ヒロイン属性-2
「ど、どうしてって、鹿沼さん……学校でも有名人だし・・・・・・?」
照れくさくなって、後半部分はほとんど声にならなかった。
「えっ? なんて言ったの?」
鹿沼の顔、主に耳の部分がグッと僕の顔に近づく。
「だ……だっ、だからっ! そう言うのやめろって‼」
叫ぶのと同時に一メートルほど後ろへ飛び退く。
「鴫野君顔真っ赤だよ。大丈夫?」
「お前が可愛すぎるのがいけないんだろっ!」とは言えず、照れ隠しで僕は
「ゆ、夕陽が反射してるだけだからっ」と叫んだ。
「……夕陽?」
さっと空を見上げる鹿沼ミハル。
それはまるでアニメのワンシーンのようにキラキラと僕の目には映った。
瞬間、鹿沼の髪からシャンプーの優しい香りがふわりと漂ってくる。肩まで伸ばされた柔らかな黒髪はまるで鹿沼とは別の生き物のように自由な意思をもって空中を泳いでいるように思えた。
そんな香りにつられて僕は、そろりそろりと鹿沼の方へ引き寄せられていった。
空を見上げる鹿沼の大きな瞳は夕陽に照らされ、まるで宝石のようにキラキラと輝いて見えた。
彼女を取り巻く全てが美しく優艶だった。いつの間にか、そんな鹿沼ミハルに僕は見惚れてしまっていた。
「鴫野君、空すごく綺麗だね」
風に靡く髪を手で抑えながら鹿沼が柔らかな声で言った。
同じように僕も空を見上げる。
んっ――‼
眼前には息を呑むほどの綺麗な夕焼け空が広がっていた。さっきまでの濁り切った暗い雨雲は夕空に完全に溶けきっている。
夕焼け空はオレンジや赤だけでなく、紫や青、緑といったたくさんの色が混ざり合って出来ているように見えた。あまりの迫力に手を伸ばせば届いてしまいそうなほど近くに空があるみたいな錯覚すら覚える。そしてそんな夕焼け空の下での鹿沼は、まさに天使と形容するにふさわしく、世界で一番可愛いんじゃないかとさえ思えた。
「ねえ、鴫野君は水溜り好き?」
水溜り?
この突然の質問に驚いたのもあって思考が追いつかず言葉が出ない。
「水溜りって? あの水溜り?」
そう言って偶然目の前にあった直径60㎝ほどの水溜りを指さした。
「そう。その水溜り」
「水溜りに好きとか嫌いとかあんの?」
「あるよぉ。水溜りが出来ると避けなきゃいけないし、気付かない内にバシャんってなっちゃうこともあるでしょ? そういうの嫌いな人は水溜り嫌いじゃない?」
そりゃそうだけど。それが好きな人の方が少ないだろ。いまいち鹿沼ミハルの意図していることが何なのか掴めない。
「なら、僕も嫌いだ」
そう言った瞬間、鹿沼の顔がほんの少しだけ暗くなったような気がした。
「そっかぁ。そうだよね。ほとんどの人は嫌いだよねぇ」
鹿沼が何を言いたいのかさっぱり分からない。それでも一つ分かる事があるとするなら、鹿沼が水溜りを好きなんだろうなということくらいだ。
「か、鹿沼さんは水溜りが、す、好きなの?」
「好きだよ」
ほとんど食い気味に鹿沼が言った。
こんなにも感情っぽくなる鹿沼を見るのは初めての事だった。
まぁほとんどしゃべったこともない女子なのだからそりゃそうか―—―。
「そうなんだ。な、なんで?」
僕が聞くと、鹿沼はてくてくと弾むように水溜りの方に歩いていき、こちらを振り返って手招きをした。
呼ばれるがままに、僕は小走りで鹿沼の方へと近づいた。
「見て」
そう言って鹿沼が水溜りを指さした。
注意深く水溜りを観察してみるが、変わったところは特にない、ごく一般的な水溜りのように思えた。
「……普通の水溜りだな」
「普通の水溜りだね」
それが良いと言わんばかりに鹿沼がドヤ顔をして見せる。
いやいや可愛いけど、可愛いんだけど、何が言いたいのかさっぱりなんですが、大丈夫そ?
そんな僕の想いを鹿沼が察してくれることは無く、目の前に立つ天使はドヤ顔にプラスして胸まで張りだす始末だ。
鹿沼のまだまだ控えめで伸びしろのある小さな胸が強調される。
「鴫野君、ちゃんと水溜りの良さ理解できた?」
「お、おう何となく理解した……」
僕がそう言うと鹿沼はジト目で、
「絶対理解してないよね。だってさっきから私の胸にばかり視線が向いてるよ?」
「お、おおお、おっおお……おっおお……‼」
見てた?
ワタクシそんなに鹿沼の、学校一の美少女の・・・・・・もとい!世界一の天使の胸を見てましたか‼
動揺を隠せないまま俺は恥ずかしさで自分の顔を覆う。
「鹿沼! いっそ俺を今この瞬間に殺してくれ!」
さん付けしていたことも忘れ、俺は閑静な住宅街の地価を下げるほどの大声で叫んだ。




