婚約破棄、帳簿で冤罪を暴き魔導師と名誉を掴む
「婚約は破棄する。お前が横領した」
私は帳簿の角を押さえ、息を吸った。震えは隠さない。隠すのは嘘だけだ。
「承知しました。――では本日、帳簿を監査局へ提出します。監査期限までに必要な手続きも進めます」
二日後の公開監査で、嘘を数字で縛り、言い逃れを制度ごと潰す。汚名は撤回させる。背後に控える魔導師レオルの冷たい目の前で、最後は皆の前で手を取られて終わる。
監査室の空気が止まった。紙の擦れる音だけが、やけに大きい。
長机の向こうには会計責任者がいた。私を見下ろす笑みが、結論だと告げていた。
「証拠はもう消えた。お前の名は終わりだ」
笑い声が散る。ざわめきが一度だけ走った。
胸の奥が熱い。悔しさが、喉を詰まらせる。言い返せない私を皆が知っている。
だから、言葉じゃなく数字で戦う。
監査官が顔を上げる。会計責任者が眉を吊り上げる。
「提出だと。今さら何を」
「監査期限までに、監査局へ管轄移管を申請します。以後、あなた方の手は届きません」
自分の声が、思ったより冷たく響いた。
言い切った瞬間、胸の奥の熱が形を変える。恐れが、手順に変わる。
帳簿は、私の腕の中にある。改竄前の記録だ。
提出前に、私は頁の角をほんの少しだけ折っている。
証拠のためではない。自分が迷子にならないための目印だ。
口で説明できなくても、指先なら辿れる。
指先で辿れれば、監査官が開けば足りる。
まだ見せない。存在だけでいい。敵が動けば、その動きが記録になる。
「うまいこと言うな。だが監査局が動くかどうか――」
会計責任者の言葉が途切れた。
背後から、低い声が落ちたからだ。
「続きは俺が聞く」
空気が凍る。笑いが引っ込む。
振り向かなくても分かった。監査に関わる魔導師レオルが、席を立った気配。
「発言はすべて記録に残せ」
監査官が即座に頷き、羽ペンを走らせる。
レオルの視線は私ではなく、会計責任者の口元へ落ちていた。嘘だけを刺す目だ。
私は、短く宣言する。
「最後に私は、痛快に勝って、甘く終わります」
言った瞬間、会計責任者が鼻で笑った。
「口先だけだ。お前は証明できない」
私は笑わない。帳簿を抱き直すだけだ。
勝ち筋は、もうここにある。――制度で、詰める。
笑われるほど、段取りが研ぎ澄まされる。
*
監査室を出ると、廊下の冷たい空気が肺に刺さった。
足が少しふらつく。悔しさで視界が滲みそうになる。
涙は後回しだ。視界を濡らせば、申請書の文字が滲む。今は、手続きを進める。
柱にもたれず、その場で次の手続きを頭の中で並べる。
管轄移管の申請。証拠保全。封印。公開監査。
紙に強い者ほど、紙に縛られる。なら、縛る側へ回る。
帳簿の角を確かめ、綴じ糸の緩みを指でなぞる。
見せれば奪いに来る。奪いに来れば、足跡が増える。
名誉が汚れたままなら、給金も信用も消える。暮らしが崩れる。
だから私は歩く。監査局の窓口へ。
*
監査局の受付は、監査室より静かだった。
石造りの壁。淡い光。声が反響し、嘘が目立つ場所。
監査官が書類を受け取り、淡々と目を通す。
「管轄移管の申請だな。理由は」
「本件は監査対象です。改竄と隠滅の恐れがあります」
私は用意してきた申請書を差し出す。
口で勝てなくても、書面なら迷わない。崩すのは嘘だけだ。
書面の末尾には、私の署名と監査局宛の請願文。
「帳簿(封印帯付き)を監査局管理とし、閲覧は公開監査の場でのみ行う」――ただそれだけを、簡潔に書いた。
言葉で勝てないなら、規定の言葉を借りる。
監査官は淡々と確認する。
頁の数。綴じ糸。封印帯を巻く位置。提出者の指印。
私は一つずつ答え、迷いなく頷く。ここで曖昧にしたら、後で逃げ道になる。
監査官は私の顔を見ない。職務だけを見る。
