とんとんとん
「こんな所にいたんだね……探してたんだよ」
息を切らして言った。そんなことを言いながら、栗色の髪を窓から吹く風に揺らせ、黒水晶のような瞳に、そこを睨ませた。空き教室で一人、机の上に弁当を広げている彼。湿った木の匂いが鼻を突く。よくこんな所で食べられるなぁ、と口にしようとしたとき。
「きみはきみじゃない」
なんて、そんな理解不能なことを表情筋を一つも動かさずに言った、僕のいちばんの友達。それを察したのか、ぴくりと動き、不機嫌を露わにする黒い眉。彼は不思議だ。何を考えているのか分からない。理解できない。でも、そんなところに惹かれた。彼は、他とは違う。何かを持っている。
そう考えに浸りながら、彼の使っている机の前に、隣から椅子を持ってきて、跨るように座る。僕と同じ、その黒水晶のような瞳を覗き込む。
この黒い髪だって、他と違わないはずなのに、彼のものだけが特別に思える。彼は、ふと視界に入ってきたときの満月に似ている。それを認識するまでは慎ましげなのに、いざ視界に入ってくれば、その存在は無視しようがない、抗いがたい光を放つ。そのどこか特別な黒い髪に、絡まって遊んでいたら叩かれた、僕の指。天才ピアニストと称される、僕の指。
「……危ないだろ。僕の指は君の存在そのものよりも価値があるんだ。丁重に扱ってくれないと困るよ」
思わず、声を低くしてそう言った。僕のこの指は、僕そのものよりも価値があるんだから。
音楽が流れる教室。
とんとんとん、とリズミカルに鳴る音。
ふたりきりの空き教室。ため息をついて、目の前の彼を見たけど、違ったみたい。箸を持って、ただ僕を見ているだけ。おかしいなぁ。じゃあ、この音はどこから……ふと、視線を下に向けた。そこには、動いている僕の手。とんとんとん、と机を叩き、音を立てている。
あ、僕だったんだ。
そのとき、昼の校内放送の一曲目が終わりを迎えた。あ、新しい曲になった。これ、彼のホーム画面によく表示されている曲じゃないか。いつ見ても同じ曲名だから、ループ再生にでもしているのかな。よく飽きないなぁ、なんて、そんなことを考えながら立ち上がって、そこを見下ろす。古びた椅子に座って、弁当の中身を咀嚼している黒髪の彼。表情一つ動かすことなく、頭の位置はそのままに目玉だけ動かし、僕を見上げてくる。この瞳に射抜かれると、身体が硬直したように動かなくなる。男と見つめ合う趣味はないんだけどなぁ。そうしていると、昼休みの曲が新しい曲に移った。三分って、意外と早いんだな。カップラーメンを待っている時間は、あんなに長く感じるのに。
「この曲は二分十九秒だ。三分も経っていない」
早口で言ったそいつ。
あれ。僕、声に出してたかな。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
この物語には、実は続きの構想があります。
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