10話
それから。
ルルムとともに歩いていると、突然、フェルンがこんなことを口にする。
「・・・ゲント君。ひょっとすると、ここは黒の一帯なのかもしれない」
「黒の一帯?」
「五属性の新約魔導書が呼び出せるんだ」
「どういうことでしょう?」
「ここでは魔法の制限がかけられてないんだよ」
その言葉を聞いてもゲントはちんぷんかんぷんだ。
「すみません。もう少しわかりやすく説明していただけないでしょうか?」
「あぁ、ごめん。たしかに端折りすぎたね。うん。詳しく説明するよ」
ここでゲントはフェルンから魔法の性質について聞くことになる。
「魔法はね。ある一定の区域では、魔力総量の高い者に発動の優先権がいって、低い者は高い者の承認なくして使用できないっていう特性があるんだ」
「優先権ですか」
「だから、どんな魔法でも使いたい放題ってわけじゃないんだよ。さっきある理由があって『召喚の書』は使えないって話したよね? これがその理由さ。優先権を持つ者が承認した魔導書だけ、私たちは使えるんだよ」
基本的に魔力総量が高い者ほどその対象となる区域も広くなるらしい。
現在、五ノ国においては、それぞれの国王がそれぞれの国全域において優先権を所有しているのだという。
(そういえば、魔力総量は遺伝するんだったよな?)
五ノ国国王の第一継承権は、直系子孫が優先されるというのがフェルンの話だ。
となると、この1000年間ずっと、魔力総量の高い王家とその血族がそれぞれの国全域において、優先権を占有してきたということになる。
なお、五ノ国の国王は〝お互いに争うことができない〟と、不戦の契りをクロノが使った『誓約の書』の魔法によって定められているようだ。
歴代の国王らは、その時代における魔力総量の高い者に領主を命じ、土地の支配を任せてきたのだという。
魔力総量は遺伝するため、領主もまた世襲的に受け継がれてきたらしい。
(領主の息子もまた領主になるってことか)
領主が国王から命じられてきた内容は主にふたつ。
ひとつは、人々の管理。
もうひとつは、ダンジョンに出没するモンスターの討伐だ。
領主は冒険者ギルドの運営を任せられ、モンスターの討伐数に応じて国王から一定の報酬を受け取っている。
また人々の管理をする代わりに、領主は国王から魔法の発動許可を得ているようだ。
「逆に領民は、領主に税金を収める代わりに魔法の発動許可を得たり・・・。そんな風にして今の社会は成り立ってるんだよ」
「そうだったんですね」
「社会の仕組みの大元を辿れば、すべてはこの魔法の性質によるものと言えるね。まぁ、見方を変えれば、今の人々は〝魔法の奴隷になり下がっている〟ともとれるけど」
その話を聞いてゲントは納得していた。
(そうか。だから、ザマゼンタ村の人々は領主たちから恐れられてたんだ)
自分たちよりも高い魔力総量を持っているということは、優先権を奪われてしまうということにほかならない。
〝決して他人に向けて力を行使してはならない〟という掟が村にあったことも、今なら理解できた。
(自分たちがその気になれば、一国すら滅ぼせるかもしれないってわかってたんだ)
ザマゼンタ村の人々は厳しい掟を作ることで自らを戒めてきたのだろう、とゲントは思った。
「それでね。『光の国ザンブレク』では、国全域において『火の書』、『水の書』、『風の書』、『雷の書』の使用が許可されていないんだ」
「そういえば、さっきから気になってたんですけど。〝光の国〟とか〝火の国〟とか呼ばれる理由って、もしかして・・・」
「さすがゲント君。ピンと来たようだね? そう。ザンブレクが所有している旧約魔導書が『暁光の書』だから。それに由来しているんだ」
五ノ国建国時、クロノは『烈火の書』、『蒼水の書』、『翠風の書』、『轟雷の書』、『暁光の書』をそれぞれの国へ分け与えたのだという。
(たしかこの異世界には五つの属性が存在するんだったよな)
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【フィフネルの五属性】
〇天系統
太陽=光属性
〇地系統
朱鳥=火属性
蒼龍=水属性
玄武=風属性
白虎=雷属性
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こういった属性なんかはゲームでは定番だったりする。
