無口、無表情の彼ですが、どうやら私だけには無条件に優しいようです。
『ヨハンナ、あれがお母様の親戚なのよ?』
私が5歳の頃。
帝国と仲の良い侯爵家の凱旋に参加した際、両親に挟まれながら母に告げられた。
茶色の髪に、黄緑色の瞳をした騎士は、母の近しい親戚らしい。確かに面影はあるように見える。
私は憧れた。
騎士の妻となり、隣で支える…のではなく、私自身が騎士となり、1人の女性として認めてもらうことに。
そこからの私の行動は早かった。
両親を説得し、クラウスハール家と身一つでやってきた。
当主のジークムント様は、頭を抱えていた。1人の令嬢として生活して欲しいと懇願された。だけどこちらの意思は変わらない。騎士として、この国に役立ちたいと思ったのだ。
熱弁しても、渋るジークムント様だが、妻である夫人が快く引き受けて下さった。
娘が居ないから嬉しいって。騎士になるのは大変だけど、大丈夫?何かあったら直ぐに教えてね。私は貴女のお母様だと思って十分だからね。
と大層気にかけてくれたのだ。しかも、邸宅に住まわせてくれた。
恩を報いるために、そこから私は死に物狂いで訓練を詰んだ。
やはり騎士の家系だったからか、センスは十分にあったようで、年上の男の子達に比べて少しだけ剣の扱いにたけていた。
10歳になる頃には戦場へ出陣することもしばしばあった。
女の私を蔑む人達は大勢いたが、仕事ぶりを見れば頭を下げる人がチラホラ増えてくる。そんなこんなで騎士達とはいい関係を結べていたと思う。
クラウスハール家のご子息は皆良い人達だ。
長男のハーゲン様は、元気で団を明るくしてくれる…そして、私に気にかけてくれる優しい方。
次男のアルベリヒ様は、無口であまり表情が表に出ない人だから、あまり会話をしたことが無い。
三男のジークフリート様は、まだ幼くご兄弟と剣の訓練をされている。彼のことはあまりよく知らないけれど、幼くて愛らしいのだけはわかる。
『これ』
たった2文字。
私と同い年だというアルベリヒ様は、私をよく気遣ってくださる。今日は冷たい水を手渡してくれた。
『ありがとうございます…アルベリヒ様』
『様は要らない』
『ですが…クラウスハール家のご子息ですので』
『君もクラウスハールの一員だろ?』
頭上にはてなマークが浮かんでしまう。
キミモクラウスハールノイチインダロ?
いや…私はハルトマン伯爵の娘だ。夫人が、気を使って家族として迎え入れて下さってるだけ。
いくら親戚とは言えども…流石に私だって弁えている。
『まぁ…慣れるまで好きに呼んだらいいよ』
無表情のまま一方的に告げるだけ告げて去っていった。
…不思議な人だなぁ。
なんて場面が何度も訪れた。日によって、汗を拭く布だったり…水だったり…それとクリームだったり。気を使うって所じゃないかもしれない。
私はそれを不思議がりながらも、いつしか受け入れていた。
アルベリヒ様から、アルベリヒへ。君から、ヨハンナへとお互いの呼び名が変わっていくぐらいには、親戚から近しい家族へ関係性が変わっていったと思う。
本来なら騎士として堂々としていたいのだが、私とてハルトマンのご令嬢。流石にデビュタントは無視出来なかった。それに、クラウスハール家との契約で、デビュタントには参加する事を条件としていたのだ。
準備のために大忙しの私は訓練どころではなかった。
ドレスの採寸、テーブルマナー、そしてダンス。
先輩騎士であり、クラウスハール家の従兄弟であるエレオノーラお姉様に淑女のマナーを叩き込まれた。
