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シンジの目の前には、一人の少女の姿があった。
肌の色は黒く、左目に眼帯。
両の手は紅く染まり、足元には無残に腹を切り裂かれた妊婦の死体が転がる。
「……カミガカリ、か」
「アヤメ、何故、またしても……」
二人を隔てる、高い垣根。
シンジは神刀を右手に構え、じっと少女を睨みつけていた。
左腕はない。とうの昔に、己の心に宿った鬼と共に斬り落してしまったからだ。
そんなシンジの後方に立つ、もう一人の少女。
アヤメと呼ばれた少女とは違い、透き通るような白い肌。
今にも散ってしまいそうな佇まいの通り、名をコノハという。
彼女はカミガカリの巫女に選定された存在だった。
コノハは信じられないといったふうに口元に手をやる。
「なんで、どうして? 確かに、あなたの鬼は祓ったはずなのに……!」
その言葉に、アヤメは薄く笑った。
「ふふ、残念。あたしの心に鬼なんてはじめから宿っていなかったのよ。だって、アタシ自身が神の戒律を犯す鬼なんだから、さ」
アヤメの手には、まだ人の形になりきっていない胎児の頭が握られていた。
臍の緒は乱暴に引きちぎられ、だらりと風に揺れる。
「――違う! お前は鬼などではない! 鬼に心を喰われるな!」
「違わないさ。だからほら、こんなことだってできちゃう」
アヤメは鎌を握りなおし、胎児の頭をその形が変わるほど強く握る。
「や、やめて――!」
コノハの叫び声にアヤメは不敵な笑みを浮かべながら、胎児の体を腹から二つに斬り裂いた。
ぼとりと落ちる下半身。上半身から、だらだらと赤い血が滴る。
「いやああぁぁ――あぁ!」
泣き叫ぶコノハの声はしかし、ただアヤメを悦ばせるだけにすぎなかった。
「あっははははははは! さぁ、どうよ。これでもアタシがまだ人だって言える? アタシは人じゃない、鬼なのよ! 生まれた時から、アタシは鬼以外の何者でもなかった! さぁ、殺しなさいよ! それがあんたの役目なんでしょ!? シンジ!」