。


 ああ、でも、近づいて分かった彼の瞳は昔のままの澄んだ色をしている。


 そう思った次の瞬間、クゥと目が合い、私の心臓はドキリと大きく跳ね上がった。


 ええい!静まれ私の心臓!

 ドクドクとものすごい勢いで心臓の鼓動が体中に響いている。

 私はなるべくクゥのほうを見ないようにゼノン王子へと視線を向けた。


 私が結婚するのはこっち、ゼノン王子なの!

 クゥじゃないの!

 クゥとは結婚できないの……。


 あ、なんかちょっと悲しくなってきた。


 なんて事を考えつつも、王座の前まで着いたので、私は腰を折り、頭を下げる。


 「顔を上げられよ」


 私は王の声に促され頭を上げる。

 ぱちりと王の蒼い瞳の視線と私の灰色の瞳の視線が合わさった。

 クゥの瞳の色は父親譲りなのね。


 そんな事をぼーっと考えていたら、つかつかとゼノン王子が私の前までやってきた。


 高い身長にたくましい体、博学で剣の腕も立ち、王子として……いや、時期国王としてふさわしい威厳に満ちた雰囲気を持ち合わせている彼は類まれなる美貌の持ち主でもある。

 各国の姫君の心を惹きつけて止まず彼を一目見た女性は誰もが恋に落ちると言われているとかいないとか。


 私としては、あの美しい顔の奥に何か黒いものが潜んでいそうな気がしてならないのだけれど……。

 はじめてあった時、私の勘が危険信号を鳴らしていた。


 でも……まあ、結婚するのよね~。

 意に沿わない結婚ではあるけれど、覚悟を決めて腹をくくるわよ。 

 いい妻になれるかは分からないけれど、せいぜい、いい王妃にはなれるように努力するわ。


 「セレン姫」

 耳に心地よい響きの声が私に掛けられた。

 「はい」

 私は出来るだけ優雅に微笑んで返事をする。

 王族同士の結婚に個人の感情をはさんでもしょうがない。

 できるだけ彼とは仲良く……穏便にこの先を歩んで生きたい。


 なんとか覚悟を決めた私に、この後未来の旦那様は予想外の爆弾発言をかましてくれた。


 「すみませんが私はあなたと結婚できません」







 へ?



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