お淑やかにとは程遠く、騎士らしく熱血的にだけれども。
エレオノーラお姉様は男性パートのダンスも上手で、優雅にエスコートもされた。
体を動かすことが大好きだった私は、ダンスの練習だけは楽しめた。
ただ問題は誰と踊るかだ。騎士として前線に出ていた私は、お茶会などの参加経験がない。
『お姉様は、デビュタントの時に誰と踊ったのですか?』
私と同じ境遇のエレオノーラお姉様に、訓練後に訊ねてみた。
『私は…最初は同じ騎士の人よ?』
『ハーゲン様ではないのですか?』
『ほら、ハーゲン様はお相手がいるでしょ?』
あぁ、納得。
あの例のご令嬢か。断りきれない相手らしく、嫌々ハーゲン様が相手をしていたようなような気がする。
『ヨハンナ、貴女はアルベリヒがいるじゃない』
『アルベリヒが…?』
『えぇ。あの子はまだ婚約者がいないし…あの感じだから…多分、ご令嬢は誘いにくいでしょうね』
無表情、無口の彼を思い出したのかお姉様は苦笑した。
そうか。私にはアルベリヒがいたんだ。少しだけ安心した。
デビュタント当日、夫人やお姉様と選んだドレスを着て、クラウスハール家の家族として出席した。
汗や血、埃を浴びている私には、この煌びやかな世界は眩しすぎるぐらいだった。気後れしてしまうのは、同い年のご令嬢達の視線もあるかもしれない。
その視線は隣にいる無表情のアルベリヒに注がれていた。
恋愛をした事の無い私にもわかる。アレは、彼を獲得したいという目だ。
クラウスハール家はこの国でも数少ない美形一家。どうにかして、彼らとお近付きになりたいのだろう。
しかし、渦中の人間はその視線なんて気にする素振りを見せず、私の前に手を差し出す。
『まず初めにヨハンナと踊りたい』
『えぇ…喜んで』
私にファーストダンスを申し入れてくれたのだ。
お姉様の言う通りだった。私には家族以上に共に生活してきたアルベリヒがいたのだった。
彼はいつ練習したのやら…詰まることなくスムーズにダンスを踊れた。心が満たされるような気持ちになった。
その後は同い年の騎士達と踊ったり…美味しいものに舌鼓したりと、初めての夜会を楽しんでいた。
たまにはこういうのもいいかもしれない。
『ちょっと…貴女』
『はい?どうかされましたか?』
『女で騎士を目指しているなんて…汚らわしい』
『本当よ。女は帰りを待つぐらい謙虚でないと』
これはもしかして…嫌味を言われているのか。
お姉様が、デビュタント前に忠告していた通りだ。
それにしても…汚らわしいだなんて。周りから見た女騎士はそういうイメージを持たれているのか。ある意味勉強になったわ。
『それに…貴女、どうせ傷だらけなんでしょ?その手袋の下なんて』
『それは…』
そりゃもちろん毎日重たい剣を振り回すし、馬にも乗るんだから…他のご令嬢に比べたら傷だらけに決まってるじゃない。
当たり前の事を言い返す前に、目の前のご令嬢は手袋を荒々しく取ってきた。彼女達の前に晒された私の傷だらけの手。それを見て、か弱い彼女達は小さく悲鳴をあげる。
『想像以上じゃないっ』
『汚らしい…奴隷のような手だわっ』
そこまで言わなくていいじゃない。
奴隷だって…懸命に仕事をしているんだし、私だって国民のためを思って…騎士として頑張っているのに。
確かに目の前の女の子は、力仕事や水仕事をしたことの無いような陶器のように綺麗な手をしている。対して私は傷やマメだらけの手だ。
誇りを持っているはずなのに…ここまで責められると恥ずかしくなる。
もしかして…ジークムント様が最後までいい顔しなかったのは…こういうことがあるから?
