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嫌がらせ屋

あたりまえの日常、そのありふれた日常がある日を境にいっぺんに粉々に崩れ去ってしまうことがある。


これはそんな常軌を逸した体験をしたとある女性の物語です。


ほんの30分くらい前まで机の上にあったはずの物がなくなり、その30分後に床の中でそれが見つかる。


つい昨日まで使っていた物が翌日になると使えなくなっている。


しかし使えなくなったからといって壊されているわけではない。


自転車のライトのベルトが裏表逆にとりつけられていたり、差し替え式のドライバーのソケットをつけないままドライバーのナットが奥の奥まで押し込まれている。


見つかったかと思えばなくなり、なくなったかと思えば見つかるし、ダメージを受けたものでも壊されたというわけでもない。


彼女が会社も行かず、この被害を食い止めようと部屋に閉じこもった毎日を過ごしていると、さすがに心配になったのか、父親が部屋のドアに鍵をつけてくれた。


これでもう大丈夫。誰もあたしの部屋に不法侵入できるものはいない。


だが、家の中だろうと外だろうとあたしの物はある一定の分別をわきまえながら手当たり次第に荒らしまくられた。


愛車のバイクからは車体とボディーを固定するパーツがなくなり、ハンドルを固定するネジが何本か消えてなくなり、シートが破られ、ミラーのネジ穴がつぶされて、走るとハンドルがぶらつき、ミラーが道路に落っこちる。


そして奇遇とは奇怪なもので、バイク屋に行ってそのバイクを直してもらったその晩、なくなったはずのそのパーツがひょっこり部屋の中から見つかるのだ。


見つかったのはいいのだが、またその一部なり全部なりがすぐになくなってしまうのである。


しかし前述したようにダメージはかなり負ったが壊されたわけではない。


右ミラーが健在ならバイクは走らせられるし、盗難されたのはネジ2本とボディーの固定パーツ数品。


重要な品物や多額の金品が盗まれたわけでもない。


これでは警察署に被害届を出しても自分でボケてやってしまったのではないかと勘ぐられるのが落ちだ。


同居する家族は、あたしが「あれがない。これがない。得体の知れない組織につけねらわれている!」とわめきたてていたので気が狂ってしまったのかと思って薬をもらってきた。


友人に相談しても誰もまともにとりあってくれる人はいなかった。


「そうか元カレに話を聞いてもらおう」と半年も前に失業したことで見限って自分の方から別れ話を切りだした、恨みこそあれ恩などこれっぽっちもない相手に助けをこおう、なんて虫が良すぎるかしら。と元カレのことが思いをよぎったそのとき、ふあっとあることに思いいたった。


そういえば以前からあたしの家に出入りしていたのは彼だけだったし、解放的な両親は何も言わないので彼はこの家によく泊まりに来たことがある。


そのうえ、記憶の隅に追いやってしまったことだが、よくいっしょにお風呂に入ったことさえあった。


そして、その翌日あたしが机の引き出しを開けてみると中が荒らされている形跡があったことを――


女性はその引き出しを開けて隈なく中を探ってみた。


不審なものといえば家の合鍵だった。さっそくそれで玄関の扉を開けようとしても微妙に開けられない。


見たところ自宅の本鍵とまったく同じ形をしているのにうまい具合に開けられない。これは似ているが合鍵じゃない。


これは合鍵の合鍵だ。


それは父親の言葉だった。


ためしに同じ場所に置いといた部屋の合鍵でも開けられるかどうか試してみた。


やっぱり微妙に開けられない。


合鍵の合鍵を作るなんて芸当はあたしたち一家を除けば彼しかできはしない。


なぜなら,彼はあたしが家のどこに鍵を置いておくのかを知っている数少ない住人の1人だったのである。


だからこそ、あたしと同じ屋根の下に住む住人たちの行動をすべて知っているのだ。


彼は知っている。


父が何時に起床して出勤して退勤して帰宅し、愛犬の散歩に行き、ビールを飲んでテレビを見、入浴して就寝するのか。


母が何時に起床して炊事洗濯掃除を行い、近所の知り合いとお茶会し、買い物を済ませて帰宅し、入浴して就寝するのか。


あたしが何時に起床して家事手伝いをし、病院に通って薬局に行き、役所に出向いて帰宅し、入浴して就寝するのか。


だから全員の予定表を作れば今誰が何時に何処にいて何をしているかがおおよそ見当がつくのである。


だから家宅侵入することなんてそんなに難しいことじゃないんだ。


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