嫌です
「……セレン姫」
名前を呼ばれ私はハッと顔を上げた。
目の前にはゼノン王子とサマリとタンタル国王、王妃、それとクゥがいる。
いいえ、ちがう。
この場には彼らだけしかいない。
私は静かな部屋を見渡して軽く息を吐いた。
あの広間でサマリを紹介された後、周りの貴族達が混乱のためか騒ぎ出し場が騒然として収拾がつかなくなった為、私たちだけ別室に移動してきたのだったわ。
「顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは王妃様。
昔のクゥと良く似た眼差しで心配そうにこちらを見ている。
この方が義母になる予定だったのよね。
昔のクゥに似た優しい雰囲気は、もし義母になってもうまくやっていけそう。
……今更そんな事を考えてもしょうがないわね。
「ええ、大丈夫です。少し予定外の事でちょっと驚いてしまっただけです」
私は出来るだけ穏やかに答えた。
本当はちょっと驚いたどころではないのだけれど。
私はうまく微笑んでいるかしら。
「それで、今後の事も含め、詳しく説明していただけるのでしょうか?」
私は一同を見渡し話を切り出す。
とにかく、国に帰るとしても、今すぐ引き返すわけにはいかないのよね。
それなりの理由……大義名分がほしい。
私には落ち度はなかったと、タンタル国が勝手にこの婚姻を破棄したというしっかりとした証拠がほしい。
この結婚はいわば国同士の取引。
ここで私がへまをすれば今後のアルゴン国の世評にかかわる。
しっかりしなくっちゃ! アルゴン国のためにも。
「まあ、先ほど話した通りなのですが」
ゼノン王子がゆっくりと私へと語りかける。
彼から注がれる視線は、私の心の中を読もうとしているようだった。
私はその視線をしっかりと見つめ返す。
「私はサマリの事を愛しているのです」
「はぁ、そうですか」
私はなんとも間抜けな返答をした。
だって、これくらいしか私に言えることはないし。
ゼノン王子が誰を愛していようと、私の知った事ではないわ。
勝手に愛しちゃってください。
結婚でも何でも勝手にしてください。
ステキな家庭でも築いちゃってください。
私とアルゴン国に関わらない範囲で。
「私は 絶 対 にサマリ以外とは結婚しません」
絶対にの所に力を込め、ゼノン王子は断言した。
いや、うん、それはもう分かったから。
私としては、今後この問題をどう落とし前付けてくれるかが気になっているわけで……。
ゼノン王子の結婚観とかには興味ありませんから。
そんな事を考えながらも、続くゼノン王子の言葉を待っていると、ここで国王が口を開いた。
「ゼノン、お前の言葉に二言は無いな?」
「はい」
国王の言葉はどこか冷たいものを感じた。
あれ?もしかして怒ってる?
対して、ゼノン王子も少し硬い表情で王に返事をした。
王はゼノン王子の今日の発言を事前に知っていたわけじゃないのかしら?
「そうか……では、ゼノン、お前は王位継承権を放棄しろ」
「仰せのままに」
え?
二人の会話に私は内心驚いた。
こんな簡単に王位継承権を放棄とかしていいの?
というか、王位継承権ってそんなに簡単に捨ててもいいものなの?
私は王位継承権から遠く、さらに女なので、王になるなんて、それこそ王家の面々を根こそぎ亡き者にでもしないと無理なようなものだから、王になる事を夢見た事なんて無かった。
けれど、なんだかんだ言ってゼノン王子は第一王子で、きっと将来は王になる事を前提で育てられてきたのだと思う。
それをいとも簡単に……結婚という理由だけで王になるのをやめるの?
私の混乱をよそに、王はクゥの方を向き、さらに言葉を続けた。
「クロムこれからはお前が第一王位継承者だ」
「……はい」
王の言葉にクゥは短く答える。
次に王は私の方を向いた。
そうして、私の瞳をしっかりと見つめながら彼は言った。
「セレン姫、こちらの事情で大変申し訳ないのだが、貴女は時期国王のクロムと結婚していただきたい」
その言葉を聴いて、私は全身が粟立った。
そうして、反射的にこう、答えた。
「嫌です」