1. 男爵令嬢、女中になる
――できることは、なんでもしたと思う。
泣いたし、縋った。惨めな姿など晒したくなかったけれど、それで彼が留まってくれるのならかまわないと、思った。
信じてくれるのなら、かまわなかった。
誰かの言葉ではなく。他の誰でもない自分を信じてほしかった。……信じてくれると、思っていた。
そう、できることはなんでもした。
自分自身には権力も色気もないから、彼の胸で泣いて、叫ぶようにして「私を信じて」と言った。
だけど。
彼は信じてくれなかった。
彼だけではない。両親も、信じてはくれなかった。
それが、十五年間の恋の結末。
そうして、婚約は白紙となった。
*** *** ***
「私、女中になります」
突然の爆弾発言だった。
発言をした娘は、男爵令嬢エステル・コーネリア・クラーク。
彼女は口をあんぐり開けて呆けている父を、冷ややかに見下ろした。
「ちなみに、お世話になる家は決まっておりますのでご心配なく」
――婚約が破談となってから、すっかり変わってしまった娘。かつては、貴族の令嬢としては少しばかり変わり者ながら、明るい性格の娘であった。けれど、今は……。
男爵はその原因の一つが自分だとわかっているため、頬に伝う脂汗を拭いながら平静を装う。
「は、ははは。急になにを言うかと思えば。えぇと、どうしたんだ? なにかあったのかい?」
自分は椅子に座っているため、男爵は腰に手をあてて立っている娘を見上げる形になった。
すると、エステルは鼻で笑う。
「なにがあった? ――とお聞きになりますか?」
瞬間、男爵が怯む。まるでそれを畳み掛けるかのように、娘は言葉を羅列した。
「ええ、ええ。それはもう色んなことがありました。私はお父様とお母様にとっては信じるにたる存在ではないことも、元婚約者にとってそうであったことも衝撃でした。失恋するに伴って縁談はなくなるわ、お母様は倒れるわ! もう、それは私、日がな一日――いえ、それだけでは足りない時間を泣きましたし恨みましたし絶望しました。そこで、決めたのです」
やる気をみせるように拳を持ち上げた娘。
圧倒された父男爵は、嫌な予感がした。なんといっても、彼の娘は極端な子だ。思考だけではなく、行動までも。血が繋がっているからか、彼女が生まれて十九年を共に過ごした賜物か、嫌というほど熟知していた。
「……はは、は。エステル、一体なにを決めたというんだ? そのだな……父様の心の臓のために、こう婉曲に教えてくれないかな? ことによっては、父様も手伝うよ?」
「そうですか。それは好都合です」
そうして娘はにっこりと笑った。花のようなかわいらしさなのに――なぜか、彼女の纏う空気が黒く淀んでいる気がする。
男爵は唾を呑み込んだ。――手伝うなんていわなければよかった! と心中で嘆く。
「ではお父様、長らく私を放置してくださいませ」
「――は?」
「私、女中になりますから」
「……我が家の、だよね?」
「いいえ」
そして、ゆっくりと首を横にふったエステルの次の言葉に、男爵は昏倒することになる。
「キング侯爵家の、です」