第73話 100万人耐久
美緒さんのチャンネル登録者数が、とうとう100万人まであと1万人に迫っていた。
100万人耐久配信をすることになり、僕も手伝いとして呼ばれることになった。
準備のために、獣人の姿で事務所へ向かう。撮影スペースに入ると、美緒さんが椅子に座ったまま固まっていた。
「どうしたんですか?」
「柴犬さん……実は、100万人配信をすることが、こんなに緊張するとは思わなくて……」
どうやら、プレッシャーでガチガチに緊張しているらしい。
そんな美緒さんの様子を見ていたら、僕のほうが少し気が楽になった。
緊張している人を見ると、逆に落ち着くものなのかもしれない。
せっかくだし、少しでもリラックスできるように手助けしよう。
「肉球、触ります?」
僕はそっと手を差し出した。
僕の肉球は普通の犬よりも柔らかく、もちもちしていると評判だ。美緒さんも触れば、きっと気分転換になるはず。
「や、柔らかい……ぷにぷにしてる」
美緒さんはおそるおそる、ツンツンと指で肉球を押してくる。
くすぐったくて、思わず肩をすくめた。
「気持ちいい……」
「んっ♡」
最初は遠慮がちだった指先が、次第にしっかりと肉球を押し込んでくる。
もみもみと心地よい力加減で揉まれ、つい甘い声が漏れてしまった。
――やばい、ちょっと気持ちよすぎるかも。
けれど、そのおかげか、美緒さんの表情はさっきよりずっと和らいでいた。
「えいっ!」
「え!? ちょっ、美緒さん!?」
不意に、美緒さんが僕の手を取ると、そのまま肉球に顔をうずめた。
「……ふぅ、いい」
「そうなんですか……?」
驚いていると、美緒さんは「スーッ」とゆっくり息を吸い込んだ。
まるで癒しのアロマを嗅ぐかのように、しばらくの間、僕の肉球に顔を押し当てている。
――え、そんなにいい匂いするの?
不思議に思いながら見守っていると、美緒さんはやがて顔を上げ、満足そうに微笑んだ。
「……だいぶ緊張がほぐれました!」
「よ、よかったです……」
すっかり落ち着いた美緒さんは、意気揚々とカメラの前へ向かった。
そして、100万人耐久配信が始まった。
開始時点で、残りの登録者数はあと2,000人。
「こんにちは〜……え?」
挨拶とほぼ同時に、登録者数が一気に跳ね上がる。
「……あ、ありがとうございます! 100万人突破です!!」
なんと、配信開始の瞬間に100万人達成。
耐久配信のはずが、秒で終わってしまった。
僕も思わず目を丸くする。
タイトル通り「耐久配信」なので、このまま終わってもいいのだが……せっかく準備したものが無駄になってしまう。
とりあえず、1時間だけ配信を続けることになった。
「えっと、今回100万人耐久を見守ってくれた柴犬さんです!」
「秒で100万人突破するのはビックリしたよ」
「私も驚きです。一万人くらいから始めれば、もう少し余裕があると思ってたんですけど……まさか、こんなに早く達成するなんて」
僕たちはまだ状況を理解しきれていなかった。
そんな中、美緒さんがふと思い出したように口を開く。
「あ、そういえば。柴犬さんの肉球の匂いって、なんだかすごくいい匂いがするんですよ〜」
「え? そうなの?」
コメント欄もすぐに反応する。
『本人も気づかない事実』
『嗅いでみて〜』
『柴犬肉球アロマとか販売しないの?』
100万人耐久配信は1時間ほどで終わり、無事に幕を閉じた。




