8話
――フルゥーヴ伝承洞 第10層――
それから。
モンスターを倒しながらダンジョンを進み続けること30分。
淀みも順調に断ち斬っている。
あとは、叡智の占領者の正体を突き止めるだけだ。
『あれぇぇっ~~? なんか雰囲気がガラッと変わっちゃいましたよーーっ!?』
下の階層へゲントが降り立ったところで、ルルムが驚いたように声を上げる。
たしかにサキュバスの少女が言うとおり、ダンジョンのフロアはこれまでと違った雰囲気に包まれていた。
冷気も一段と下がったように感じられる。
「もしかして、ここが最下層なのかな」
『そうかもしれませんねっ! マスター! なにが出てくるかわかりませんっ~! 用心しましょー!』
ダンジョンの最下層といえば、やはりボスの存在が気になる。
(叡智の占領者がすでに倒してるのか。それとも・・・)
どの道ギルドへ報告するなら、ボスまで倒しておかないと意味がないとゲントは思った。
物音を立てないように静かに通路を進んでいくと。
(ん?)
しばらく進んだ先に空間があることがわかった。
そこに巨大なモンスターが潜んでいることをゲントは確認する。
(間違いない・・・。ダンジョンのボスだ)
敵は人とクラーケンを合体させたようないびつな姿をしていた。
『ひええぇっ~~!? なんですかあのタコっ!?』
その表面は硬い光沢のある鱗で覆われ、黒い斑点模様が浮かび上がっていた。
無尽の螺旋とでも形容できそうなくらい長くて太い触手がいたるところから伸びており、その先端には鋭い棘が複数並んでいる。
体長は8mくらいはあるだろうか。
人型の胴体部分は筋骨隆々で、長い触手を駆使して相手を捕まえたり叩きつけたりしそうな恐ろしさがあった。
『ううぅっ~! 気持ちわるいですぅぅ・・・』
敵は複数の触手をうねらせ、フロアの片隅で警戒するように固まっている。
その姿はたしかにグロテスクだ。
海中にいるはずのクラーケンがダンジョンの中にいるというアンバランスさが、なんともいびつでゲントたちの恐怖心を煽る。
が、見たところボス以外の姿は見当たらない。
『あれれっ? でも、叡智の占領者さんがどこにもいらっしゃらないですよ??』
「ひょっとしたら・・・このダンジョンの中にはいないのかも」
『ええぇっ~!?』
「優先権の及ぶ区域は自由に調整できるからね」
ゲントが言うとおり、べつにダンジョンの中にいなくても、魔法の発動を承認したり、拒否したりすることはできる。
叡智の占領者がこのダンジョンを根城にしているというのは、冒険者たちの間で流れているただの噂にすぎない。
ひょっとすると、叡智の占領者は『フルゥーヴ伝承洞』の近くに潜伏していて、テラスタル領の領主の目を盗み、ここ周辺における魔法の承認否認を勝手に行っているのかもしれなかった。
ただ、エコーズの西南北にあるダンジョンでは、ふつうに魔法が使えるようなので、やはりこのダンジョンの近くに魔力総量の高い何者かが潜んでいることは間違いないと言える。
(なんにしても。目の前のボスだけは一応倒しておかないと)
「ルルム、行けそう?」
『うぅっ~~。気持ちわるいですけど・・・倒さないとですよねっ!? が、がんばりますっ~!!』
「お願いします」
自らを奮い立たせるルルムとともにゲントはフロアの中へと足を踏み入れた。
「おじゃましまぁーす・・・」
ゲントが一歩足を踏み入れても、人型クラーケンは微動だにしない。
触手をうねらせ、自身の縄張りを監視しているような感じだ。
(なんか、怯えてるようにも見えるけど?)
その姿はどことなく、生まれたての小鹿のようにゲントの目には映った。
そして、その考えはどうやら間違いではなかったようだ。
『あのぉ、マスター。不思議なんですけど、あのタコからは邪念のようなものが一切感じられませんっ』
「どういうこと?」
『ひょっとするとですねぇ~。生まれてまだ間もないのかもしれないですっ!』
魔族だからだろうか。
鉄巨人から高熱源が放出されるのを見抜いたように、魔剣化したルルムにはモンスターの特性を見抜く力が備わっているようだ。
「ってことは、今が倒すチャンスってことかな?」
『あの鉄巨人は邪悪な力に満ち溢れてましたっ! たしかにそうなる前がチャンスなのかもしれませんっ~!』
「そっか、ありがとう。わかったよ」
魔剣を構えると、ゲントはさらに一歩足を踏み込んでいく。
敵は依然としてフロアの片隅に固まってじっとしていた。
が――。
(!)
ドドドウッ!!
ある一線に足を踏み入れた瞬間、人型クラーケンは無詠唱で火属性の攻撃魔法を連続で放ってきた。
「奥義其の22――〈天撃の構え〉!」
素早く魔剣を振り抜くと、奥義を放ってゲントは敵の魔法を相殺する。
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[奥義名]
天撃の構え
[威力/範囲]
B/単
[消費SP]
11%
[効果]
標的を確実に捉え、急所を突き一瞬で大きなダメージを奪う離れ業。
敵単体に大ダメージを与える。
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『マスターっ! お怪我はありませんか~っ!?』
「ちょっと危なかったかも」
魔剣を下ろし、ゲントはフロアの片隅に目を向ける。
敵は何事もなかったかのように、巨大な触手をうねらせてじっと静かにしていた。
特に続けて攻撃を仕掛けてくるつもりはないようだ。
(たしかあれは・・・火魔法レベル8の〈極大炎〉だったか?)
フェルンがその魔法を使うのを目にしたゲントはそのことを覚えていた。
しかも、相手はそれを無詠唱でかつ複数同時に撃ち込んできた。
MQが相当高くないとできない芸当だ。
フェルンに匹敵する力を持っているのかもしれない。
そこまで考えてゲントはハッとする。
(まさか、あのクラーケンが叡智の占領者なんじゃ・・・)
ぜんぜんあり得る、とゲントはおもった。
そのためにもまずは、敵の力量を確認しなければならなかった。