五ノ国は〝水の国〟とか〝風の国〟といった具合に、それぞれの属性に合わせた名前が付けられているようだ。
なお、ザンブレク以外のほかの国でも、自国が所有する属性以外の魔法の使用が禁止されているらしい。
それぞれの国のカラーが属性によって決まっているという点はなかなか面白いとゲントは思った。
「さっきまでは『光の書』しか呼び出せなかった。制限がかけられてたってことは・・・これまでのダンジョンはザンブレク国内にあったってことさ」
「なるほど」
つまり。
五属性の新約魔導書が呼び出せるということは・・・。
今は五ノ国のどこにもいないということになる。
フェルンの驚きがようやくゲントにも伝わる。
「魔法の性質についてはなんとなく理解できました。それで黒の一帯というのは?」
「五ノ国の南方には、氷土の大地が大きく広がってるんだけど、さらにその先にある暗黒の土地のことを黒の一帯って呼ぶんだ。またの名を魔境とも言う」
「え? でも、五ノ国には巨大な外壁が張り巡らされて、外へは出られないんじゃ・・・」
「だから私も驚いてるんだよ。本来なら、この場所へは来られないはずだからね」
無限界廊がたまたま黒の一帯に結びついたということなのだろうか。
ただ、ここ黒の一帯は、ずっと昔からこんな風に荒れ果てていたわけではないのだという。
驚いたことにこの土地は長い間、フィフネルの中心地となってきたという歴史があるようなのだ。
フィフネルには三つの大陸が存在するようで、中でもここラディオル大陸は気候が温暖で、土壌の養分も多く、山羊などの草食動物が豊富だったらしい。
そういった理由もあって、人々が定住するようになり、やがてこの地にはじめてヒト族の王国が誕生する。
以来、この地は聖地としての役割を果たし、数々の王朝が起こっては滅んでいったようだ。
「今は五ノ国がフィフネルの中心地だけど、1000年前までは、ここには『黄金の王国ニンフィア』が存在してたんだ」
「黄金の王国・・・」
なにか大きな出来事があったのだろうか?
そうでもなければ、黄金の王国があった場所がこんなに荒れ果てたりはしないだろう、とゲントは思う。
「それでね? この黒の一帯は魔境とも呼ばれるように、モンスターが発生する場所でもあるんだよ」
「モンスターが? でも、これまでここでモンスターを一度も見てませんけど」
周囲を見渡しても、どす黒い大地が永遠と続ているだけ。
魔境という言葉が相応しい場所であることはたしかだが・・・。
「うん。ゲント君が言うように、ここではモンスターの姿は見かけない。けど、ここが魔境の中心部だとするとそれも説明がつくんだ」
「どういうことですか?」
フェルンいわく、モンスターは中心部から外れるほど発生しやすくなるのだという。
その理由はよくわかっていないようだが、魔境の中心部は膨大な闇エネルギーが発生しているようで、モンスターは形を保っていることができないから発生できない、というのが有識者による見解のようだ。
(なんか、深海へ潜る時の現象と似てるな)
「人は大丈夫なんでしょうか?」
「うん。我々、ヒト族はモンスターとは異なる存在だからね。問題ないはずなんだけど・・・」
そこでフェルンが頭を押さえる。
「マスター! フェルンさん、なんか具合が悪そうですよぉ~!?」
ルルムが慌てたように羽をぱたぱたとさせて宙で旋回する。
ゲントはすぐさまフェルンの肩に触れた。
「大丈夫ですか?」
「実は・・・。さっきからちょっと頭が痛くてね・・・」
「少し休みましょう」
「いや大丈夫・・・。そこまでしなくとも・・・。ただちょっと気分が悪いってだけだから」
ルルムは相変わらず慌てふためているが、ゲントは冷静に思いつく。
「さっきの『治癒の書』を使ったらどうでしょう?」
「そうだね。いざとなったら回復魔法を自分で使うから。そろそろ話もやめて先へ進もうか。こんなところに留まってたら、状況がもっと悪くなるかもしれないからね」
フェルンは笑顔でまた歩き始める。
(本当に強い子だ)
彼女が気を張っているのが伝わってくると、ゲントはそれ以上なにも言えなかった。
(でも・・・。なんで俺はなんともないんだろう?)
べつにこの場所にいても、ゲントには不快感がなかった。
むしろ、さっきいたダンジョンよりも調子がいいくらいなのだ。
「あぁ~! 待ってくださいよぉ~! マスタぁ~~!?」
慌ててあとをついてくるルルムとともに、ゲントはフェルンの背中を追った。




