ポンコツの貪欲な瞳
―—シトラスレイン、ロイの家前。
この浮遊都市には、いくつかの居住区がある。
その中でも、最も旧来の世界に近い場所。それが、ここクラシックベースである。
石畳の道。低層の住宅。
外壁には、かつて地上で使われていた煉瓦や木材が再利用されていた。
ところどころに、耐候素材の補強パネルや、簡易的な環境制御ユニットが
後付けされた跡が見える。
最新区画のような完全自動化はされておらず、
手動の扉や、手入れの必要な設備も多い。
不便ではあるが——
その分だけ、この場所には時間の流れが残っていた。
朝と夕の境目が、はっきりとわかる。
ロイの家の前。
小さな植木鉢が並ぶ門先で、年配の男女が並んで腰を下ろしている。
「ロイさん家、最近騒がしいわねえ」
年配の女性が、洗い終えた布巾をぱたぱたと振りながら言った。
「ああ、それな」
白髪の年配の男性は、日向に置いた椅子に深く腰をかける。
「彼女さんでも出来たんじゃろか?」
「いやぁ……どうじゃろなぁ」
ふたりの視線は、自然と家の方へ向いた。
その時だった。
「おぉ、スイちゃん!」
「コンニチワ」
門の向こうから現れたのは、小柄な少女。
水色の髪を揺らし、箒を手にしている。
人間のようにも見えるが、首元には継ぎ目。腕は機械に見える。
「偉いねえ。また、掃除かい?」
「スイ、オソウジシカ、デキナイ。マタ、レイゾウコ、コワス」
「……なんでカタコト?」
「でも、良い子じゃない。タイプCなら、問題も起こさなそうだし」
「スイハ、タイプDデスヨ」
「あら、そうなの?」
「ほぉ。珍しい。新型かい」
「サイシンガタノ、ポンコツデス」
「私、タイプAは苦手なのよねえ。どうも、冷たく感じて」
「そりゃ一応、兵器運用前提のアンドロイドだしなぁ」
「あぁ、そうだ。スイちゃん」
彼は思い出したように声をかける。
「果実パイ食べにくるかい?
娘が焼いてくれたんだが、結構余ってな。ハハッ」
「――いえ、結構です。スイには、仕事がありますから」
その声だけ、急に流ちょうだった。
≪お掃除モード起動。タスク短縮のため、動作を最適化します≫
スイは勢いよく箒を振る。
サササッ……、ブンブン!
動きは手慣れている。だが、どこか極端で、
「間違えた効率化」という言葉が自然と浮かぶ動作だった。
ミシッ……
バキィッ……!
「……折れてしまいました。これではお掃除が出来ません」
「そうだなぁ。じゃ、行くか?」
おじいちゃんは、何でもないことのように言う。
「申し訳ございません。うちのマスターが、"役立たずの箒"を用意したばかりに。
全部"マスターのせい"なので、エネルギーを補給させていただきます」
「急に、ちゃんと喋るのね」
おばあちゃんの表情が、少しだけ曇った。
「若者は、たくさん食ったらええ。人間でも、ジェムットでもな。
掃除なんて、後ですればええんじゃ」
その瞬間。
スイの瞳の奥が、獲物を見定めるように、鋭い光を帯びた。
ポンコツAIスイ。
彼女の本性を知ったとき、それでも愛してくれる人間は少ない。
だが、はみ出し者にはそれ故の、敏感なセンサーが搭載されているモノだ。
幸か不幸か。
ロイ宅付近に住む住人は年寄りが多く、優しい者ばかりだった。
結果的に言えば――
それが水色の悪魔を増長させた要因のひとつだった。
オービタタウンにて、
歴史に刻まれる大事件が起こるまで、あと一か月。
シトラスレインは未だ、その存在に気づいていなかった。