徐々に下がっていく私の頭。それを見て気分が良くなったのか、ご令嬢達は罵詈雑言を投げつけてくる。
私はただ、傷だらけの汚い手と自分の足元しか見れなかった。
『そんなこと言って恥ずかしくないの?』
『…え?』
『女が騎士になるのは国の法律で禁止されてるわけ?』
『い、いや…』
『自分がやりたいってクラウスハール家にやってきたヨハンナが、頑張ってる証拠なんじゃないの?手の傷は』
『………』
『もうこれ以上汚い言葉をヨハンナに投げつけないで。自分の家門を汚すことになるよ』
足音でご令嬢達がどこかへ向かったのがわかる。
少しだけ顔を上げると、無表情のアルベリヒが覗き込んでいた。
『……ありがとう』
『別に』
何年経っても口数が少ない彼だけど、私を庇ってご令嬢達に言い負かしてくれたのはスッキリした。
『……貴方のそういう飾らない所が好きよ』
『……そう』
無表情の彼が一瞬…崩れたのを見逃さなかった。
『アルベリヒも驚くことがあるのね』
『まぁ…僕も人間だからね』
ジョークも言えるようになったんだわ。
私のデビュタントは、いい意味で記憶に残ることとなった。
◇◆◇◆◇◆
デビュタントから数年後。
相も変わらず騎士として生活をしている。ハルトマン家で過ごすより、クラウスハール家で生活する方が長くなっている気がする。
そんな私も15歳となり、学園に入学することが決まった。
ありがたいことに、クラウスハール家は学園から割と近いから通学することが出来る。アルベリヒと共に馬車で通学することになった。
幸いにも同じクラスとなったのはありがたかった。だけど、デビュタントの時に私に罵詈雑言を浴びせてきた令嬢と同じクラスになったのは、予想外だったし、気まずかった。
彼女達も覚えているのか、こちらに見向きもしない。けれど、あれだけ言われたにも関わらずアルベリヒにだけは熱い視線を向けていた。
「ご飯食べに行く?」
「…ごめん。私先生に呼ばれてて」
何も言わずアルベリヒが隣に居てくれる。
だけど、今日は勉強の事に関して呼び出しを貰ってしまったのだ。
苦手な倫理学に関してなので、仕方ないのは仕方ない。せめて…昼食時はやめて欲しかった。
私の胃袋はその辺の令息より大きいのだから。
結局昼休みギリギリまで間違えた問題を解かされた。お腹を空かせながら教室へ戻ろうとすると、デビュタントで先頭に立っていた令嬢が私の前にやってきた。
……お腹空いてるのに。
事件に巻き込まれそうだと思っていると、やはりそうだったらしい。嫌そうに堂々と立っている。
「貴女…アルベリヒ様とどういう関係なの?」
「どういう関係って…家族ですかね?」
今更そんなこと聞かれたって…家族としか答えられない。というか、早く去ってよ。お腹空いたし、その上頭使わされたんだから。それにもうすぐお昼の授業が始まるじゃない。空腹でイライラしているが、相手はそんなこと気にも止めてくれない。
「貴女のような傷だらけの女を、アルベリヒ様が受け入れて下さるのかしら?」
そんなの知らないわよ。私が知ってるわけないでしょ。
私に興味がなかったら、デビュタントでも踊らないし、気にも止めてくれないだろう。
それを言ったところで、彼女には響かないだろうから何も言わないけど。
「貴女…アルベリヒの事が好きなの?」
「…なっ」
「だからアルベリヒがいない時に、私を攻撃するのでしょ?あの人は、こうして裏で呼び出す人なんて興味無いと思うわよ」
多分名前も知らないんじゃないかな?って言うのは流石に可哀想だから言うのはやめてあげる。
小さくため息をついたのがバレたのか、それとも私の発言に怒ったのか…彼女は顔を真っ赤にして私の胸ぐらを掴む。
そんな彼女の手首を軽く捻ると、大袈裟に痛がる。他の人より筋力あるんだから…力で勝とうと思ったらダメじゃない。
声にならない悲鳴を聞いていると、その上から大きな手が重なる。
「ヨハンナ…こんな所に居たの?」
「アルベリヒ、、」
「ずいぶんと探したんだ。ほら、こんなものは早く離して?」
「ア、アルベリヒ様っ。こんなものって…この人が私の手を捻りあげたのですよ?」
ようやく解放されたからか、口がよく動くようになったらしい。彼女は私が悪いとでも言うようにアルベリヒに告げる。
「何を言ってるんだ?ヨハンナは、意味もなく手を出したりしない。君が何かしたんじゃないか?」
アルベリヒは彼女に目もくれず、私のシワになったブラウスを整える。
「綺麗好きのヨハンナの制服がシワになるなんて…君が胸ぐらを掴んだとかそんな所かな?」
私を庇うようにして立つ彼はいつの間にか、身長が伸びていたらしい。いつも私と話す時は視線が変わらないのに。ということは…いつもは屈んでくれていたと言うこと…?
