3話:家族
浅野たち三馬鹿の件は片づいたし。
午後の授業とHRが終わって、俺が教室を出て行こうとすると。
「じゃあな、遥斗。俺は部活があるから、先に行くわ!」
アッシュグレーの爽やか系イケメン。俺の数少ない友だちの円谷翔太が、笑顔で追い抜いて行く。
「遥斗、たまには付き合いなさいよ。私のお気に入りの店で、今日から新作のケーキが販売されるのよね」
艶のある黒髪を背中まで伸ばした清楚系美少女。柊琴乃も、一応俺の友だちだ。
スクールカーストトップの二人と、顔が半分隠れるほど前髪を伸ばした、黒縁眼鏡の陰キャ男子の俺。
全然釣り合わない俺たちが絡むと。クラスメイトたちが奇異の視線を向けるのはいつものことで。俺は他人にどう思われようと、気にしないからな。
「琴乃。悪いけど、今日も用事があるんだ」
素っ気ない返事に、琴乃は悪戯っぽく笑う。
「遥斗はいつも用事ばかりね。私のことを都合の良い女だと、思っているでしょう?」
「「「え! 琴乃と神凪って……」」」
周りの女子たちが黄色い声を上げて。男子たちの嫉妬の視線を向ける。
「琴乃……おまえ、わざとやっているだろう?」
「え、何のことかしら? 遥斗が何を言いたいのか、全然解らないよ」
しれっと嘘をついて、琴乃が小さく舌を出す。こいつが清楚なのは見た目だけだな。
「じゃあ、俺は帰るよ。琴乃、また明日な」
「むう……仕方ないわね。あとで連絡するから!」
俺は学校を出で、真っ直ぐ家に向かう。
用事があるのは本当だけど。家に帰って、着替えてからだ。
学校から徒歩と電車で30分ほど。神凪遥斗の自宅は、普通の二階建ての一軒家だ。
家に入ると。玄関に、脱ぎ捨てた靴が転がっている。それだけで誰の靴か解る。
「綾香、ただいま」
「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
リビングでソファーに寝転がって。漫画を読んでいた黒髪ツインテールの少女。
遥斗の中学三年生の妹。神凪綾香が、跳び上がるように起きる。
『恋学』のアリウスだった頃。俺には双子の弟と妹がいたけど。
俺が遥斗になって、まだ三ヶ月くらいだから。綾香は妹というよりも、友だちという感覚に近い。
「冷蔵庫子にプリンが入っているけど。お兄ちゃんも、食べるわよね?」
綾香は髪の乱れをしきりに気にしながら、恥ずかしそうに言う。
そんなに髪型が気になるなら、寝転がっているなよ。
「俺はまた出掛けるから、着替えて来るよ」
「だったら……ウイッグとカラコンを外した方が良いわよ」
綾香が甘えるように言う。まあ、そう言うと思ったけど。
二階の自分の部屋に行って、服を着替える。
白いティーシャツの上に、濃いデニムのシャツ。グレイのチノパンと、まあ、普通の格好だな。
右手の指に嵌めていた『変化の指輪』を外すと、俺の姿に変化が起きる。
『変化の指輪』は異世界産のマジックアイテムで。見た目だけじゃなくて、姿そのものを自由に変えることができる。
俺が変えているのは髪の毛の長さと、髪と目の色だけで。『変化の指輪』を外して、遥斗本来の姿に戻っただけだ。
リビングに戻ると、綾香がニコニコしながら俺を見る。
「うん、やっぱり。その方が全然良いよ! お兄ちゃんが目立ちたくない気持ちは解るけど。私に言わせれば、隠すのは勿体ないわ!」
今の俺の髪は銀色で、瞳は氷青色。そして顔は乙女ゲー『恋学』の攻略対象の一人、アリウス・ジルベルトそのものだ。
最初は、何の冗談だよって思ったけど。実は遥斗は、父親が北欧系のハーフらしい。
だけどハーフだからって。どう見てもアリウスの顔だから偶然の筈がない。あいつの悪意を感じるな。
ちなみに俺が遥斗になる前も、遥斗はウイッグとカラコンで、陰キャの格好をしていたらしい。子供の頃に髪と目の色が違うこと、散々揶揄われたからだ。
遥斗が元々そういう格好をしていたのもあるけど。俺が学校で髪と目の色を変えて、陰キャのフリをしているのは、アリウスの顔を隠すためだ。
アリウスは乙女ゲーの攻略対象だから。顔面スペックが滅茶苦茶高いんだよ。だからこの顔を見られると、色々と面倒なことになる。
いや、自意識過剰って訳じゃないからな。俺は『恋学』の世界で、実際に経験して来たんだよ。
知らない女子に何度も告白されて。男子から散々嫉妬の視線を向けられる。
全部無視すれば良いけど。告白を断る必要はあるからな。いちいち断るのも面倒なんだよ。
ちなみに、綾香は普通に日本人だ。遥斗と春香は血が繋がっていない。
遥斗が七歳のときに両親が事故で死んで。遥斗の叔母に当たる綾香の母親が、俺を引き取って養子にした。
遥斗が綾香や叔母のことをどう思っていたのかは解らないけど。
俺が初めて会った頃は、綾香と叔母の態度が余所余所しかったからな。それなりに距離があったんだろう。今の綾香は全然そんな感じじゃないけど。
「お兄ちゃん。はい、プリン。コーヒーも飲むよね?」
綾香が冷蔵からプリンを出して来て。コーヒーを入れてくれる。
「綾香、ありがとう」
「そんな、お礼なんて良いよ!」
俺が食べている様子を、綾香がニマニマしながら眺めるのはいつものことだ。だけど気にしないことにしている。
食べ終わった食器を、シンクに持って行こうとすると。
「お兄ちゃん、私が片づけるよ」
「綾香、そこまでしなくて良いよ。自分のことは自分でやるから」
俺がシンクに食器を運んで洗っていると。綾香が隣に来て、またニマニマする。
「なんか。お兄ちゃん……変わったよね? 勿論、良い意味だけど。前は黙って食べるだけで、後片付けなんて全然しなかったのに」
「いや、これくらいは当然だろう。綾香もこれから受験で、忙しくなるし。他にも家事でやることがあったら、俺がやるよ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん!」
洗い終わった食器を拭いて、元の場所に戻す。
「じゃあ、綾香。俺は出掛けて来るからな」
「ねえ、お兄ちゃんは今日もダンジョンに行くんでしょう? 危ないことは絶対しないでね」
綾香が心配そうな顔をする。
「ああ、解っているよ。八時頃には帰るからな」
「うん。行ってらっしゃい!」
俺は高校に入ると直ぐに『探索者』になって。ダンジョンを攻略している。理由は単純で、この世界にダンジョンがあるからだ。
『恋学』の世界で俺を待っている大切な奴らがいるから。俺は早く帰りたいけど。
直ぐに帰る方法が解る訳じゃないし。
俺は『恋学』の世界で、最強の冒険者を目指していたからな。ダンジョンがあるなら、攻略するのは当然だろう。




