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あの……大丈夫ですか?

 私は今、念入りに身支度を整えている。


 いつもより丁寧に、でも決して濃くならないように化粧を施し、ボリュームのある赤毛は高く結い上げて真珠の髪飾りを付ける。

 確かこういう内陸の国では真珠とか珊瑚とかそういった海のものは希少価値があるのよね。

 うちの国、宝石の出るような土地はないけれど、海産物だけは豊富なの。

 赤い髪に白い真珠はよく映えるわ。


 ドレスは私の一番のお気に入りのものをまだ片付いていない衣装箱から引っ張り出した。

 この国の流行は分からないから全体的にスタンダードで洗練して見えるように注意を払う。 


 なんたって、私はこの後、あのサマリ嬢と昼食を共にするのだから!

 ふふふふ、まさか彼女からお誘いが来るなんて思わなかったわ。

 これは宣戦布告と受け取っていいのかしら。


 「リン、これでどうでしょう?」

 身支度が整ったので、私はそういって私はリンの目の前でくるりと回ってみせた。

 

 「ええ、宜しいのではないでしょうか」


 リンの言葉に満足した私はこっそり心の中で気合を入れた。


 ようし!

 いざ!決戦よ!







 決戦の場は午後の光溢れるテラスだった。


 敵の用意した戦場は格式ばったお食事会などではなく、ラフな感じのランチのようね。

 テーブルに並べられているのは綺麗にカットされた果物やチーズや野菜の乗ったクラッカーなど、軽食に近いものが多い。

 メインの鳥料理も初めから小さく切り分けてあるものがクレープのような生地にくるまれていて、手でつまんでも食べられそうなかんじだわ。


 アルゴン国とタンタル国では微妙に国が離れているためか、テーブルマナーがちょっと違う。

 テーブルマナーって言うものは相手に不快感を与えないように食事さえすればそれで良いような気もするのだけれど、王族とか貴族とかの間で、こういったテーブルマナーや礼儀作法と言うものは少しでも間違った事をすればすぐに足を引っ張る材料にされる。


 せっかく自国出発前に身につけたアルゴン国式テーブルマナーを見せ付けようと思ったのに……まあ、今日のところはいいわ。




 目の前にいる豊かな金の髪はきらきらと光を反射し、惜しげもなく日の光を浴びている白い肌には染み一つ無い。

 見ればみるほど、御伽噺のシルバー姫のイメージそのままだわ。


 ただ、その表情は緊張しているのかやや硬い。


 「今日はこのような席にお越しいただき、ありがとうごじゃいますっ」


 あ、噛んだ。


 サマリ嬢は言葉だけではなく舌も噛んだのか口元を手で押さえて目に涙を浮かべている。


 「はうぅぅ、あ、う、その、失礼しました」

 慌てて頭を下げたサマリ嬢はどうしたらそうなるのか分からないけれど、近くにあったグラスをガタンと倒した。

 「あぁ!ごめんなさい!」

 侍女たちが慌てて集まってその場を片付けているがサマリ嬢は、なんかもう泣きそうな雰囲気だ。

 なんて思っていたら、彼女のその大きな瞳にはみるみるうちに涙が浮かび上がってきた。

 何か後一押ししたらきっとこの涙は決壊して流れ出すに違いない。


 「あの……大丈夫ですか?」


 とりあえず、声をかけてみた。

 泣かれたらちょっと嫌だな……


 「はいっ大丈夫ですっっ」


 彼女は元気にそう返事をしたけれど、なんか、いろいろと大丈夫じゃないような気もする。

 あ、でも、何度も瞬きをして泣くのは何とか止められたみたい。

 けれど、微妙に体がふるふると震えているような……



 何?このイキモノ?



 サマリ嬢を前にして、失礼だけれど、何だか気が抜けた。

 まさかこれ、計算してやっているんじゃないわよね。

 こうやって抜けたところを見せて私を油断させるとか?

 いや、まさか……うん、それはないわ。

 私を前にして緊張しているの?

 それとも、これが俗に言う「天然ぼけ」っていう物体かしら?

 もしそうだとしたら、初めて遭遇したわ。


 決戦……


 えーっと、どうしよう。






 目の前で固まってしまったサマリ嬢を前に、私はどうしたものかと考え込んだ。

 ここは、私が主導権を握ってこの会を進めていった方がよさそうね。

 とりあえず、食事会らしく食事でもしようかしら。


 「美味しそうなお食事ですねいただいてもいいでしょうか?」

 私から食事を催促するのはマナー違反な気がするけれど、この際どうでもいいわ。

 とにかく、つつがなくこの会が終わってくれれば。

 決戦は出来そうにないから、サマリ嬢の対策についてはまた後で考えましょう。


 そう考えて、私はなるべく穏やかに、彼女を怯えさせないように話しかけた。

 そうして、そっと両手をフォークとナイフに添えてみる。


 「は、はい。どうぞ召し上がってください」


 そう言うと、サマリ嬢もフォークとナイフを手にした。

 手にしたフォークとナイフがぷるぷると震えている。

 この子、振るえ止まらないのかしら?


