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2話 レモンSIDE

「じゃ、お姉ちゃん行ってくるよ」


「うん!」

「わかったー♪」


「すぐ戻ってくるから。いい子に待っててね?」


 弟と妹の頭を優しく撫でると、レモンは自宅をあとにする。


(この時間になるとちょっと冷えるな)


 あたりはすでに暗くなっている。


 レモンはひとり夜道を歩き、内に悶々とした思いを抱えていた。


(またアイツらのところに戻らなくちゃいけないなんて・・・)


 そう考えるだけで足取りは重い。

 

 この日、レモンは朝からエンペルト領の北西にある『淵森の廃砦』というダンジョンの攻略に出かけていた。

 バヌーにそう命じられたからだ。


 [ヘルファングの煉旗]のメンバーが同行することはなく、いつものようにソロでの遠征だった。

 当然、ここで挙げた戦果はすべてバヌーのものとなる。


 クエスト達成の報告をするため、レモンはいつもの酒場へと向かっていた。


「はぁ・・・」


 彼らのもとへ近づくたびにため息が漏れる。


 なぜこんなことになってしまったのか。

 もちろん、その理由はレモンもわかっていた。


(あいつらと同じ魔法学院に通ってたから・・・。すべての元凶だよね)


 レモンはエンペルト領の外れに位置するパダピリという小さな町の貧しい農家の長女として生まれた。


 家系では珍しく、レモンだけ魔力総量がずば抜けていた。

 幼い頃から[禁域の喪人(アノニマス)]だとバカにされて嫌な目にもあったが、両親だけはどんなに貧しくてもレモンを守った。

 

 [禁域の喪人]などと嘲笑する者たちは、だいたいが嫉妬からきてそう発言しているということをレモンは知っていた。


 だから、そのことを特別気にすることはなかった。


 そのあと。

 両親を早くに亡くし、レモンは幼い弟と妹の親代わりとなる。

 

 貧しかったゆえにレモンはまだ7、8歳の頃から魔法を使って仕事の手伝いをし、日銭を稼いでいた。


 弟と妹に不自由のない生活を送らせたいという思いから、稼ぎのいい冒険者となることを決意。

 領都のロゲスへと3人で移り住み、エンペルト魔法学院に入学する。


 5年間、魔法の勉学に一生懸命励んだ。

 その努力の甲斐もあって、レモンは魔法学院を主席で卒業する。


 本来ならソロでクエストをこなせるほどの力があったが、その才能はバヌーに目をつけられてしまう。

 

 エンペルト領主の息子であるバヌーは、魔法学院ではほとんど殿様状態であった。 

 教師たちからは厚遇され、クラスメイトらはこぞって彼を持ち上げた。


 そんなバヌーのことをレモンは最初から快く思っていなかった。

 

 〝なるべく関わるのは避けて、目立たないようにして過ごそう〟

  

 そう思ってレモンは日々送ってきたのだったが、その才能が逆に自身を目立たせてしまう。

 結果的にバヌーの目に留まってしまい、一緒にパーティーを組むことを命じられる。

 

 レモンに拒否権はなかった。


 ロゲスで暮らす弟と妹の安全を理由に脅されてしまったからだ。


 〝領主の息子であるオレサマにはなんだってできんだよ! この町からガキどもの姿を消すことなんて簡単なもんさ。ハハハッ!〟


 バヌーのその言葉は本当だった。

 気に入らない相手がいれば、父親に頼んで始末してもらう。


 そんなことが領都でひそかに行われていることをレモンは知っていた。


 だから、こんな風に仕方なくパーティーに参加して力を貸している。


(でも・・・これも王選が終わるまで)


 バヌーが望みを叶えてロザリアの国王となれば、[ヘルファングの煉旗]は自然と解散することになる。

 その時にようやく呪縛から解放されるとレモンは信じていた。


 だから、これまでやりたくもないクエストをこなし、戦果をバヌーに横流ししてきたのだ。

 冒険者ギルドが虚偽の片棒を担いでいることにも、これまで目を瞑ってきた。


(あいつには早く国王になってもらわなくちゃ)


 ジョネスやアウラのように。

 レモンはバヌーが国王となった際の見返りを望んでいるわけではない。


 望みはひとつ。

 早く自分たちの前から姿を消してほしい。


 それだけがレモンの望みだ。


 けれど・・・。


 最近、レモンには引っかかることがあった。


 ゲントを巻き込んでしまっていることだ。


 バヌーがゲントの戦果まで横取りにしていることをレモンは快く思っていなかった。

 むしろ怒りすら感じている。


(あの人・・・。利用されてることにもぜんぜん気づいてないし・・・)


 ただ、それをゲント本人に伝えることまではレモンはできていない。

 弟と妹のことがあるからだ。


 だから、余計悶々とした気持ちを抱えることになる。


「はぁ」


 ため息はさらに増えるばかりだった。




 そんなことを考えながら、レモンが歩いていると。


(?)


 ふとこちらに手を振る人影があることにレモンは気づく。

 そして、すぐにハッとした。


 意中の相手が前から歩いてやって来たからだ。


「ああ、やっぱりレモンさんだ。お疲れさまです」


(・・・っ、ゲント・・・?)

 

 まさかこんなところで彼に会うとは思っていなかったため、レモンは少しだけ緊張する。


 心臓の音がばくばくと高鳴るも、レモンは平静を装うことに努めた。


「こんな時間にどうしたの?」


「さっきまで酒場に行ってたんです」


「え・・・酒場? だって今日はゲント休みだったんだよね?」


「いえ。自分はバヌーさんに頼まれまして。早朝からサーフゴー領にある『クラニオ噴山』の攻略に出かけてました。クエスト達成の報告をして、今はその帰り道なんです」


「うそでしょ・・・」


 レモンの聞いていた話と違う。

 今日は1日ゲントにはオフを与えたから、代わりに『淵森の廃砦』のダンジョンを攻略して来いと命じられていたのだ。


(まさかウチだけじゃなくて、ゲントにも行かせてたなんて)


 しかも、サーフゴー領の『クラニオ噴山』は、ロゲスからはかなり離れた位置にあるダンジョンだ。

 きっと往復だけでも相当時間がかかったに違いないとレモンは思う。


「待って。昨日の夜もハッサム領の『グランストン断罪場』までクエスト攻略に行ってたんだよね? ぜんぜん休めてないじゃん・・・」


「俺なら大丈夫ですよ。まったく疲れてないので」


「そーゆう問題じゃない」


 バヌーたちは今も酒場で大騒ぎに違いない。

 そして、今回挙げたゲントの戦果も当然のことのように、自分のものとしてギルドに報告することだろう。


「なんとも思わないの?」


「? なにがでしょうか?」


「何度も見てるんだからもうわかるじゃん。酒場で毎日呑んだくれてるような連中だよ? なんでそんなやつらに自分の手柄を平気で手渡しちゃうわけ?」


「でも、きちんと報酬をいただいてますから。俺はこんな歳とってますし。バヌーさんには雇ってもらって本当に感謝してるんです」


「はぁ・・・。どこまでもお人好しだよね、ゲントって」


「俺のことはべつにいいんです。それよりも。レモンさんは大丈夫ですか?」


「ウチ?」


 まさか自分のことを訊かれるとは思っていなかったため、レモンは不意を突かれた。

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