第39話 くしゃみと早朝
昨日の昼間、ちょっとした隙にお昼寝をしてしまったせいか、夜はいつも通り23時に寝たにもかかわらず、驚くほど早く目が覚めてしまった。
目を開けたとき、窓の外はまだ薄暗く、時計を確認すると朝の5時。いつもなら二度寝を試みるが、今日はなぜか眠気が戻らない。仕方なく布団を抜け出し、キッチンで目玉焼きとソーセージ、ご飯を準備して朝食をとった。
「……することないなぁ」
早朝の静けさの中、一人でぼんやりしながら食事を終え、日が上る様子を見ながらふと思いついた。
「そうだ、配信しよう」
早朝の配信なんて滅多にやらない。というか、初めて朝方配信をする。どうせ暇なら話し相手がいたほうが楽しい。配信の準備をして、スマホを手に取り配信を開始した。
「おはよう〜!今日は朝の配信をしようと思います〜!!」
朝の6時なので、視聴者さんが見てくれるか不安だったが、コメントがすぐに流れ始める。
『朝の6時からとは.....僕じゃなきゃ見逃していた』
『早起き偉いな〜』
『おはよう〜!!』
『たぶん、昼寝のせいだな』
「そうなんだよ〜。お昼寝したら、朝めっちゃくちゃ早く起きてしまって.....確か朝の5時には目が覚めたと思うよ。それで、目玉焼きとソーセージ、ご飯を食べたよ〜」
『お腹空くよ.....』
『今日の朝ごはん菓子パンだから、羨ましい!!』
『僕は納豆ご飯だ!!』
そんな風に、のんびりと朝ごはんの話をしながら過ごしていた。
しかし、その穏やかな時間は突然終わりを迎える。
「は、ハッハッ……くしゅん!!!」
くしゃみが大きく響く。朝は少し肌寒く、鼻がむずむずしていたのだ。くしゃみの勢いで目をぎゅっと閉じた。
「ふぁあああ〜」
目を開けた瞬間、コメント欄が異様な盛り上がりを見せていた。
『え、柴犬さん......?』
『柴犬さんが!?』
『え、まさか......』
僕は一瞬、くしゃみに驚かれたのかと思った。しかし、どうもそれだけではないらしい。
それに、なぜか視界が高くなっている。
人間の姿に戻ったかと、一瞬ドキッとしたが、どうやら違った。
手を見下ろすと、いつもより前足が大きい感じがする.....何かがおかしい。
「ふぇあ!?」
僕は思わず変な声を漏らした。慌ててスマホの画面を切り、反射した姿を確認する。
顔や胸元....いや、体全体がふわふわの毛で覆われ、
頭の上にはピンッと尖った三角の大きな耳が生えていいる。それに、手のひらにを見てみると小さな四つの肉球と中心に大きな肉球がパワーアップして備わっていた。
僕は、普通の柴犬から柴犬獣人になっていた。
『柴犬さんが、急に変身した!?』
『モフモフど、が上がった!?』
『え、ちょっと、エッチなんだけど......』
『グァアアアア......性癖グァ.......グァアアアアアアア!!』
僕も視聴者も、この状況にまったくついていけていない。
「と、とりあえず、今日の配信はこれで終わりです!?」
慌てて配信を切ろうとするが、切る事ができない。普段より肉球が大きくスマホのタッチ操作が思うようにいかないのだ。
『慌ててる。可愛い』
『なんだかな〜 うん、いいと思うよ。いい.....』
『慣れない体に苦戦してるw』
必死に画面をタップしようとするも、ぷにぷにの肉球が言うことを聞かない。
「ック......!!」
いつもの体なら、慣れているのでスマホ操作もお手の物なのだが.....肉球が大きくなったせいで、何度も叩くようにスマホをタップしてもたついたが、ようやく配信を終了するボタンを押すことが出来た。
配信を終え、洗面台の鏡の前に立った。僕は、顔と自分の手をじっと見つめる。
「これは.....どういうこと?」
朝の配信は、本当なら8時まで続ける予定だった。
しかし、思わぬハプニングのせいで、途中で切らざるを得なかった。
とはいえ、今はまだ朝の7時。あの病院はまだ開いていないはずだが、なぜこんな事になったのか気になって仕方がない。
思い切って電話をかけると、ワンコールで先生が出た。
「朝早くにすみません」
「いや〜可愛かったよ〜」
「見てたんですか?」
「見てたよ〜いやぁ、まさかあんなことになるとはねぇ」
どうやら、先生は朝から僕の配信を見てくれていた。
医者って、意外と暇なのか.....?
