ジェムットとデスオレンジ
ジェムット。
それは、共振水晶を動力とするアンドロイドの総称である。
アクエテルは、特定の波動や感情に“共鳴”し、
それをエネルギーとして変換・増幅する特殊な結晶体だ。
あるジェムットは、精神を雷へと変換する。
またあるものは、知覚を拡張し、思考を研ぎ澄ます。
その構造や波長は、ジェムットによって大きく異なる。
***
――そのジェムットの一体が、今ここにいる。
シトラスレイン中央区。
スラム街の入り口に、一軒のジャンク屋がある。
男麗ん地野郎。
ジェムットのパーツやコア、旧式家電に食料品。
雑多な品々が所狭しと並ぶ店内に対し、店頭だけは異様なほど統一感があった。
オレンジがケース単位で、山のように積まれている。
一瞬、八百屋と見間違うが――
この店はれっきとした、ジェムット専門のジャンクショップだ。
「……その嬢ちゃんが、お前さんのジェムットか?」
店主のカンキツが、値踏みするようにスイを見た。
「いえ。そういうわけじゃないんですが……」
「なんですか?レディに向かって、失礼ですよ」
スイは、カンキツを睨んだ。
「れ、レディ……?お前さん、ジェムットだろ?」
「はい。ですが、見た目はほとんど人間ですよね?私の方が、カワイイくらいです」
即答だった。
カンキツは、言葉を失った。
これまで無数のジェムットを見てきたが――ここまで偉そうな個体は、初めてだった。
名のあるジェムットなら、偉ぶるのもわかる。
だが、目の前のジェムットは無名も無名。小柄も小柄。しかも、非戦闘タイプ。
「ほら。変わってるでしょう?」
ロイは、カンキツに耳打ちをした。
「だな……」
「流石は"あの博士"案件だったジェムットだぜ。とんでもねえジェムットと
契約しちまったな、ロイ」
「だから、契約はしてませんってば。ただの居候ですよ」
スイは徐に、店頭のバスケットからオレンジをひとつ手に取った。
それを、まじまじと見つめる。
「お。嬢ちゃん、ソイツに興味があるのかい?」
「や、やめとけ……スイ。それは――」
鼻先を近づけ、匂いを嗅ぐ。
そして、ぽつりと呟いた。
「……酸味が足りないですね」
――ウィィン……カシャ、ぴぴぴっ……。
何かの起動音が、響く。
スイのおでこが、ほんのりと青く光った。
「糖度36.72148Brix……、クエン酸含有量0.24821%――」
ぴぴっ。
「――これはオレンジではなく、柑橘の皮をかぶったシュガーモンスターです」
「おぉっと……?!随分と、手厳しいな。嬢ちゃん!」
「スイは、甘いものにはうるさいですからね。……異常に」
ロイはそんなことを言った。
「シュガーモンスターは嫌いかい?嬢ちゃん!」
「スイは砂糖は袋ごと食べる派なんです。嫌いではありませんが……、
それから、嬢ちゃんじゃなくて"スイ"です。
どうしても呼びたいなら……、"レモンの魔王"とお呼びなさい」
「レモンの魔王?」
カンキツは、きょとんとした顔を浮かべる。
「気にしないでください。そういう年頃なんです」
ロイは苦笑した。
「しかし……あの天才、マスター・ロイがまさか、非戦闘型――
それもタイプDと、なんてなあ。」
「よしてくださいよ、実績は何もないんですから。
試験だけ強くて、恥ずかしいくらいですよ」
がぶっ。
「……これ、案外イケますね」
「おぉっ!? 嬢ちゃん、いける口かい!?」
一気に機嫌が良くなるカンキツ。
「お前、本当かよ。そのオレンジは――」
そこまで言って、ロイは口を噤む。
ジャンク屋としてはそれなりに繁盛しているのに、この店が赤字経営なのは、
広大なオレンジ畑を手放さないからだ。
そして、カンキツのオレンジを食べて、入院した客は数知れず。
オービタの一部では有名な、呪われた果実なのだ。
「いやぁ……
流石はお前さんが選んだジェムットだぜ」
カンキツは、満足そうに笑った。
「この嬢ちゃんは――大物になるに違いない。
いずれ、"英雄機体"に。なんてな?」
「……んなわけないでしょう。その言葉の重さ、わかってます?」
「ははっ。相変わらず真面目だな、ロイ。冗談さ!」
店内に笑い声が響く。
少女の奥で、何かがそっと、カンキツのオレンジに共鳴していた。