だから信じられる。
「監査期限まで、残り2日だ。手続きは急ぐ。だが不備があれば却下される」
「不備はありません。確認してください」
会計責任者の足音が、廊下から近づいた。
嫌な速さ。追い詰められた獣の速さ。
「待て。そんな申請、通るはずがない。こいつは横領犯だ」
監査官が顔を上げる。
「本件の事実認定は監査局が行う。今は申請の形式を確認しているだけだ」
会計責任者が舌打ちする。
「監査局が動けば、手間が増える。時間の無駄だ。監査期限までに間に合わないぞ」
「間に合わせます」
私は即答した。
自分の声に驚く。――私は、迷っていない。
受付印が押される。
その音が、封鎖の始まりだ。
印が押された瞬間、世界が一段だけ静かになった気がした。
噂や笑い声は消えない。けれど、噂は規定を塗り替えられない。
私は自分の指先を見下ろす。
震えは止まっていない。止まらなくていい。
震えていても、次の署名は書ける。
監査官は申請書の文言を読み上げ、私に確認を取った。
「提出者は、帳簿(封印帯付き)を監査局へ預託し、公開監査の場での開帳に同意する」
私は頷く。ここで同意を取り付けるのも、逃げ道を狭めるためだ。
「受理する。管轄は監査局へ移る。以後、関係者は監査局の指示に従え」
会計責任者の顔から血の気が引く。
その表情が、最初の小さな勝利だった。
勝ちはまだ浅い。浅い勝ちは、深い勝ちのために使う。
会計責任者が焦れば焦るほど、封印帯に痕が残る。
私は、その未来を淡々と待てばいい。
*
監査局の廊下を曲がったところで、レオルが立っていた。
黒い外套。無駄のない姿勢。目だけが冷たい。
「手続きは通ったか」
「通りました」
「帳簿は」
私は抱えていた帳簿を少しだけ持ち上げる。
見せない。開かない。存在だけ。
「ここにあります」
レオルは頷く。表情は動かない。
けれど、次の言葉は私の胸を刺した。
「名誉は制度で取り戻す。君の名で」
冷たい声。なのに、内容が熱い。
私は喉が詰まるのを堪えた。
「……私は、横領していません」
「知っている」
「理由を、今ここで聞くか」
レオルの声は冷たい。けれど選択肢を差し出すだけ、やけに丁寧だった。
「……いいえ。今は、勝ちます」
「なら勝て。終わったら、俺が言う」
冷たい声なのに、その一言だけが胸の奥を先に温めた。
私は喉が鳴るのを誤魔化す。
「約束、ですか」
「俺は嘘をつかない」
短い断言が、胸の痛みを静かに縫い止めた。
私は頷く。言葉ではなく、頷きで。
「公開の場で、君が黙ってもいいようにする」
「……私、黙ってしまうかもしれません」
「黙っていい。数字が喋る。君は崩れなければいい」
断言。理由の説明はない。
私は一度だけ瞬きをした。
疑われるのに慣れていたから、信じられる方が怖い。
けれどレオルは、私の情緒を慰めない。
代わりに、監査官へ向けて規定だけを置く。
――それが一番、私の名誉に効く。
私の目を見ていないのに、私のことを決めつけている。――いい意味で。
レオルは監査官へ向き直る。
「帳簿の保全を指示する。監査局管理の封印帯を施せ。触れた者は記録に残るように」
「了解した」
監査官が帳簿を受け取ろうと手を伸ばす。
私は、少しだけ逡巡した。抱えているのは、私の命綱だ。
レオルの声が短く落ちる。
「預けろ。ここから先は、君を守るための処理だ」
守る。
その言葉に、胸が痛くなる。甘さと同じくらい、怖い。
私は怖さの理由を自分で切り分ける。
守られると、頼ってしまう。頼ると、また切り捨てられる気がする。
だから私は、感情ではなく手順で受け取る。
「預託の受領証をください。封印帯の刻印番号も」
私が言うと、監査官が無言で頷き、書面に番号を書き入れた。