「今?『暇なのかな?』とか思っただろ?」
「うっ.....」
心を読まれてしまった。
「医者は忙しいんだからな」
「あの、どうしてこうなったんでしょうか?」
「あぁ、それね。君、くしゃみしたときに首にかけてた勾玉、机にぶつけたでしょ? あの衝撃でヒビが入ってからだろ」
「あ.....」
確かにくしゃみした時、首元でカチンと音がした気がする。
「でも、良かったね〜完全に割れてたら、元の姿に戻ってたよ」
僕にとっては大問題だった。ずっとこの姿のままってわけじゃないんだ……!
「ま、とにかく医者は忙しいから。それと、個人的にはその姿で配信を続けてほしいと思うよ」
医者は忙しいと念を押された。僕は電話を切った。
とりあえず、原因が分かったので、勾玉を外せば元に戻れるはず。そう思い、手を首元に伸ばす。
.....が、勾玉はふわふわの毛に埋もれて見えない。
「.....あれ?」
なんとか手探りで探そうとするものの、ぷにぷにした肉球が邪魔で毛の中にある紐を探り当てることができない。
「ありぇ?」
首元を何度か触ってみるが、まったく外れる気配がない。焦りがじわじわと込み上げてくる。
なぜなら、今日は 翔太くん が遊びに来る日だからだ。
翔太くんは、おばあちゃんの家から帰る前に『最後に一泊だけワンワンの家で泊まりたい!!』と駄々をこねていたらしい。
困り果てた、翔太くんのお母さんは僕に相談してきた。僕はその相談を受け、特に問題もなかったので快く承諾した。
そして、翔太くんが僕の家に泊まりにくるのが今日 だ。
当然、いつもの 柴犬の姿 で迎えるつもりだったのに....この 柴犬獣人の姿で現れたら翔太くん泣いちゃうかもしれない.....
「それは....ダメだよね」
翔太くんが来るまで、あと3時間。だったのに.....間に合わなかった。2時間ほど格闘してみたけれど、結局ダメだった。
仕方なく、僕は翔太くんを迎える準備をすることにした。まずは家の掃除を始める。だけど、人間に近い姿でいると、服を着ていないことに違和感を覚えた。普段は柴犬の姿だから気にならないけれど、この姿で裸なのは、なんだか妙に落ち着かない。
しばらくそのままでいたが、やっぱり恥ずかしくなってきた。そこで、タンスの中を探り、カッターシャツとジーパンを取り出した。
それに、胸の辺りの毛がボリューミーなのでちょっと、カッターシャツを着ると胸の辺りが膨れた感じになってしまった。
それでも仕方がない。他のTシャツも試してみたけれど、毛が邪魔でうまく着られなかった。結局、昔サイズを間違えて買い、そのまま放置していたカッターシャツを着るしかなかった。
ジーパンは、逆向きに履くことで、くるんとした尻尾を出すことができた。最初は違和感があるかと思ったけれど、意外と気にならない。むしろ、この履き方のほうがしっくりくる気さえした。
『ピンポーン』
準備が出来たと同時に、ちょうどチャイムが鳴った。翔太くんと翔太くんのお母さんがやってきた。




