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アリス

 ピンポーン。

 

 自分の家のチャイムを押すのに、かれこれ三十分以上もかかってしまった。

 辺りを用心深く見回してみるが、幸いにも僕を不審がっている住民はいないようだ。


 一度目のコールから数分待ってはみたが、今のところ反応は無い。

 留守か?

 いやそれはない。

 なぜなら、玄関から明らかにカレーの匂いがするからだ。

 ということは……もしかして居留守?

 訝しんでインターホンに付属するカメラを睨みつけてみた。それからレンズがすべて隠れるようにインターホンを手で覆った。


 今住んでいるアパートから俺の実家までは、電車と徒歩あわせて、おおよそ二時間弱。

 せっかく、ここまで来たんだ。

 出てこないからって、はい、そーですかで帰ってたまるかよ。

 もう一度インターホンを押してみる。

 

 ピンポーン。


 無機質な音が部屋の中に響いているのがドア越しからでもわかった。

 もしかすると、ただインターホンが壊れていて気付かないのではないかとも思ったが、どうやらそれはなさそうだ。


 なにやってんだよ。


 でてくれよ~……。


 インターホンを押す指が次第に自我を失い始めていく。


ピンポーン。


ピンポーン。


 こうなってしまったら、俺の指は梃子でも動かない。

 連打の速さはひきこもり時代のゲームで鍛えられてるんだ。

 さぁ妹よ! お兄ちゃんと勝負だ!


ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


 はぁはぁ……。


 後半に至ってはやけくそで僕自身が「ピンポーン」と叫んでいる始末だった。


 玄関の前で息も絶え絶えになっているとはこれ何事か。

 しかも全然出てこねぇし、何なんだよいったい。

 頭を抱えて僕はその場に力なく蹲った。


「何してんの……?」


 氷のように冷たい声が背後からとんでくる。

 それは聞き覚えのある声で紛れもなく僕の妹アリスのものだった。

 僕は丸めた体をすぐさま正し、声の方を振り向いた。

 そして、声の主の指さしながら俺は腑抜けた声で言った。


「お前、家にいたんじゃないの?」


 スーパーの買い物袋を両手に持った妹のアリスが蔑んだような目で俺を見る。

 無地の白いTシャツに黒のスキニーといった服装のアリスは、俺が家を出る前と比べて随分大人っぽく見えた。

 それに肩にかかるくらいの柔らかな栗色の髪が今は後ろで一つに縛られているのもそう見えた要因の一つなのだろう。

 成長したアリスはどことなく母さんに似ている――。


「そこ、どいてください。入れないんで」


 僕の言葉はスルーかよ……。

 そう思いながらもめげてはいられない。

 脳内でデフォルメされた鹿沼が「がんばれっ!」と叫び両手を胸の前でぎゅっと握っている。

 ああ、かぁわえぇ。―—って妄想している場合か!


 頭をぶんぶんと振り、アリスをまっすぐに見つめる。


「なんで朝、電話に出なかったんだよ」


 そう言いながら、僕はアリスが通れるように玄関の端に身体を寄せた。


 僕の言葉には何も返さずに、アリスはすたすたと玄関に近づき鍵穴に鍵を挿そうとする。  


 しかし、見るからに重そうな買い物袋を両手に持っていたため動作が中々う

まくいかないようだ。


「持とうか?」


 アリスに向かって片手を差し出す。


「いいです」


 俺には見向きもせず、冷たい声でアリスが言った。


「いいから、鍵挿しにくいだろ」


 強がる妹を見ていられず半ば強引に買い物袋を奪い取る。


「やめて! 一人でできるもん!」


「重そうにしてんじゃん。お兄ちゃんなんだからそれくらいしてもいいだろ!」

 

 その後は何も言い返してくることなく、アリスは軽くなった右手でカギを回しドアを開けた。

 空いたドアの隙間から懐かしい実家の香りがふわっと漂う、と同時に少しだけ胸がきゅっと痛むのが分かった。


「で、何しに来たの?」


 買い物袋を玄関におろしながらアリスが言う。


「アル……高校の時のアルバムを取りに来ただけだよ」


「そっか。ならそれ取ったら早く帰って」


 相変わらず棘のある冷たい声だ。


「今日父さんは?」


「お仕事」


「へ、へぇ……」


 やべぇ、気まずすぎる……。


「じゃぁ、私買ったもの整理してくるから」


 そう言ってアリスはそそくさとリビングの方へ去っていった。

 もう前みたいには接してくれないのかな。

 瞬間、高校時代の思い出がフラッシュバックする。

 目の前が暗くなり立っているので精一杯だ。強い後悔と自責の念に駆られ動悸が強くなっていく。

 落ち着け俺……。

 胸をおさえ、ゆっくりと肺の奥まで空気を流し込み同じ速さで空気を吐き出した。

 額に滲んだ汗が頬を流れる。


 しかし、アリスとの関係はまだ今は修復できないのだろう。それは自分でもよくわかるし、全部自分が悪いってのも分かっている。


『ごめんな、アリス。いつかまた、前みたいに仲良しに戻ってくれ』


 呪文のように俺は心の中で唱え気持ちに区切りをつけた。

 そう、今回の目的は仲直りではないのだ。

 とりあえずアルバムを探して、アリスの言う通りさっさと帰ろう・

 

 それから僕は自分の部屋がある二階へと向かうことにした。




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