番号があれば、私の不安は物理になる。物理なら、管理できる。
私は帳簿を差し出す。
監査官が封印帯を巻き、監査局の印を押す。紙の上に、逃げ道が消える音がした。
「これで帳簿は監査局管理だ。提出前に誰も触れない」
監査官が淡々と言う。
会計責任者が遠巻きに見ていた。
私はその視線を真正面から受け止めない。
見返すのは、最後の公開監査の場でいい。
監査官は封印帯の刻印を私にも見せた。
「破断があれば、痕が残る。帳簿そのものが証人になる」
私は短く頷く。証人が一冊で足りるなら、それが一番強い。
私の腕から帳簿が離れた瞬間、会計責任者の目が動く。
奪えないとなれば、別の手を打つ顔だ。
私は、その顔を見て確信した。
温存が効く。敵は動く。動けば、記録が増える。
*
その夜、私は監査局の待機室で書面を整理していた。
紙の束に囲まれると、頭が澄む。感情が少し引く。
帳簿は封印のままだ。開けるのは公開監査の場だけだ
私は頁番号をなぞりながら、さっきの「俺は嘘をつかない」を思い出す。
嘘を斬るための冷たさなら、私はその隣で息ができる。
代わりに、頭の中で頁番号をなぞる。
どの入出金が「丸い」か。どこで帳尻合わせが起きるか。
数字は嘘をつけるが、嘘の癖は残る。癖は、手順で拾える。
扉の向こうの物音が増えるたび、私は呼吸を整えた。
焦りに飲まれた側がミスをする。ミスは封印帯に刻まれる。
扉の向こうから、低い声が漏れた。
会計責任者が廊下で声を荒げている。焦りが音になる。
私は手を止めない。
監査期限は近い。敵が何をしても、こちらの段取りが先に進む。
廊下で小さな騒ぎが起きたのは、その直後だった。
監査官が駆け足で戻ってくる。
「帳簿の封印帯が破られた」
心臓が跳ねた。
「誰が」
「会計責任者だ。帳簿に触れた。封印帯を『確認のため』と言って破った。止めたが、遅かった」
私は息を吸う。怒りが熱い。
でも、次の瞬間、熱が別の形になる。
勝ち筋が太くなった。
「……記録は」
「残っている。帳簿の封印帯に刻まれる破断の記録も、時刻も、目撃も」
監査官が淡々と言う。
それが、2度目の小さな勝利だった。
私は監査官に短く確認する。
「破断跡は、公開監査で示せますか」
「示せる。刻印は帳簿に付属する。逃げ道にはならない」
その返答で、喉の奥の熱が落ち着いた。
準備が整った。あとは、公開の場に運ぶだけだ。
帳簿は汚されていない。
むしろ、敵が自分で足跡を残した。
私は唇を噛む。笑いそうになるのを堪える。
痛快は、まだ早い。今は積む。
その夜、監査局の待機室は灯りが低かった。
監査官が持ち込んだのは、破断した封印帯の欠片と、時刻の記録票だけだ。
「これが“触れた”証拠になる。公開の場で掲げる」
私は欠片を見ないふりをしない。見れば、怖さが物理になる。
私は机に紙を一枚広げ、受領証の番号と刻印番号を並べて書いた。
数字の列は、私の呼吸を整える。
帳簿を開きたくなる衝動が喉まで上がるが、飲み込む。
開けば「見た」と言われる。見られた側の言葉は弱い。だから温存する。
次に、想定される質問を三つだけ書いた。
――提出者は誰か。封印はいつ施されたか。破断の時刻はいつか。
答えは短く、書面で返せる形にする。長い説明は相手の土俵だ。
指先が冷える。
それでも筆は止まらない。
名誉は気分で戻らない。規定と記録で戻る。
明日、監査官がページをめくるとき、私が崩れないために。
扉の外で靴音が止まった。
レオルの声が低く落ちる。
「公開監査は朝一だ。席順は監査局側に寄せろ。退出は許可制、異議は受け付けないと先に宣告しろ」
「了解した」
私は背筋を伸ばす。
慰めは要らない。段取りがあれば足りる。
指先でページの角の折り目を思い出し、明日の“開帳”だけを想像した。
