第54話 頭隠して尻隠さず
「ハァ、ハァ、ハァ.....」
僕は息を殺し、押し入れの布団の隙間に身を潜めていた。
「柴犬さ〜ん」
「柴犬くん、隠れても無駄だよ」
家の中を探し回るマネージャーさんと社長さんの声が響く。
なぜ、こんなことになっているのか。それは.....
健康診断を受けなければならないからだ。
事務所の方針で、所属者は定期的に健康診断を受けることになっている。もちろん、大事なことだとは思う。
だけど、健康診断には血液検査がある。 僕は、注射が大の苦手だ。
だから、なんだかんだ理由をつけて先延ばしにしていたら、とうとう僕の家に直接乗り込んで連れ出そうという作戦を立てられてしまったのだった。
最近、僕はグッズの販売など活動の幅を広げていて、視聴者との交流イベントも考えていた。
そんな話をマネージャーさんにしたところ、「ちょっと、詳しく検討しようか」と、社長さんを連れて僕の家にやって来た。
当然、僕は何の疑いもなく二人を家にあげた。
....しかし、今思えば、その時から二人の様子は少しおかしかった。
僕が『柴犬の姿でこんな風に交流したいな〜』と話している間も、マネージャーさんと社長さんはチラチラとアイコンタクトを交わしていたし、どことなく怪しい雰囲気を漂わせていた。
「柴犬さん、健康診断行ってませんよね?」
「ダメだよ、ちゃんと受けないと」
そう言うと?二人は立ち上がった。
それを見た瞬間、僕のダッシュで二人の元から離れた。
「うわああああ!!」
だが、すでに出口は塞がれていた。
どうやら、最初から僕が逃げられないように計算して座っていたらしい。
こうして、僕は家の中で隠れるハメになり、今に至る。
布団に潜り込んでいるせいで、息がこもって暑い。
このままじっとしていれば、そのうち諦めて帰ってくれるかな.....しばらくマネージャーさんや社長さんが探し回っても、僕を見つけられなかったので、そう思っていた。
「柴犬さ〜ん。お肉ありますよ〜。牛タンですよ〜」
「柴犬くん、厚切り牛タンだよ〜」
――牛タン!?
台所から香ばしい香りが漂ってきた。
どうやら、二人は僕を餌で釣る作戦に切り替えたようだ。
ふん。そんじょそこらの柴犬とは違う僕は、匂いに釣られて出ていくようなことはない。
作戦が甘いな、と鼻で笑いながら、じっと帰るのを待った。
だけど、今の僕は柴犬の姿。嗅覚が異常に鋭い。
焼き立ての牛タンの濃厚な香りが鼻腔をくすぐる。ジュウジュウと肉が焼ける音が聞こえる。
ーーー美味しそう.....
お昼ご飯を食べていない僕は、思わずゴクリと唾を飲み込んだ、その瞬間だった。
「グゥゥゥ〜〜〜〜」
お腹の虫が、誤魔化しようのない大音量で鳴いた。
「ここですか〜柴犬さん。社長〜柴犬さん、押し入れにいますよ〜」
マネージャーさんが嬉しそうに押し入れのふすまを開ける。
「柴犬さん、頭隠して尻隠さずですね」
「じゃあ、注射行こうか」
無理矢理、押し入れに入っている僕を社長さんに引き出された。その後、ガッツリと抱えられ抵抗もむなしく、そのまま病院へ直行。
柴犬のまま、健康診断を受けることになった。
「先生!!!柴犬の姿で健康診断って、大丈夫なんですか!?」
「自分の体なんだから、一緒でしょ」
淡々と言いながら、先生は健康診断を始められた。
「ううううう....」
「頑張ったね」
社長さんに頑張った事を褒められた。
「健康診断の後ですが、ちょっと事務所に寄って、お話があります」
「ええ?」
こうして、僕は健康診断を終えた。健康診断を終え、家に帰ろうとすると、マネージャーさんに帰るのを止められてしまった。




