プロローグ
黒い焔を纏う、三つ頭の巨大な獣。地獄の番犬ケルベロスが、唸り声を上げる。
このレベルの魔物が、ダンジョンの中層部に出現する筈がないから。所謂、イレギュラーって奴だな。
「みんな、早く逃げて!」
探索者たちが、我先と逃げて行く中。十代半ばの女子が、一人でケルベロスに立ち向かう。他の探索者を逃がすためだ。
ピンクベージュのショートボブと、琥珀色の瞳。客観的に見て、大抵の奴が振り向くような美少女だ。
だけど彼女は明らかに劣性で。見る間にボロボロになっていく。ケルベロスは下層の魔物で。明らかにレベルが違うからな。
探索者は危険を承知でダンジョンに挑むんだから、全て自己責任だ。たとえイレギュラーに殺されても、自分が弱かったと諦めるしかない。
だけどこんな状況を、俺が放置する訳がないだろう。
問題は、頭上に飛んでいる撮影用ドローンだ。つまり彼女は所謂ダンジョン配信中で、関われば俺の姿もバッチリ配信される。
俺はちょっと訳ありで。目立ちたくないんだよ。
まあ、こんなときは――
『認識阻害』と『透明化』を発動する。これで電子機器でも、俺の姿を捉えることができない。
俺は一気に加速すると、彼女を庇うようにケルベルスの前に立ち塞がる。
彼女にもケルベロスにも、俺の姿は見えていない。
「なあ。俺が手出しして、構わないか?」
獲物を横取りするのは、マナー違反だからな。一応、断りを入れておく。
「え? まだ逃げていない人がいるの? 私のことは放っておいて、早く逃げて!」
こんな状況でも自分よりも他人を優先するとか。どれだけお人好しなんだよ。まあ、こういう奴は嫌いじゃない。
俺は『収納庫』から剣を取り出す。青く輝く特殊金属製の剣は、異世界産だ。
剣を一閃すると、ケルベロスの巨体が真っ縦に二つになる。
生命活動を停止した魔物の身体が、光のエフェクトと共に消滅して、魔石だけが残る。これは向こうの世界のダンジョンと同じだ。
「え……何が起きたの?」
彼女は唖然として、周りを見回す。だけど俺の姿は見えていない。
「だ、誰かいるんですよね?」
『完全治癒』を発動して、彼女の傷を全回復させる。
「嘘……こんな凄い回復魔法なんて……」
「これで地上まで戻れるよな。気をつけて帰れよ」
「え……ちょっと、待って! まだお礼も――」
彼女が言い終わる前に立ち去る。ダンジョン配信をしている奴とこれ以上関わると、面倒なことになりそうだからな。
だけど俺は自分が迂闊ことを、後で後悔することになる。
まさか声だけで俺を特定するなんて、思わなかったからな。