嘘が沈む音を、私はまだ聞いていない。だから眠らない。
*
翌朝。監査室は再び公開の場になった。
扉の告知札が『公開監査』を告げ、監査官が『発言は記録、退出は許可制』とだけ宣告する。
制度の言葉は冷たい。だからこそ、熱い嘘を切れる。
私は机の端に立ち、深呼吸する。
手の中の武器は一つ。帳簿(封印帯付き)。
余計なものは持たない。余計なものがあれば、論点が増える。
監査局の名で、公開監査が宣告されたからだ。
人の気配が増える。ざわめきが戻る。
けれど昨日とは違う。
今日は、私が選んだ順番がこの場を支配する。
会計責任者は、昨日より白い顔をしていた。
封印帯を破ったことが、既に記録に残っている。
その恐れが、目に出ている。
監査官が立ち上がる。
「本件は監査局管轄。監査期限内に事実認定を行う。発言と提出物はすべて記録に残す。異議は受け付けない」
会計責任者が口を開きかける。
レオルが横から短く言う。
「黙れ。必要な言葉だけを言え」
空気がまた凍る。
私は背筋を伸ばした。
この場には、私の味方がいる。感情ではなく、規定として。
監査官が封印帯を解く。
帳簿が机上に置かれる。
封印帯の破断跡が、誰の目にも見える。
帯の繊維がささくれ、刻印が一部欠けている。
それだけで、昨夜の焦りがこちらの味方になる。
開くのは、監査だ。私ではない。
「提出します」
私は言う。言葉は少ない。
会計責任者が笑おうとしたが、頬が引きつって失敗した。
「提出したところで、帳簿は改竄されている。お前がやったんだ。だから横領した」
私は反論しない。
口下手が、ここで口を開いたら負ける。
レオルが淡々と視線を落とす。
「改竄の痕は、数字に残る」
彼は帳簿をめくる。速くない。正確だ。
冷たい声で、入出金を読み上げる。
頁が進むたび、数字の癖が見えてくる。
端数が消える場所。説明のない振替。帳尻合わせの「丸さ」。
丸い数字は美しい。だからこそ、不自然に目立つ。
レオルは読み上げながら、同じ帳簿の照合頁を開かせた。
入金の根拠がある頁と、出金の相手が書かれた頁。
同じ一冊の中で線がつながる。
線がつながれば、言い訳は切れる。
私の心臓が、読み上げの速度に合わせて落ち着いていく。
監査官が帳簿の綴じ込みの照合頁を開く。
同じ一冊の中で照合するためだ。
私は口を挟まない。
並べられた頁が、私の代わりに喋る。
会計責任者が急に声を張った。
「そんな数字、いくらでも作れる。こいつは口下手で、裏でこそこそ――」
私の胸が痛む。
口下手。こそこそ。
昔から言われ慣れた言葉だ。
私は、ふと思い出す。
幼い頃、質問に答えるのが遅くて笑われた日。
昔から「口が回らないなら、手を動かせ」と言い聞かせて帳面を抱えた日。
悔しくて、紙の上だけは嘘をつかないと決めた日。
だから今も、私は記録で勝つ。
レオルが顔を上げないまま言う。
「口下手は罪じゃない。虚偽は罪だ」
会計責任者の言葉が止まる。
その瞬間、私は勝ちを確信した。
感情が、解放へ向かう。
監査官が帳簿の封印帯の刻印を示す。
「昨日、帳簿の封印帯を破ったのはお前だな。時刻と目撃がある」
会計責任者が慌てて首を振る。
「確認しただけだ。汚していない。俺は――」
監査官が淡々と続ける。
「確認のために監査局管理の封印帯を破るのは規定違反だ。さらに帳簿のページに触れた痕が残っている」
会計責任者の喉が鳴る。
嘘が増える音だ。
レオルが、帳簿のある行を指で示した。
「この入金。帳尻合わせのために数字が丸い。ここで金が消えている」
私は息を止める。
私が守ってきた改竄前の記録が、今、公開の場で武器になる。
監査官が帳簿の末尾の照合頁を並べる。
照合が終わる。
静かな時間。
誰も喋れない時間。
そして、監査官が言う。