私に気を遣い過ぎだわ…アルベリヒ。
「さぁ、そろそろ授業が始まるからこれで失礼するよ。君も落単したくなければ参加するといい」
彼は最後まで令嬢から庇うようにしてくれた。
精悍な顔つきの彼を見上げていると、口角が上がったのがわかる。
「そんなに見つめないで欲しいんだけど…照れる」
「ごめんなさい。でも…いつもは目線を合わせてくれているでしょう?だから…こうして見上げるなんて新鮮だなぁって思って」
「気づいたんだ」
「えぇ。さっきね」
「嫌?」
何が嫌なのだろう。
「僕が目線合わせて話すの」
表情に出ていたらしく、アルベリヒから珍しく続きを話してくれる。
「嫌では無いわ。むしろ、嬉しいの」
「そう。良かった」
教室に戻るまで静かな時間が流れる。
私自身、静かな方では無いし誰かと話をしている方が気が楽だ。だけど、アルベリヒとなら静かな時間も心地よいとさえ思える。
本当に私が彼に気を許している証拠なのだろう。
◇◆◇◆◇◆
アルベリヒはとても人気だ。同学年のみならず、年上や年下までもに。
最高学年に上がる際には、学園にファンクラブなるものが作られていた。それを嫌がってはいたが、黙認していた。感情が乏しい彼らしい。
私はというと、デビュタントの時のデジャブを感じていた。そろそろ卒業間近だからだ。
お姉様と夫人と何故かアルベリヒが、私のドレスと睨めっこをしている。あれでもないこれでもないと、3人で言ってるけど…当日着る私は蚊帳の外だ。
「黄緑色のドレスがいいと思う」
「どれだけ自分色に染めたいの?ヨハンナの髪は紫色だから…もう少し深い色がいいんじゃない?」
ぼんやりしていると、なにやら恐ろしい単語が聞こえてきたような気がする。自分色に染めるって…どういうこと?
「でも、どうしても黄緑色がいい」
「あらあら…アルベリヒ。ヨハンナの意見も聞かないと…」
困った表情の夫人に意見を求められる。
私としてはドレスを準備していただけるだけでありがたいのだけど。それでは3人は満足いかなさそうだ。
まぁ強いて言えば…。
「黄緑色のドレスは着る機会がなかったので…少し着てみたい希望があります」
幼い頃の思い出を引っ張り出す。
そういえば、深い色がどうしても多かった気がする。父親譲りの紫色の髪だからか、淡い似た系統の色のドレスは持ってなかったな。
似合う似合わないは置いといて、アルベリヒが推してくれているんだし、もう一生ドレスは着ないだろうからいい機会だ。
私の意見さえ出れば、ドレスの形を決めて作成に入るらしい。
本日の予定を終えた私は、アルベリヒと訓練場へと向かう。
「……そういえば、アルベリヒはいつ婚約者を迎えるの?」
ドレスを選んでくれるアルベリヒを見て思った。
彼は18にもなるが未だに婚約者が居ない。
ハーゲン様は失敗しているし、今度はアルベリヒが選ぶ番だと思うのだけど。こんなに綺麗な顔立ちをしているから、ご令嬢なんて選び放題じゃない?実際、学園でもモテるんだから。
「もう決まってる」
「え?」
予想外の答えに思わず立ち止まってしまう。
決まってないよ。とか、僕はいいよ。とか言うんだと思ってた。
「後は相手が承諾してくれるかどうか」
「…へぇ…そうなの」
そんな所まで進んでるんだ。
自宅でも学園でも私のそばにいるはずなのに、いつそんな会話が出来る暇があったのかしら。
チクリと私の胸が痛む。それに嫌でも気づいてしまう。
私、アルベリヒの事を好きだったんだわ。
だけど気づいただけで心に秘めて置かないといけない。相手に迷惑をかけてしまう。
私の初恋は気づいた瞬間に砕け散ってしまったのだ。
「頑張ってね、アルベリヒ」
「…?あぁ」
どうしても自分の顔を見せたくなくて、初めて彼の顔を見ずに会話を終了させてしまった。
