表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/26

どうして分かってくれないのっ

 ぼすん ぼすん と何かを叩きつけるような鈍い音が響いている。

 

 「どうして分かってくれないのっ」

 

 私は自室でお気に入りのクッションを殴りつけていた。




 事の起こりは一時ほど前。

 私は母親のもとを訪ねていた。


 「あなたにはあまり母親らしい事ができなかった……あなたには幸せになってほしいの」


 それが悲しそうに目を伏せながら俯いた母から出た言葉。

 その様子は今にも散ってしまいそうな穢れ無き華のようで娘の私から見ても儚げで美しかった。

 美しさの中に見える脆さ、思わず我が手で守りたくなるような、それが叶わぬならいっそ自らの手で手折ってしまいたくなるような、そんなところにきっと父は惹かれたのだろう。


 私にはそんなところまったく受け継がれなかったけれどね。


 母親らしい事ができなかったと母は言う。

 実際娘として、あまり母からの交流が無かったけれど、あの父親との繋ぎをとってもらったり私から頼めばそれなりにお願いを聞いてくれた。

 母親らしいかと言えばちょっと違うかもしれないけれど、私は決して母が嫌いではない。

 王は好きじゃないけど。

 幸せになってほしいという言葉は正直嬉しい。

 私の事を少しでも気にかけていてくれたんだと思えて。

 うんうん、私絶対に幸せになって見せるわ。

 そのためにいろいろ学んだり、根回ししたり、コネを作ったり……このままいけば近い未来それなりの結果が待ち構えているはずだもの。

 具体的にはどこか田舎に屋敷でも買って隠居生活が送りたい。

 結婚も出来る事なら愛人とかいっぱい持っている適当な身分の貴族として、何だかんだと理由をつけ、早々と別居して辺鄙なところに引きこもりたい。

 王家のどろどろとした内部問題や政治の争いとか無いところで安穏と暮らすのよ。

 私それまでがんばるわ!

 そんな嬉しさをかみ締めながら決意をしている私に母は爆弾を落とす。


 「だから、あなたにはゼノン王子と結婚してもらおうと思って」

 「……母上、どうしてそうなるのです?」


 だーかーらー、なんでそこでゼノン王子と結婚なのよ。


 「女の幸せは好きな人と結婚する事です」


 うん、その考えは分かる。

 世間一般的に言われている事だもんね。

 でもね、『好きな人と結婚』でゼノン王子っていうのは……


 「母上、私はゼノン王子の事は好きではないのですが」


 むしろ苦手です。

 私が好きなのはクゥ……違う違う好き だ っ た のはよ。

 過去形よ過去形!


 「セレン……」

 今まで俯いていた母が顔を上げた。

 その瞳には今まで見た事も無いほどの力強さがこもっている。

 「この母の目は誤魔化せませんよ。あなたがゼノン王子を見ている目は恋をしている目でした」


 違います


 絶対に違います


 絶対に絶対に絶対に違います


 「母上、それは母上の勘違いです私はゼノン王子の事はちっとも好きではありません」

 「いいえ、そんなわけありません」

 彼女はきっぱりと言い切った。

 そこには弱弱しさや儚さと言うものはまったく無い。

 なんなのよその自信は。


 「あなたは賢くて周りの事を考えてしまう子です。けれど、国のためなどと考えず自分の好きになった人と結婚していいのですよ」


 その言葉、私に結婚したい人がいたならば、とてもありがたいのだが、残念ながら今現在私にそういった人はいない。


 私はあれやこれやと言い訳をして説明したのだが、母は最後まで分かってくれなかった。

 やっぱり、クゥの事を話さなかったせいだろうか。




 私はついさっきの出来事を思い出して、体の力を抜くようにして大きなため息を吐いた。

 クッションを殴るのも飽きた。


 「姫様、お茶でも飲んで心を落ち着けてください」


 そういって脱力してベッドに寄りかかっていた私にお茶を運んできたのは侍女のコバルトだ。

 お茶と一緒にお茶請けも持ってきてくれたようだ。

 甘く美味しそうな匂いが部屋に広がる。

 「ありがとうルト」

 そういうと、コバルトは嬉しそうに微笑んだ。

 その微笑で少しささくれ立っていた心が癒される。


 彼女はリンの次に私が心を許している人間だ。

 リンは私より年上だけれど、コバルトは私より一つ年下。

 彼女が12歳の頃から使えてくれている。


 リンは姉のように慕っているところがあるのだけれど、ルトは妹のようにかわいがっている感じかしら。

 彼女の可愛いだけではなく、いろいろと優秀なところも気に入っているのだけれど。


 「ルト、私がタンタル国に嫁ぐ事になったら付いてきてくれますか?」

 出来るだけそれを避けられるように頑張ってはみるけれど、自信ないな。

 「もちろんです姫様」

 まったく迷いの無い彼女の返事に、私は口元が緩むのを感じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