「金の流れはこれで1本だ。横領と虚偽申告が一致した」
会計責任者が、泣きそうな声を出す。
「違う。俺は命令されただけだ」
会計責任者の目が泳ぐ。
今さら誰かを持ち出せば、こちらが揺れると踏んだのだろう。
けれど公開監査で問われているのは、噂話ではない。
帳簿に残る金の流れと、封印帯の破断跡だ。
私は、その言葉に反応しない。
必要なのは、誰が命令したかではない。
誰が横領し、誰が嘘を言ったかだ。
監査官が視線を上げる。
監査局の裁定が、そこに落ちた。
「監査局として事実を認定する。会計責任者は職を解かれる。横領分の返還命令を出す。監査対象からの排除――出入り禁止を宣告する」
ざわめきが、今度は甘い音を含む。
痛快だ。
社会が、嘘を切り捨てる音だ。
会計責任者は崩れた。
けれど私は、視線を落とさない。
ここは終点じゃない。恋確は、ここからだ。
監査官が続ける。
「そして、会計令嬢リーネに対する横領の嫌疑は撤回される。名誉回復命令を発する」
紙が掲げられる。
監査局の印。規定の文言。私の名。
その瞬間、胸の重石が外れた。
明日も同じ手で仕事ができる――それが、名誉が戻るということだ。噂は残る。だが監査局の印がある限り、誰も私を「横領犯」とは呼べない。
涙が出る。
でも私は泣き崩れない。
床を見ない。前を見る。
背後から、低い声が私の名を呼んだ。
「リーネ」
それだけで、膝の力が戻る。私は顔を上げる。
レオルが、私の隣に立つ。
皆の前で、私の手を取った。離さない。
私は息を吐く。救済が痛いほど甘い。
「……どうしてですか」
口が動いた。珍しい。
説明を求めたのではない。落ちた理由を、自分で確認したかった。
レオルは、表情を変えないまま言う。
「君が震えながらも手順で立つ姿に、俺は落ちた」
落ちた理由が、1行で胸に刺さる。
私は目を伏せそうになり、こらえる。
レオルが続ける。
「だから、俺はその手を離さない。勝手に傷つけさせない」
独占は、鎖ではない。
名誉を囲い込み、奪わせないための囲いだ。
監査官が淡々と告げた。『給金も権利も即時回復する』。
私は頷いた。明日が、戻る。
その手は離れない。
言葉より先に、行動で「こちらだ」と示す。
声は冷たい。けれど、その手は揺れない。
私は、そこで初めて笑ってしまった。
悔しさで始まったのに、最後は救済で終わる。
*
夜。監査局の建物を出ると、空気が澄んでいた。
石畳が冷たい。灯りが遠い。
私は手の中の紙を見下ろす。名誉回復命令。
軽いはずの紙が、世界より重い。
レオルの冷たい声が、まだ耳の奥に残っている。
『その手は離れない』――皆の前で一度だけ取られた手の重みが、今も私をまっすぐ立たせた。
世界は急に優しくならない。だが、嘘よりは正しくなる。
それだけで、息ができる。
私は歩く。
勝者の歩幅で。
振り返らない。
前を向けば、規定が先に進む。
名誉回復命令の紙を握りしめた指先が、まだ熱い。
皆の前で取られた手の重みが残っている。
冷たいはずの人が、いちばん確かな場所を押さえていった。
私はそれを、受け取る。
嘘は記録に沈み、私は名誉を取り戻し、彼が皆の前で取ったその手の重みで迎えは確定した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
刺さった台詞や場面が一つでもあれば、感想でひと言だけ残していただけると嬉しいです(「ここが好き」「この一行が効いた」だけで十分です。読後の気分だけでも歓迎です)。
続きが気になったら、ブクマ&評価(★だけでも)で応援して頂けると励みになります。あなたの一押しが制作の推進力です。次は“記録で逆転→溺愛確定”を別角度で、もっと甘く書きます。またお会いしましょう。




