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私はもう諦めたのです

 「ねえ、リン。最近のタンタル国の情勢は分かりますか」

 ローレン公の元へ向かう途中、私に付き従っているリンに何気なくたずねてみたのだが、そんな私にリンは冷たい視線を向けた。

 「姫……まだ初恋の君のことが忘れられないのですか?」

 リンは八年前の事を知っている。

 あの失恋の後、三日三晩泣き続けて目が開けられないほど瞼がはれた私を慰め世話をしてくれたのは他ならぬこのリンだ。

 「ちがっ……違います。今日たまたま昔の夢を見たので気になっただけです」

 私の言葉に彼女はわざとらしくため息を付いた。

 「夢に見るほど未練があるのですか?いいかげんあきらめたらどうです。どうせ彼の君を手に入れるつもりは無いのでしょう?」

 幼少からの長い付き合いのおかげで彼女は主である私にもこのように遠慮ない言葉をぶつける。

 「だから違います。本当にちょっと気になっただけなのです」

 彼女は私を見てにやりと笑った。

 この顔はちょっと意地悪な事を言う顔だ。

 ……そうして、それを楽しんでいるときの顔。

 彼女はちょっと嗜虐趣味の気があると思う。

 「信じられませんね。七年前、彼の身元を探るように指示したのは誰です?その後数年、彼の様子を定期的に探らせたのはどこのどなただったでしょうか?」

 私はぐっと言葉に詰まった。

 まったく、この侍女は傷を抉るように痛いところを付いてくる。

 「わかっています、わかっています。王女の権限で調べさせたのは私です……でも、そのおかげで彼のことは四年も前に諦められたのです」



 八年前、彼と私はお互いの身分を知らなかった。

 いや、私はあえて彼に自分の身分を明かさなかったの。

 当時私は姫と言う立場であまり良い目にあっていなかったので、姫と名乗る事がいやだったから。


 彼と出会った場所はタンタル国の湯治場……と言っても、一般庶民が集まるようなところではなくて、貴族達など特権階級の人々が集まる場所だった。

 良質の温泉がわいているタンタル国はそのような湯治場をいくつも作り、自国のみならず他国からも人を呼びそれを大きな事業としている。

 彼のことはタンタル国の貴族の子どもの一人だと思っていた。

 彼もきっと私のことを他国の貴族の子供の一人だと思っていたんだと思う。

 二人で遊ぶとき、身分だのなんだのはあまり気にしてなかったので、彼がどこの誰なのかは深く考えていなかった。


 失恋した後、彼に一度も会わず自国に帰った私は、後から彼がどこの誰だったのか気になった。

 ……というか、彼に未練たらたらで彼と会えなくなったぶん、彼のことが少しでも知りたくなったのだ。

 そこで、リンに頼んで彼の……クゥの事を調べてもらったのだ。

 当時は純粋な子どもの心として彼のことを知りたかった……と言うことにしておいてほしい。

 今考えれば、振られたのに彼を調べるなんて彼に知られればしつこい女だと思われて嫌われそうだし、調べられた方は、なんていうか重いし怖いはずだ。

 まあ、そのことについては今はおいて置いて、彼の事を調べて分かった事、なんと彼……クゥ……クロムはタンタル国の第二王子だった。


 クロム・ルテチ・フランシウム・タンタル

 これが彼の名前。

 私より2歳年上で、私と違って正妃の息子。第二王位継承者。


 この事実を知ったとき、実は私は喜んだ。

 王族同士ならば、もしかすると結婚のチャンスがあるかもしれない!と。

 初めのうちは政略結婚だろうとなんだろうともし彼と結婚できてずっと一緒に居られるのならそれでもいいと思っていた。

 けれども、そのうちに彼が私の父である王のように、自分以外にシルバー姫のようなかわいい姫を娶ってその子ばかりと仲良くしてしまったら、きっと悲しくて悲しくてどうしようもなくなるだろうと言う事に気が付いた。

 いや、それどころか、結婚した後も結婚したくなかったとか、言われ厭われでもしたらきっと悲しみで死ぬ事ができるだろう。

 と、当時の私は本気で考えていた。

 で、まあ、そんなことを考えながら月日が経って成長していくうちに、タンタル国と我が国では国交はあるもののうちの国からタンタル国に嫁ぐメリットが殆どない事を知った。

 タンタル国は我が国と比べるまでもなく弱小国で、むしろ我が国に庇護を求めるため向こうからこちらへ誰かが嫁いでくるほうがまだ現実味がある話だった。


 そんなこんなで、いろいろと考えつつ過ごしながらも四年前、彼の婚約が決まったと言う情報が私に入った。

 それで私はやっとこの恋に区切りをつけた。


 ……はずなのよ。


 「そう、私はもう諦めたのです」

 そう力強く言った私の言葉をリンは鼻で笑った。

 ちょっとそれ、侍女としてあるまじき行為じゃないの。

 ムッとしたが私は言葉に出さなかった。

 「その割には、この間いらした彼の君の兄上には興味を持っていましたよね」

 「あれは……」

 なんでこの侍女はこうも私の心をちくちくと攻撃するのだろうか。

 頭が良くって優秀で、護身術の腕も優れていて、長い付き合いで本当は私のことを結構思っていってくれているということを知らなかったら即刻首にしてやるのに。

 「確かにこの間の他の国々との方との交流会では興味を持ちましたけれど、あれはあの王子自身に興味を持っただけです。彼の弟とは関係ありません」

 「でも、後で「クゥとはぜんぜん違って腹黒そう。笑顔の下で何考えているか分からないから敵にも味方にもしたくない。クゥの話もあまり聞けなかった」と嘆いていらっしゃいましたよね」

 「ぐ……」

 私は声にならないうめき声を発した。

 そんな愚痴零したっけ?

 いやだわ、リン相手には口が軽くなりすぎてるのかしら。

 「私相手に気を抜くのは結構ですが自分の発言はちゃんと覚えて置いてください。後々自分の首を絞める事になりますよ『炎のセレン姫』」

 「……」

 ここでその呼び名を出してくるなんて本当にこの侍女ときたら……。


 「分かりました、今後は気をつけます」

 苦虫を噛み潰したような顔をしてそう告げると、リンは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。

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