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侯爵様と女中(メイド)  作者: えんとつ そーじ
本編終了後番外編 <侯爵様の弟> (完結済)
32/49

侯爵様の弟① <兄からの手紙>

「イーミル、また大量に手紙届いてるぜー」

 相部屋の悪友の言葉に、彼は眉間に深い皺を刻む。

 机に向かったまま背後の気配へと軽く手を振った。

「捨てておいてくれ」

 そっけない言葉に、悪友は溜息をつく。

「……読むだけでも読んでやらーいいのに」とぼやく声が聞こえるが、彼は完全無視を貫いた。大方、手紙の内容は知っていた。

 毎日飽きもせずに届く、大量の恋文。定期的に届くものもあれば、初めて届くものもある。だが、いずれの送り主の名も、イーミルにはおぼえのないものばかりだった。

 読むだけでも読んでやればいい。

 そんな友人の言葉は耳にタコができるほど聞いている。しかし、話をしたこともない男に手紙を送る行動が理解できない彼は、見ず知らずの娘たちの書く手紙を読む事で費やす時間すらもったいなかった。

「どうせ外見目当てだろ」

「うーわー。そんなこと言ってみてー」

 わざとらしく睨みつけてくる友人は、それでも否定することはなかった。

 ――イーミルが自覚している通り、彼の容姿は文句のつけようがないくらい美しかったのだ。

 イーミル・ルーファス・キング、十九歳。農芸化学者を目指し、現在は某大学寮にて生活している。そんな彼はキング侯爵家の次男坊であり、現当主のセシルを兄に持つ。太陽の光を見事に反射する銀髪、母によく似た青磁色の瞳は兄に違わぬ美しさ。わずかな幼さと不器用な性格が表れた顔立ちでさえ、彼の魅力をひきたてた。

 したがって、街を歩けば年頃の乙女たちから熱いまなざしを受け、猪突猛進な告白から恥じらいを持った、けれど中身は過激な恋文をもらうことも数多い。

(くそっ! いい加減、鬱陶しい!)

 剣呑な雰囲気を宿した瞳に気づいた友人は、前髪を掻きあげて「お前、そんなんじゃ一生結婚できねーぞ」と釘を刺したが、イーミルには痛くも痒くもなかった。むしろ。

「するつもりもない。兄貴がいるから問題もない」

 鼻を鳴らした。

「……そんな顔して、まだ童貞だろ。てか……初恋もまだなんだろうな」

「ほっとけ!」

「お前の兄ちゃんとはほんと、えらい違いだな」

 兄 セシルが貴族たちの間で華々しい噂を垂れ流す中、弟 イーミルは実に健全な――男性としては健康的とはいえない――生活を送っているこの現実。友人は目頭を押さえた。

 そして気づく。いつもの恋文のように、桃色や紅の便箋ばかりではないことに。

「あ、お前の実家からも来てんぞ」

 白地に青い印が押された便箋に気づいて、友人がイーミルに手紙を差し出した。

「実家から?」

 イーミルは首を傾げて受け取る。

 実家を離れ、十年以上。幼くして寄宿学校に入ったため簡単には家に帰ることもできなかった。というか、ここ五年くらいは理由もなく帰っていない。両親とは定期的に文を交わしているし、気にしていなかったが……此度の突然の手紙はイーミルを不安にさせた。急用か――もしくは、緊急事態でも起きたというのだろうか。

 便箋の送り主を見ると、さらに疑問がわく。

「…………セシル? なんで兄貴から?」

 兄弟仲は悪くないものの、帰省していない五年間は音信不通であった。

(キング家に、なにかあったのか?)

 兄からの文には、そう考えるのが最も適当だった。

 訝るようなイーミルの表情を見守る、友人の視線を受けながら、封を切る。中身を取り出して連なる文字を読んだ。

「……………………」

 無言のイーミル。無表情だ。

 彼はやがて、疲れたように目頭を揉みあげ、再度便箋へと視線を向けた。

 なぜかまた、無言になる。

 不可解な行動に、友人は眉根を寄せた。どんなに困難な公式や課題にも、イーミルが難しい顔をしたことはない。しかし、その顔を、今、している。

「……おい、イーミル。どんな難しい問題を突きつけられたんだ? 侯爵家がつぶれたか? お前の兄ちゃんがついに王族のお姫様にでも手をつけちゃったか!?」

 噂では浮名を流しまくっているセシル。弟の友人から散々なことを言われている。

 そんな兄をフォローすることなく、イーミルは目を点にさせていた。いわく、手紙にはこうあった。


最愛の女と婚約した。

結婚式を挙げる。

出席してくれ。


 ちなみに、この三つ並べられた一文は、箇条書きのごとく、このまま書かれていた。

(……なんだ、これ)

 それが弟の第一感想。

 数年間兄に会ってはいなかったが、両親からの文でおおよそのことは知っていた。

 噂のような事実はなく、二十三歳になっても彼女のひとりもいないこと。どころか、一夜の恋にすら興じないこと。どうやら片思いしたらしいが、相手には婚約者がいること。その女性を口説くことなく、ある種の犯罪者のように様子を窺い続けていること。

(……というか、そんな兄と両思いって……どんな女だよ、それ)

 顔が盛大に引き攣った。

 義理の姉になる女の情報はないものかと便箋を覗いてみたが――なかった。

「い、イーミル? あ、相手の女性は誰なんだ?」

 勘違いした友人の問いに、イーミルは舌打ちしながら答える。

「知らん! ただ――間違いなく、痛い女だってことだけは確かだ!」

 その断言に、友人は顔を蒼白にさせた。

 彼が(……やっぱり、どこぞの姫様か……――まさか! 王妃様と不倫か!?)と不敬罪にもあたる勘違いしたのは、ここだけの秘密だ。




 その後、イーミルは兄に手紙を出す。


仮にも義姉になる女なんだ。

どんなヤツかくらい書け。


 届けられた箇条書きの手紙に、箇条書きの手紙で返す弟。どっこいどっこいの兄弟である。

 そして数日後、イーミルのもとへセシルから返信が届く。


『可愛らしくて愛らしくて、笑めば花が綻んだように可憐で、あたたかい心を持っていて、優しくておちゃめで思いやりがあって純粋で……』


 そんな内容の文面が便箋五枚分あった。

(……抽象的すぎてわかんねーよ)

 実に正直な感想だ。

 そんなこんなで。

 とりあえず、彼は結婚に反対できるよう、兄と義姉の結婚式の日付よりも大分余裕をもって実家に帰ることに決めた。




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