 彼女はそのぷるぷると震えた手で目の前のサラダへと手を伸ばした。

 サラダの中身は数種類の豆をドレッシングのような物で和えたものと、それに添えられている菜が綺麗に盛り合わせてある。

 うん、これは美味しそうね。

 お豆って好きよ私。

 この茶色い豆は見たことないわ、美味しいのかしら? 


 なんてサマリ嬢の振るえるフォークの先にあるサラダを観察していたら、目の前に小さな物体がぴょこんと飛んできた。


 これは……豆!?

 茶色の美味しそうなお豆が私の目の前にちょこんと鎮座している。


 「あああああ!すみません!」


 すぐさま聞こえてきた謝罪の声から察するに、どうやら目の前の彼女が緊張の振るえのあまり豆を弾き飛ばしてしまったらしい……って、何でそうなるの!?普通無いわよこんなこと。

 豆が飛ぶとかどんなフォーク使いしてるのよ。 


 あまりにも不思議すぎて、ついついサマリ嬢の顔を見つめてしまった。


 なんか、彼女の顔色がものすごく青くなっているんですけど。

 それはもうかわいそうなくらいに。


 この子、こんなので良く生きてこれたわね……深層の令嬢とかでめったに表に出てこないタイプかしら?


 「……あの」

 「ご、ごめんなさい!すぐに片付けさせます!」


 「ちょっと落ち着いてください」と言おうとしたら、彼女の言葉とガシャーンと言う良く響く音に遮られた。

 彼女の両手からフォークとナイフが滑り落ちてお皿に激突したようだ。

 サマリ嬢はその場に固まってしまっている


 いや、なんかもう、この子はパニック状態に陥ってるのか周りがまったく見えてない気がするわ。

 ナイフとかフォークをまともに使える状態ではないって感じ……


 ええい!ここは無理やり私のペースに巻き込ませてもらうわよ!


 とりあえず、食事をするわよ。食事を。

 そう決心して、私はサマリ嬢の目を見ながらゆっくりと話しかけた。


 「このお料理、我が国にあるクレープと言うお菓子に似ていますわ。そのお菓子はこうやって手で掴んで食べるんですよ」

 そう言って私はメインの料理を手でひょいと掴んで食べた。

 まあ、クレープもこういった場では本当はフォークとナイフを使って食べるんだけど。

 「手で……」

 サマリ嬢は目を丸くしてこちらを見ている。

 「ええ」

 むしゃむしゃと咀嚼した後、私は笑顔で答えた。

 サマリ嬢もおそるおそるメインの料理に手を伸ばすとぱくりと一口食べた。

 口に入れたものを彼女がごくりと飲み込んだのを見計らって私は声をかける。


 「美味しいですね、こちらもいただこうかしら」

 そう言って私はカットされた果物にも手を伸ばして口に運んだ。

 そうして、ここで私は必殺お姫様スマイルを繰り出す。


 どうやらお姫様スマイルはサマリ嬢に効果があったようで、つられたように彼女も微笑んだ。

 そうして、彼女も私のまねをして果物へと手を伸ばした。


 べちゃ


 ……果物がサマリ嬢の手から滑り落ちたわ。

 この子、基本的に不器用?


 ああ、サマリ嬢、固まっちゃってる。

 せっかく食事をしてたのに。


 私は彼女が手にした果物と同じものをさっと取ると、手を滑らせて、テーブルへと落とした。

 「あっ」

 サマリ嬢の小さな驚き声が聞こえた。

 「この果物は手だと滑りやすいですね」

 そう言って、彼女にお姫様スマイルを向けると、私はテーブルに落ちた果物をフォークで突き刺した。

 そうして、何事も無かったように口に入れる。

 お行儀が悪いとか、そんな事知りませんよー。

 サマリ嬢もフォークを手にすると私と同じようにして果物を口へと運ぶ。


 おお、フォークが普通に使えるようになってるわ。

 緊張していたのかパニック状態だったのかは知らないけれど、初めの状態からは抜け出せたのね。


 「甘くて美味しいですね。この果物、とても気に入ったわ」

 そう言って、私は微笑を浮かべる。

 今日はお姫様スマイルの大安売りよ!


 サマリ嬢は先ほどよりも柔らかく私に微笑み返した。

 よしよし、さっきと比べてだいぶ顔色も良くなったし、手も震えていない。

 少しは落ち着いたかしら。

 彼女も少し余裕が出てきただろうから、軽い会話でもしようかしら。


 その後、私は彼女を刺激しないように当たり障りの無い会話を繰り返した。

 そうしてこの食事会の時間は過ぎていったのだった。


 なんだか、むしょうに疲れる食事会だったわ。


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