大人になったら結婚しよう!
「私のこと好き?」
私は内心緊張で胸を弾ませながらも、まるで天気でも尋ねるように軽い調子で尋ねた。
そんな問いに相手の男の子は天使のような笑顔で答えた。
「うん、好きだよ」
彼が私のことを好きと言ってくれた!その言葉に私は天にも昇るように喜こぶ。
「じゃあ、大人になったら結婚しよう!クゥが私のところにお嫁においで」
私はありったけの勇気を出して彼にプロポーズした。
その言葉を冗談とでも思ったのだろうか、私の言葉を彼は笑った。
「僕、男だからお嫁さんにはなれないよ」
「じゃあ、私がクゥのところにお嫁にいくから結婚しよう!」
私の言葉に彼は顔をしかめた。
「……」
「私と結婚するのは嫌?」
急に黙り込んでしまった彼に私は恐る恐る尋ねた。
「僕は将来シルバー姫みたいなかわいい女の子と結婚するんだもん」
私は頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。
シルバー姫といえば御伽噺の中に出てくるとってもかわいいお姫様だ。
「ねえ、セレは僕の一番の友達だよそれじゃダメなの?」
私はきっと泣きそうな顔にでもなっていたのだろう、彼は慰めるように言ったのだが、私はその言葉に首を横に振った。
「私はクゥが好きだからずっと一緒に居たいんだ。結婚すればずっと一緒に居られるじゃないか。私と結婚したら絶対に幸せにするよ」
私の言葉に今度は彼が首を横に振った。
「でも、僕はセレとは結婚できない」
「絶対に?」
「絶対に!」
「そっか……わかった……変な事言ってごめん」
私は彼に背を向けるとその場から走り去った。
涙が後から後から溺れ落ちてまるで滝のようだ。
こうして、見事に玉砕して私の初恋は終わったのだった。
久しぶりに懐かしい夢を見た。
私は目元の涙を手で拭いながらぼーっと昔の事を思い出していた。
あれはまだ私が10歳の頃の事だ。
怪我の治療と言う名目で湯治場で有名なタンタル国に行っていたときに出会った男の子に私は恋をした。
年は私よりも2つ上だったけれど、華奢な体に絹のような金髪、薔薇色の頬に蒼い瞳。
本当に天使のように綺麗でかわいい男の子だった。
それに比べ、あの頃の私はものすごいお転婆でけっしてシルバー姫のようにかわいい女の子じゃなかった。
当時身長も彼とさほど変わらなかったし、口が達者だった私はお姉さんぶって彼を振り回していた。
もう、8年も昔になるんだ。
そんな昔の夢を見て今更泣くなんて馬鹿みたい。
ああ、でもクゥと一緒にすごした日々は楽しかったな。
私が寝起きの頭で思い出にふけっているとノックの音の後に侍女のリンが部屋に入ってきた。
「セレン様、おはようございます」
「おはよう。リン」
今日も一日が始まる。
私は夢も思いでも頭の中から振り払うとベッドを後にした。
アルゴン国。
国土面積はそれほど大きくないけれど、海に面しているため港町として栄えており、山が少なく平野が広がる国土には無数の大河が流れている。
雨季になると治水が大変だが肥沃な大地は作物を作るのに適していて他国に輸出しているほどだ。
大国とまでは行かないけれど、近隣では幅を利かせている国……それが私の住んでいるこの国。
私の名前はセレン・ネオジム・アルゴン。
本当はもっと長いけれどちょっと省略。
一応アルゴン国でアルゴンを名乗る事を許されている姫の一人。
父親は間違いなくこの国の国王であるダームス王、私のくすんだ赤茶色の髪の色も灰色の瞳の色もおまけにちょっとつり目気味で目つきが悪く見えるところも全部父親似だ。
もし男に生まれていたなら、きっと王の若い頃と鏡に映したようにそっくりになっていたに違いない。
ああ、男に生まれなくてよかった。
王とそっくりになるなんて考えただけでも腹が立つ。
「セレン様、どうかしましたか?」
鏡を睨みつけていたためか、侍女のリンが怪訝そうに尋ねた。
「いいえ、なんでもないわ。それより今日は確かローレン公との約束があったわよね」
「はい、朝礼が終わり次第にお会いする約束です」
リンは私の髪を結い上げながら答える。
彼女は私の幼い頃から使えてくれている侍女で私が一番信頼を置いている人物。
身の回りのこまごまとした侍女の仕事以外にもいろいろと力になってもらっている。
私たちは朝礼が終わった頃を見計らって部屋を出た。