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ショートショート9月〜5回目

幼なじみが異世界から転生してきた勇者だった…

作者: たかさば

「…りょう君、実は、折り入って話があるの」


 隣に住む幼なじみの理佳が、やけに神妙な面持ちで俺の部屋にやってきた。


 もう16にもなるってのに、こいつは本当にこう…遠慮がないというか、なんというか。

 今どきどこのJKが裸足でベランダと屋根を渡って…同級生の男の部屋に忍び込むというんだ。


「なに、いよいよ俺に告白でもする気になったの?」

「バカ!!そんなんじゃないって!!……めちゃめちゃヤバイ系のやつなんだってば、ふざけないで!!!」


 そんなんじゃないとか、ふざけてるとか…うん、まあ、そうか…、そうなのか。


「……あのね。びっくりしないで聞いてね。実は私…異世界から転生してきた、勇者だったの」

「……ふうん、今回のプロットはそういう系?ラノベ作家になる夢、諦めてなかったんだね。『さやかの魔法のりんご』の続き?」


「ッ!!!違うの、それは小5のしっぴつクラブのやつでしょ?!何で覚えてるの?!」

「そりゃ…俺も元気回復魔法使いとして出させてもらったし、それなりに恩は感じているというか?面白いから続き書けって言ったのに、つまんない三角関係の…」


「む、昔のことは思い出さないで!!!」

「思い出さなくても現物があるよ、見る?」


 確かホチキス止めの手書き冊子が…あれはどこに隠しておいたんだったかな……。


「出さなくていいってば!!!人の黒歴史をほじくり返さないで、話、話を聞いてよ!!!」


 目に涙を浮かべながら真っ赤になって怒りだしたので…冷たいコーラとポテトチップスを献上しつつ耳を傾けてみたところ。


 なんでも、理佳は…スメユカオ侯国とかいう所に暮らす、仕立て屋の娘だったのだそうだ。

 魔法のような不思議な力と、魔物と、お姫様と、妖精、神様なんかがいる世界で、忙しく仕事をしながら暮らしていたある日、暴れ牛に吹き飛ばされて…気が付いたらこの世界に転生していたんだってさ。

 そんなことはツルッと忘れて平凡に暮らしてきたんだけど、昨日風呂場で転んで後頭部をしこたまぶつけた瞬間に記憶がすべて戻ったのだという……。


「この、令和6年の9月の世界は…アツルナでベストセラーだった『勇者リカーニナガワの孤独な闘い』の世界そのものなの。あたしは…勇者だから、ソツラヌーンと戦わないといけなくて。でね…」


 よくわからないのだが、物語のクライマックスが間もなく起きるのだそうだ。

 理佳はそのピンチを乗り越えるために異世界から遣わされた、この星の救世主らしい。 生まれる前に神様に会って、戦えるだけのスキルとチートをもらい、パワー?を溜め込みながら平凡に生きてきたとか、なんとか……。


「つか、理佳…体育2じゃん。遠足で未瑠駈山(みるくやま)に登った時だって真っ先にヘタレたぐらい体力も貧弱だし、そんなんで戦えるの?無鉄砲でおおざっぱだからしょっちゅうやらかしてるし、どう考えても…神様の人選ミスだとしか」

「だからフォローを頼みたいって言ってるんじゃない!未瑠駈山だって手をつないで登ってくれたでしょ?ね、お願い、今回も力になって!りょう君には戦うスキルも加護もないって知ってるから、無理なことは絶対に頼まないし、愚痴を聞いてくれるだけでいいの!!はっきりいって、孤独に戦う事だけがどうしても…無理!!ねずみ年の女の子は…、寂しすぎると死んじゃうんだからね?!」


 まーたよくわからない謎理論で丸め込もうとしているな。

 愚痴を聞くだけで良いとか、それはいったいどういう仕組みなんだ。


「……話を聞くだけでいいんだな?」

「うん!よろしく……じゃない!!!まず明日の宿題も手伝って!!なんかめっちゃ数学の問題がー!!!」


 いまいち納得ができないまま、俺は幼馴染の願いを聞いてやることにしたわけだが。




「今日はガブンラを3つつぶしたの、だからほら…大阪の方に真っ黒な雲が出てるでしょ?」


 ……ごく普通の、ゲリラ豪雨前の雲にしか見えない。


「りょう君にもできると思うんだけどなあ、…見えない?うっすらとしたカザウシの形」


 ……差し出された上に向けた手のひらをじっと見つめるも、その先にあるボリューム満点の胸部にうっすらと透けるイチゴ模様しか見えない。


「違うよ、魔法とは全然違うものなの、コンギレムはね、魂の叫びなの。だから命を持つ者すべてに循環していて…ほら、耳を澄ませてみて?聞こえるでしょ?」


 ……全く持って、何も聞こえない。


「ぜんぜん聞こえないけど」

「ウソ!聞こえるでしょ?!こんなにぢゅんぢゅんいってるのに!!…振動くらいならわからない?ほら、このあたりなんだけど……」


 理佳が俺の手を取り、何もない中空を触らせ?る。

 俺の右手に…随分細くて華奢に見えるようになった両手を添え、何度も何度も小刻みに上下左右に…、ちょっとまて、ひじに感じるこのまろみは、もしや……。


「あ!!!ヤバい!!フリオコサミが…ちょっと行ってくるっ!!!」


 ふしゅん……!!!


