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少女の目の前には、恐怖に怯える妊婦の姿があった。
妊婦は子を宿す胎を庇うように少女に背を向け、目に涙を浮かべている。
藪に囲まれた山の麓。
肌寒い風が、ざわざわと激しく木々を揺らす。
鎌を握りしめる少女の顔は、月を背負い影で見えなかった。
妊婦はそんな少女が恐ろしくて堪らなかった。
助けを呼ぼうにも、声が出ない。
逃げ出そうにも、足が思うように動かない。
ただ荒々しい息遣いだけが、辺りに寂しくこだまする。
胎の子供だけは守らなければならないと思いながら、妊婦は少女の姿に目を向けた。
少女には、その女の姿が滑稽でならなかった。
思わず口元に嘲笑を浮かべる。
親が子供を守る?
――馬鹿馬鹿しい。
親は子供を守らない。
都合が悪くなるとすぐに捨てる。
邪魔になれば手を出し、あまつさえ死に至らしめる。
所詮、子供は親の所有物に過ぎないのだ。
だからこの女も、きっと将来は子を捨てる。
首を絞めて、その命を奪う。
そんな親なんて、必要ない。
少女は笑みを捨て、鎌を振り上げた。
今のうちに胎の子共々殺した方が、幸せというものだ。
そう思いながら。
「ひ、ひぃっ!」
だが妊婦は簡単には殺されてくれなかった。
少女が振り下ろした鎌をすれすれで避けると、覚束ない足取りで、まるで生まれたばかりの小鹿のような動きでだっと逃げ出したのだ。
それが無駄な行為ということを知りながら、死にたくない、その一心で。
少女はそんな妊婦を追い、襟をつかみ、地面に叩きつけるように突き飛ばした。
どさりと妊婦は地面を転がり、痛みに耐えるように再び上半身を起こす。
少女はそんな妊婦めがけ、再度鎌を振り上げた。
「や、やめてえええ!」
叫ぶ妊婦の両手が、子を宿す胎ではなく己の頭を覆うのに使われた。
だから、少女が狙った腹を守るものは、何もなかった。
いとも容易く切っ先は妊婦の胎に突き立てられ、ばっさりと、縦に大きく斬り開かれる。
「うぐぅああああぁあああっ!」
妊婦の叫び声が、暗闇の中にこだました。
どろどろと流れる血と共に、別の液体が切り裂かれた胎から溢れ出てくる。
胎児を真っ二つにしたのであろう感触も、少女の手には確かにあった。
あとは、殺した胎児が寂しがらないように、この女もこの場で殺すだけだ。
少女の顔に表情はなかった。
どこまでも冷めきった瞳で、痛みに喘ぐ女を見下ろす。
親など、みんな人でなしだ。
こいつらに、生きている価値なんて、ない。
「うわああああああぁ!」
少女は叫びながら鎌を振り上げ、
「きゃああああああぁ!」
恐怖に泣き叫ぶ女の頭に、力いっぱい突き立てた。
――どさり
女の骸が地面に倒れるのを目にし、シンジとコノハはたった今その女を殺めた人影に視線を向けた。
月明かりに見えるのは、鬼のような黒い影。
二人はその人影に、ゆっくりと歩み寄る。
逃げられないように、気取られないように。
そして人影との距離を縮める中で、ふいに鬼の影がこちらに顔を向けた。
「――シンジ? それに、コノハも」
その声に、二人は大きく目を見開いた。