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お嬢様

「な・ん・で・無・視・す・る・の! 恭祐(きょうすけ)!!!!」


 そう叫んだスグリの顔がぐっと僕の顔に近づく。


 至近距離から見るスグリの顔は、高校生の頃から何一つ変わっていない。というよりもさらに可愛くなってないか?


「ばか、近いって」


 ドキドキを抑えきれずにスグリの肩を両手で軽く抑えた。

 それに驚いたのか、スグリの顔が一瞬だけ赤くなったのが分かった。だけどすぐに元の表情に戻るものだから、もしかすると僕の見間違いだったかもしれない。


「なに恭祐。もしかして照れてんの?」


 スグリの顔がたちまちニヤニヤ顔に変化していく。僕からマウントをとれてよほど嬉しいのだろう。

 子供の頃から何一つ変わっちゃいない。

 負けず嫌いで、お嬢様気質で、プライド激高なんだよなあ。

 まあでも、スグリの言ってることに間違いはない。いくら幼馴染だったとはいえ、全学年合わせてトップ3に入るほどの美少女だったんだぞ。平民どころか奴隷以下の僕からすれば照れるなという方が難しい。

 だが、ここでそれを認められるほど人間ができていないし、なにより久しぶりに会った幼馴染に煽られ笑われ、そのまま素直に負けを認めてたまるかという気持ちの方がよっぽど強い。奴隷は奴隷なりにも革命を起こしてやるくらいにはプライドってもんがあるんだよ。


「幼馴染に照れるわけないだろ。パーソナルスペースっての知らないのか?」


「はいはい。あんたのパーソナルスペースは半径10キロだったわね」


「もうそれ、一個人が関与できる範囲じゃないから!」


 しっかりとツッコんだのにスグリの心には全く届いていないようだ。


「ていうか、あんたのパーソナルスペースなんて私にはどうでもいいの。わかる? 私が聞きたいのは一つだけ、なんでアンタがここにいるのか、それとなんでさっき私を無視したのかってこと。わかったらさっさと答えなさい」


 聞きたいこと二つありましたけどとは口が裂けても言えなかった。

なにせ一を返せば十返してくる性格なのだ。どんなことを言われるか想像するだけでも心がどんよりとするのがわかった。


「無視したのは、スグリに迷惑がかかると思ったからだよ」


「はぁ? なにそれ。もっと具体的に言いなさいよ」


「僕みたいなやつと話してたりしたら、お前が陰で変なこと言われるかもしれないだろ?」


「はぁ、あんた何言ってんの? 気づいてないようだから教えてあげるけど、良くも悪くもあんたの知名度ってゼロに等しいの。それがどいう言う意味か分かる?」


 スグリが中指を突き立て諭すように言った。


「ぼ、僕とスグリが話していても『あの男の人どこのクラスだろ?』くらいで終わるってこと?」


「そう。よくわかってんじゃない。だから、あんたは私に対して変な気を遣わなくてもいいわけ。私たちはもうあの頃とは違うでしょ」


 たしかにスグリの言うとおりかもしれない・・・・・・。

 ん? いや、でも待てよ。


「てか高校の時、話しかけてくんなって言ったのお前じゃん!」


「はぁ? いつの話してんの。さっきも言ったけど私たちはあの頃とはもう違うの。大人になったの。いつまでもねちねち、ねちねち、昔のこと引きずって女々しいとか思わないの?」


 苛立ったようにスグリが僕の胸を人差し指で何度もつつく。


「痛い、痛いって!」


「あんたが、いちいちイライラすること言うからでしょ。それにさっさともう一つも答えてよ」


 胸の痛みに耐えきれなくなった僕は、スグリの手を掴んで強制的に動きをとめた。


「きゃっ」


 短い悲鳴を上げ、スグリが数センチ後ろに飛び退く。

 やっとパーソナルスペースから出て行った。僕は緊張がなくなったことに安堵し胸を撫でおろす。


「ちょっといきなり触んないでよ、びっくりするじゃない」


 スグリは掴まれた手をかばうように、もう片方の手でその手をさすっていた。


「先に触ってきたのはそっちだろ」


「私のは触った内に入らないわよ!」


「はぁ? さっき僕の腕を掴んでここまで引っ張り込んできたのは誰だよ」


「私からはいいの! でも恭祐からはダメ!」


 でたでた、スグリの十八番のお嬢様気質だ。この状態になったら、何を言っても無駄無駄無駄。残された道は両手を上げるしかない。


「わかったよ。僕が悪いですよ。降参」


「ふんっ、わかればいいのよ。で、何で恭祐がここにいるの?」


 鼻を鳴らし、スグリがまた僕の方へと詰め寄ってくる。そのことにツッコもうとも思ったが、これ以上こいつに構っていては話が進まない。息が詰まるのを我慢し自分が同窓会に来たことについて手短に説明した。


「へぇ、あんた鹿沼さんのこと好きだったんだ。ふうん……そっか」


 少し暗い表情でスグリが俺の方を見つめる。

大きな瞳が微かに揺れているように見えたのは僕の思い過ごしかもしれないけれど、スグリの身体がいつの間にかパーソナルスペースから十分に離れた距離に移動していたことは確かなことだった。

 数秒の沈黙の末、スグリがまっすぐに僕を見つめ口を開く。


「せっかく来たくもない同窓会に来てくれたところ申し訳ないんだけど、鹿沼さんとはもう二度と会えないと思うわよ」

 

 静まり返ったホテルの廊下に、生唾を飲み込む僕の音だけが不自然なくらい大きく響いた。


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