 目の前から幼なじみが消えた。


 ………。

 なにがなんだか、さっぱりだ。


 理佳は…いったい何を言っているんだ。

 異世界から転生してきた勇者には…いったい何が見えているんだ。

 この令和6年の絶体絶命のピンチを救うという救世主は…いったい何をしているんだ。


 はっきり言って、混乱がものすごい。

 意味の分からない単語に、自分の常識にないおかしな言動、視認できない現象に…ありえない出動および帰還。


 全力でスルーしたくなる気持ちが大きいのだが、小さい頃から隣にいた事もあって、見捨てる気には…なれない。

 むしろ、今まで知り得なかった意外な面が見えてきて…逆に戸惑う事もあったり、なかったり。


「ねえねえ見て!!いいものドロップしたんだよ♡これ、コンギレムの回復が20%も早くなるお守りなんだって!!ほら、ここ…クマズズの足跡が♡かーわいい!!!」


 たまに、ふいに、見覚えのあるあどけない笑顔を向けるから…、こいつはただの幼馴染の理佳でしかないじゃないかと我に返る。


 ド派手にホコリをかぶった状態でいきなり部屋のど真ん中に現れれば、なんなんだコイツはと思うのだが…、手早くシャワーを浴びにいったあと、いつも通りに裸足で屋根とベランダをぺたぺたと渡って戻ってくれば、ドライヤー嫌いの自然乾燥派で足の裏の汚れは一切気にしないガサツな幼馴染でしかないのだと、しみじみ思う。


 ……一緒に宿題をやりながら、窓の外の景色を望む。

 魔物はいないし、空を飛ぶおじさんもいない。空の色はしっかり青く、雲の色は白い。異世界の勇者が知る、緑色の空も黄金色の雲も…どこにもない。……どこをどう見ても、ごく普通の平和な日常の空にしか見えない。


 どこそこ不信感を抱えたまま、懸命に働く理佳のサポートをした。

 拭いきれない違和感を口に出さずに飲みこんで、世界をすくうという勇者の不安を受け止め続けた。




「‥っ、ふひーん!!!りょ、りょうくんっ!!!やった、やったよ?!あたし、ついに…この世界、すくえた!!!アリガトー、助けてくれて!!!」


 俺の知らぬ間に、この世界はすくわれたようだ。


 大仕事を終えたらしい、テンションが上がりきっている勇者は…、何もできなかった平凡ないち一般人を、ギュウと抱きしめて!!


 …うう、地味にちょっと痛いんだけど?!

 ダメダメ、これ以上はギブ、ギブ!!!

 やや力を込めて、頭のてっぺんを、ポンポンと!!!


「はいはい、お疲れさま。で…、理佳はこのあと、何をする予定なのさ?」


 世界をすくった異世界転生者が、平和になったこの国で望むのは…いったい何なんだい。

 まさかとは思うけど、元の世界に行くとか神になるとか、そういう展開を考えていたりするのかもしれないぞ……。


「…うーんと、しばらくはのんびりとフリオコサミ狩りをして…カザウシ細工をしようかなって。でも、カヂエコシュが枯れちゃうと日本が揺らいじゃうから、そのあたりだけは…見守っていこうかなって思ってるんだ」


 ……ずいぶん忙しそうだな。


「ふうむ…遊園地とか行く暇、ありそう?」

「めっちゃある!!!!ねえねえ、いつ行く?!卒業旅行ぶりだよね!!!あの時はかっつんがソフトクリームをもらって2秒で落っことしてさあ!!あの時のマリちゃんの嫌そうな顔ったら!!!フフ、アハハ……!!!ねえねえ、誰を誘う?!私立組呼んだら来てくれるかな、進学校組は難しいかも…」


 ニコニコしながら、指折り人数を数えているぞ。……ちょっと待て。


「今回はほかのやつらはナシだ。世界をすくったお祝いだし。行くのは俺と理佳、二人だけ」

「ええー!!なんで?!あ、もしかして…アタシに告白でもするつもり?!」


 目の前ではしゃいでいる勇者の晴れ晴れとした表情が、徐々に…、はにかんだ16歳の女子高校生の、素朴な笑顔になってゆくぞ。


「なに、告白してほしいわけ?」


 ……俺のよく知る、幼馴染の笑顔が。

 まだ見たことのない、少し艶めいた…魅惑的な表情に変わっていく。


「し、してもいいけどっ!!!」


 真っ赤になりながら、強気なセリフを口にしているのは。

 俺がまだ知らない可愛らしさを振り撒いている…、理佳。


 ……きっと、これから、俺は。


 危機が無くなった、この国で。

 平凡だけどとびきり可愛らしい女子の…、いろんな表情を見守り続けていくことに、なる、ハズ……。


「世界もすくったことだし、俺と恋でもしてみたらどうだい。なーに、クマズズよりもかわいい理佳をきっちりフュノウスするし、ちゃんとドレウグクも欠かさないから安心しなよ。大丈夫、ドキオゾエしなくても、ちゃんとコンギレムが沸騰するようなLOVEを…」


「ちょっと!!!何知ったかぶりしてるの?!全然違うし!!!そーゆーとこだよ?!もう!!!」


 ポカ、ポカポカポカ、ポカ!!!


 理佳のへっぽこパンチを、ボディに受けながら。


 俺は、救世の勇者の攻撃も大したことないなと……、にっこり、笑ったのだった。



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