8話:開き直る
「綾香、おはよう」
「おはよう……って、お兄ちゃん! どうしたの?」
妹の綾香が驚いている理由は解る。俺が自分の姿を隠すのを止めたからだ。
今の俺は銀色の髪と氷青色の瞳。『恋学』の攻略対象の一人。アリウス・ジルベルトそのものだ。
俺の行動があいつらに筒抜けだって解ったから。あいつらは、この世界でアリウスとしての力を振るうことを望んでいるみたいだし。俺が陰キャのフリをして、力を隠す理由はないだろう。
「遥斗、その格好……もう自分の姿を隠すことを止めたのね……」
俺の義理の母親で、綾香の実の母親の静香が涙目だ。
俺が本当の自分姿を隠すことに、静香も思うところがあったんだろう。何となく、理由は解る。
「母さん……俺は格好が変わっただけで。いつも通りだから。じゃあ、学校に行って来るよ」
「はい……いってらっしゃい!」
もう隠す必要はないから。俺はアリウス・ジルベルトの姿で登校する。
「ねえ、あのイケメン……ハーフ? 外国人? マジで、格好良いんだけど!」
「え……どこかのモデルか、タレント? ネットで検索しても、全然出てこないんだけど?」
電車の中。女子たちが囁いているのが、全部聞こえている。だけど俺はこういう反に慣れている。
俺は乙女ゲーム『恋愛魔法学院』。通称『恋学』の攻略対象の一人だから。別に自慢するつもりはないけど。『恋学』の世界では日常茶飯事だったからな。
電車を降りて、学校に向かう途中。そして学校に着いてからも、女子たちから熱い視線を向て来る。
だけど見た目だけで反応するような奴に、興味ないからな。
「ねえ……あのイケメン、誰?」
「嘘……滅茶滅茶イケメンで、私のタイプなんだけど!」
「神凪の席に座っているけど……どういうこと?」
クラスメイトの女子たちも、熱い視線を向けて来る。まあ、そんなことは、どうでも良いけど。いちいち説明するのは、面倒だな。
「え……何? 遥斗、イメチェンとかウケるんだけど!」
「おい、遥斗……その銀髪って、染めているのか?」
柊琴乃と円谷翔太だけは、他の奴と反応が違った。
琴乃は揶揄うような笑みを浮かべているし。翔太は呆れた顔をしている。
「別にイメチェンとじゃなくて。この髪と目の色は地なんだよ。今まで揶揄われるのが嫌で、ウイッグとカラコンで隠していたんだ」
「へー……そうなんだ? 別に遥斗の見た目はどうでも良いけど」
「俺も髪と目の色なんか、気にしないぜ。遥斗は遥斗だからな!」
琴乃と翔太は素直に受け止めてくれる。だけどクラスメイトたちは違って。
俺が陰キャの神凪遥斗だとバレると。無遠慮なクラスメイトたちが、休み時間の度に押し掛けるようになった。
「ねえ。遥斗君って、実はイケメンだったんだね!」
「ホント。イケメンだと解っていたら、もっと早く友だちになったのに!」
この手の反応は『恋学』の世界で慣れているけど。
俺は『恋学』の攻略対象の一人であるアリウス・ジルベルトに転生したから。『恋学』の舞台である学院では、モテ捲ったからな。
だから、こんな風にクラスメイトたちに囲まれても。
「俺がイケメン? そんなことは、どうでも良いよ。みんなも見た目で相手を判断するような奴じゃないよな?」
「……う、うん。ま、まあ、そうだけど……見た目が良い方が、印象が良いのは事実だし……」
「神凪君レベルのイケメンは、そうはいないよ。アイドルとかモデルとか……それくらい、凄いイケメンだから!」
「だから、何んだよ? そういうの、俺は興味ないから」
見た目だけで近づいて来る奴を、俺は信用するつもりはない。
「あの……このクラスに、神凪遥斗君っていますよね?」
このとき。教室の扉が開く。
入って来たのは、ピンクベージュのショートボブ。琥珀色の瞳の女子。
客観的に言えば、大抵の奴が振り向くような美少女。俺はこいつに見覚えがある。
一週間ほど前。ダンジョンで助けたダンジョン配信者だ。
まさか、遥斗と同じ高校の生徒とか……だけど俺は姿を隠していたから。俺の正体は、こいつにバレていない筈だ。
だけど、このタイミングで。俺を探している美少女が登場したから。クラスメイトたちが一層騒めく。
「え? 神凪君とリーナって……どういう関係?」
「嘘だ! 俺のリーナが、こんな奴と……」
こいつ、リーナって名前なんだ。男子と女子で反応が違うけど。大半は否定する雰囲気で。俺とリーナを交互に見る。
「え……どういうことですか? 私は神凪君に用があるだけで……」
リーナは戸惑っている。
「ねえ、遥斗。リーナがどういう人か、全然解っていないでしょう?」
「ああ、その通りよ。あいつは何者なんだ?」
琴乃がニシシという感じで、勝ち誇るように笑う。
「本名は如月利沙。私たちと同じ市浜学園の一年生だけど。登録者100万人超の『リーナちゃんねる』のダンジョン配信者なんだよね」
いや、そういうの。俺はどうでも良いけど。