気に入らないわ
私は正面から愚か者どもをざっと見渡した。
まず私の一番近くにいるのがサマリ嬢。
私の登場に目を真ん丸くして驚いている。
サマリ嬢の真向かい側の中心に居るのは先ほどクゥで我慢発言をした馬鹿女。
その周りに3人ほどサマリ嬢にいやみを言っていた女共がいて、皆が驚いた顔をして一様に動きを止めている。
一番奥に静かにこちらを見つめている女がいた。
彼女だけ私に淑女の礼をとる。
「セレン様、お初にお目にかかります。私、ベリリム伯の娘ルビーと、申します」
彼女の挨拶の後、サマリ嬢以外のものが慌てて同じく挨拶をした。
私も名乗り礼をとりながら彼女たちを観察する。
女たちはおどおどしながら、ルビーの様子を伺っていた。
きっとこの一番奥にいる女がこいつらの親玉ね。
彼女を中心に女たちが動いている。
けれども、先ほどサマリ嬢に嫌味を言ったのも、クゥを貶したのも彼女ではない。
気に入らないわ。
「皆様楽しそうにお話をされていたようですけれど、何をお話されていたんです?」
「ドレスの話をしていましたの」
私の問いかけにルビーはさらりと答えた。
まあ、確かにドレスの話 も していたわよね。
「そう……私にはクロム様の名前が聞こえたのだけれど」
「気のせいでございましょう」
堂々と答える彼女に私は笑顔を向けた。
「そうですわね、気のせいですわね。まさか次期国王となる方をあのように……そのような愚かで、己の立場もわきまえず、恥知らずな方はこのような場にはいらっしゃいませんわよね」
口元に手を当てながらフフフと笑うと、ルビーも私に笑顔を向けホホホホホと笑った。
「どのような聞き間違えをされたのかは存じ上げませんけれど私たちはずっとサマリ様とドレスの話しをしていましたのよ」
笑顔で白を切られてしまった。
相手もなかなか……。
私は切り口を変えることにした。
「まあ、そうでしたの。ああ、サマリ様。この間の食事会の時のドレスもステキでしたが、今日のドレスはまた違った雰囲気でステキですわね」
「セ、セレン様」
私の言葉に、サマリ嬢は怯えた小動物のようにびくびくと私を見た。
彼女と私は身長差があるので、どうしても上目使いで見られる事になるのだけれど、それが余計に小動物っぽかった。
ねずみとかリスとか仔犬とか、まあ、そんな感じのやつ。
「ゼノン様とお並びになれば、きっと一枚の絵のように美しい光景になると思いますわ」
サマリ嬢は顔を赤くしてもごもごと小さな声で私にお礼を言っているがそんな事はどうでもいい。
私はルビーの目をしっかりと見つめ言葉をつむいだ。
「ゼノン様とサマリ様は本当にお似合いの二人ですものね。ねえ、ルビー様もそう思われますわよね」
「……」
ルビーは笑顔のままだけれど、何も言わない。
「ねえ、ルビー様。お似合いですわよね?」
私がもう一度力強く言うと、彼女は手に持っていた扇をぎゅっと握り締めた。
「セレン様、申し訳ございませんが私、王妃様への挨拶がまだでしたの。楽しいお話の途中ですが、失礼致しますわ」
そう言うと、ルビーはあっという間に私に礼をしその場から立ち去っていた。
もちろん彼女の取り巻き達も一人残らずついていく。
こんな不自然に立ち去る事を選ぶくらいにサマリ嬢がゼノン王子とお似合いと認めるのが嫌なのね。
悔しいながら口先だけでも二人の事を認めなくてはいけない彼女を見たかったのだけれど、まあいいわ。
少し気分がすっきりしたし。
それにしても、ゼノン王子のどこがいいのかしら?
「あ、ありがとうございましたセレン様」
一人、思いを巡らせていると、先ほどよりは、はっきりした口調でサマリ嬢が礼を告げていた。
「別にあなたを助けたのではありません。勘違いしないでください。私の夫が貶されたのが許せなかっただけです」
夫……私の夫……きゃー!自分で言っておいてなんだけど、なんていい響きなの。
でも少し照れてしまう。
夫、夫、クゥが夫。
ちょっとうれし恥ずかしい。
「そう、私 の 夫……」
いけないいけない、ちょっと顔が熱くなってしまったわ。
私は扇を取り出して、さっと自分の顔を隠した。
「セレン様……分かりました。今回は私のためでなく。セレン様のためにしたことなのですね」
「分かっていただければいいのです」
扇で顔を隠していた私は、この時サマリ嬢がやけにいい笑顔でいた事も、小さな声で「こういう方の事って、なんていうんでしたっけ?えーっとえーっと、ツンデレ?」と、呟いた事も知らなかった。