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月の奇麗な夜だった。
月の真っ赤な夜だった。
まるで、血を全身に浴びたかのように。
昔、誰かから聞いた覚えがある。
あれは月と地の間を漂っている沢山の塵が、その光を赤く見せている一つの天文現象に過ぎないのだ、と。
でも、彼女はそうは思わなかった。
あれは間違いなく、人の血だ。
私が殺してきた、数多の命の色なのだ。
月を見ながら、彼女は思う。
あぁ、なんて綺麗な、赤い月。
人を殺せと、嗤う月。
彼女の手には、一挺の鎌が握られていた。
切っ先からは、ぽたりぽたりと血が落ちる。
それは地に落ち、幾片もの花弁となって。
たった今殺した、獲物の血。
人の形をした、獣の血。
どす黒くてドロドロした、けれど地に落ちると鮮やかな紅と化す、穢れの証。
今宵も人を殺す喜びを噛み締める。
泣き叫ぶ声に全身が震える。
悶え苦しむ声に悦びを覚える。
暖かい液体が太腿の内側を伝い落ちていく。
くすくすと嗤いが漏れる。
月を見ると、殺したくなる。
月を見ると、鬼が囁く。
殺せ殺せと嘲り嗤う。
彼女は横たわる肉塊に鎌を突き立て、引き裂く。
ぬるりとした臓物が、どろりと地面に流れ出る。
彼女は嗤う。
嗤い続ける。
肉塊をズタズタに引き裂きながら。
しかし、次の瞬間――
ドスッ
そんな鈍い音が、感触となって少女の手に伝わった。
やがて崩れるように、凶行に及んでいた女の体が、引き裂かれた肉塊の上に覆いかぶさる。
少女はその女の体を仰向けに転がし、膨らんだ腹に目をやった。
「……ふっ、ふふふふふ」
少女は肉塊の傍に投げ出された血塗れの鎌を拾い、それを女の腹に突き刺し、斬り裂いた。
女は頭をかち割られ、すでにこと切れていて叫び声一つなかった。
少女はそれがひどくつまらないもののように思ったが、しかしそれでも別に構わなかった。
どうせ、最初からこの猟奇妊婦を殺すつもりだったのだから。
斬り裂いた女の腹に、少女は腕を突っ込みまさぐる。
流れ出る液体の中からソレを探り当てた少女は、その頭を掴むと強引に胎の中から引きずり出した。
――胎児だった。
臍の緒はまだ繋がっている。
「……かわいそうに」
だが、その言葉に感情はこもっていなかった。
じっと人になりきっていないその胎児を見つめ、少女は乱暴に臍の緒を引き千切ると、その胎児を月にかざした。
真っ赤な月が、胎児の血で一層赤く染まったようだった。
その時だった。
物陰から人の気配を感じて、少女ははっと我に返りそちらに体を向けた。
「――カミガカリ、か」
「アヤメ、なぜ、またしても……」
藪から出てきたのは、シンジと、そしてコノハだった。