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王太子妃にならなきゃいけないっていうプレッシャーから解放されたんだもん。これからはもっと自由に私がやりたいことを探せるかも

作者: リーシャ

「……というわけで、婚約解消されちゃったんです」


 沈む声。カフェの隅の席で、向かいに座る男の子に言った。

 まだあどけなさの残る顔には、驚きと心配の色が混じっている。驚きに変わる相手の顔色。


「ええっ!?それは大変ですね、ミルファさん!」


 男の子──レンくんは、少し声を大きくした。それもそう。周りの目を気にして、慌てて口元を押さえている。


「まあ、大変は大変なんですけどね。相手は王太子様だし、向こうにも色々ご事情があったみたいで……って、詳しくは私もよく分からないんですけど」


 苦笑いを浮かべながら、目の前の紅茶を一口飲んだら、甘い香りが、少しだけ心を落ち着かせてくれる。


「でも、納得いかないですよね!いくらなんでも、一方的に婚約破棄なんて!」


 レンくんは、こちらの身になって怒ってくれているみたいだ。正義感の強さは、昔から変わらない。

 思わず笑う。嬉しさからだ。


「うーん、まあね。向こうは向こうで色々考えたんでしょうし。それに、私、もともとこの世界の人間じゃないですし」


 日本という現代社会から、事故にあってこの世界に転生してきたのだ。

 魔法があって、ちょっと中世ヨーロッパみたいな雰囲気のこの世界には、まだ慣れたとは言えない。


「それでも!ミルファさんはミルファさんじゃないですか!そんな酷いことするなんて、その王太子、許せません!」


 レンくんは、テーブルに身を乗り出してくる。


 彼の瞳は真剣そのものだ。


「ふふ、ありがとう、レンくん。でもね、そんなに怒らないで。私も、ただ落ち込んでいるだけじゃないんだ」


 少しいたずらっぽく微笑んだ。


「実は、この婚約解消、私にとってはチャンスかもしれないって思ってるの」


 レンくんは、目を丸くして私を見返した。


「チャンス、ですか?」


「うん。だって、王太子妃にならなきゃいけないっていうプレッシャーから解放されたんだもん。これからは、もっと自由に、私がやりたいことを探せるかもしれないじゃない?」


 この世界のことも、魔法のことも、まだまだ知らないことばかりだ。現代の知識だって、役に立つことがあるかもしれない。


「それに……」


 少し声をひそめた。


「この世界で、ちょっと気になる人がいる」


 レンくんは、私の言葉にドキッとしたように息をのんだ。彼の顔が、ほんのり赤くなっているのに気づいて、クスッと笑う。


「まあ、それはまだ秘密だけどね。とにかく、私は前向きに生きていこうと思ってるの。だから、そんなに心配しないでくれる?」


 レンくんに向かって、にっこりと微笑んだ。彼の顔にも、ようやく安堵の色が戻ってきた。


「……分かりました。ミルファさんがそう言うなら、僕は信じます。でも、もし何かあったら、いつでも頼ってくださいね!」


「ええ、ありがとう。レンくんのその言葉が、一番心強いわ」


 それからしばらく、他愛ない話をした。レンくんは、最近覚えた新しい魔法の話を熱心に語ってくれた。


 彼の楽しそうな笑顔を見ていると、なんだか私も元気が出てくるのを感じた。婚約解消は、確かにショックだったけれど。ま、気にしても意味がない。


 カフェを出て、並んで歩き始めた。夕焼けが空をオレンジ色に染めていて、街の景色を優しく包んでいる。


「ミルファさんは、これからどうするんですか?」


 レンくんが、少し遠慮がちに聞いてきた。


「うーん、まだ具体的には決めてないかな。しばらくは、この街でゆっくりしようと思ってる。新しい住まいを探したり、この世界のことをもっと知ったり……」


 この街は、転生してきて最初に身を寄せた場所なのだ。

 親切な人たちに助けられて、なんとか生活できるようになってきた。


「もしよかったら、僕が色々案内しますよ!この街のことなら、結構詳しいですから」


 レンくんが、少し得意げに胸を張った。


「それは助かるわ。ありがとう、レンくん」


 微笑んだ。レンくんは、この世界に来てから、初めてできた友達。困ったときにはいつも助けてくれる、頼りになる存在だ。


「それに、ミルファさんが気になっている人って……どんな人なんですか?」


 レンくんは、やっぱりそのことが気になるらしい。少し照れたように、ちらりとこちらを見た。


「ふふ、それはまだ秘密だって言ったじゃない?いつか、話せる時が来たらね」


 軽くウインクしてみせた。レンくんは、少し残念そうに肩をすくめる。


「まあ、無理強いはしませんけど……でも、変な人に引っかからないでくださいね!」


「大丈夫よ。私だって、それなりに警戒心は持ってるつもりだし」


 それに、気になる人は、決して変な人じゃない。むしろ、とても優しくて、不思議な魅力を持った人。

 まだ、ほんの少ししか話したことはないけれど、瞳の奥には深い深い知識と温かい光を感じる。


「そういえば、ミルファさんは魔法は使えるんですか?」


 レンくんが、ふと思い出したように尋ねた。


「んー、少しだけなら。まだ、コントロールできないけど」


 転生してきたときから、微かに魔力のようなものを感じていた。この世界の人たちのように、魔法を使えるようになるには、まだまだ時間がかかりそう。


「もしよかったら、僕が魔法の練習に付き合いますよ。基礎からなら、教えられると思います」


 レンくんは、目を輝かせながらそう言ってくれた。魔法の才能があって、若いながらも色々な魔法を使うことができる。


「本当に?ありがとう、レンくん。でも、無理しないでね」


「全然平気ですよ!ミルファさんのためなら、いくらでも!」


 レンくんの言葉に、胸が温かくなった。彼のような優しい友達がいることは、この見知らぬ世界で生きていく上で、何よりも心強い。


 これからも色々なことがあるだろう。婚約解消のことも、まだ完全に忘れられたわけじゃない。

 だからこそ、レンくんや。これから出会うかもしれない人たちとの繋がりを大切にしながら、この世界で、私らしい生き方を見つけていきたい。


 夕焼け空の下。ゆっくりと歩き続けた。

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