私の恋心は閉まったまま、アルベリヒとは程よい距離を保った。お姉様やハーゲン様は、私の異変に気づいていたようだけど、何も言って来なかった。
ただ、その気持ちがありがたかった。
そんなこんなで卒業を迎えた。
無事に卒業式を終えた私たちは綺麗に着飾り、学園の大広間で最後の会話を楽しむ。
私は友人と呼ぶ令嬢はいなかったから、同い年の騎士達と最後の学園生活を楽しんだ。その近くにはアルベリヒは居ない。
最後の最後に彼はご令嬢達に連れて行かれたのだ。それをクラウスハール家の騎士達と見送ったのが数十分前。
これで良かったのよ。あの中に、アルベリヒが想いを寄せているご令嬢がいたのかも。
そう思うと、今まで彼が私に優しくしてくれた理由が分からない。他の相手がいながら、私の傍にいた理由は、家族だと思ってたからだろうか。
考えても無駄ね。
「ダンス、始まるって」
「あら…もうそんな時間なの?」
隣にいた友人が声をかける。私はもちろん彼がダンスを申し込んでくれるものだと思っていたから、待機してるが一向に声を掛けてくれない。
「ちょっと…ダンスが始まるんでしょ?」
「いや…俺は…やめとくよ」
「どうして?流石に貴方の足は踏まないわよ」
「そういう問題じゃなくて」
口ごもる彼に苛立ちすら覚える。
さっさと声を掛けてよ。
「ヨハンナ・ハルトマン伯爵令嬢っっ」
「は、はいっっ」
背後から大声で声がかかる。その声は私がずっと聞いてきた声。こんなに大きな声は、戦場でしか聞いたことがない。
「僕とダンスを踊ってくださいますか?」
片膝を付いて手を差し出すアルベリヒ。私は周囲を見渡して、彼が想いを寄せているご令嬢がいるのか確認する。だが、見えるのは嫉妬の瞳をしているご令嬢達や、何故かホッとしている友人達。
私は注目されている事に体が強ばるも、早く時間が進んで欲しい一心で恐る恐る彼の手を取る。
アルベリヒは手を引っ張ると、姿勢が崩れる私を抱き締める。
「ちょっと…。婚約者は?」
「あぁ、、あれか。僕は君…ヨハンナと生涯を共にしたいんだけど」
「………へぇ…私と。私と!?」
衝撃の発言にアルベリヒの足を踏んでしまう。それで姿勢を崩すとまたもや抱き締められてしまった。
ご令嬢からは悲鳴が、友人達からは冷やかしの声が。
「僕の瞳の色のドレスを着て欲しい。っていうのでわかったと思ったのに」
「流石に…分からないわよ」
「で?ヨハンナはどう?無口で無表情の僕が、ここまで気に止めるのは、ヨハンナしかいないと思うんだけど」
「た、確かに…?でも、それを自分で言うの?」
「言うよ。ヨハンナの特別でいたいからね」
こんな事を大勢の前で言うなんて…本物のアルベリヒか疑ってしまう。
「僕は僕だよ、ヨハンナ」
私はどれだけ顔に出やすいんだ…。
そうね、アルベリヒはアルベリヒだわ。私にだけ優しい表情を向けてくれるのは、いつでも変わらなかった。
「そろそろ答えを聞かせて欲しいんだけど」
「……私で良ければ…お願いします」
「ヨハンナしか居ないよ」
頷けば、アルベリヒは軽々と私を持ち上げた。
いきなりの恐怖に私は彼の頭に抱きついてしまう。
「アルベリヒ〜おめでとうっっ」
「遂に実ったな〜」
友人達は嬉しそうに手を叩いて喜んでいる。
こんな形で婚約するなんて…思ってもみなかった。
初恋に破れたと思っていたら、実ったらしい。
「ねぇ、アルベリヒ」
「何?」
「私のどこが好きになったの?」
「……ヨハンナのどこが好きになったか。全部かな」
「…冗談よね?」
「まぁ冗談だけど。何に対しても屈しないところ。それでいて、可愛い物が大好きなところ。あと…真っ直ぐな瞳」
挙げ出したら止まらなさそうなので、手で口を塞ぐ。
冗談を言うなんて…本当に私だけなんだろうな。
「ヨハンナは、僕のどこが好き?」
「私にだけ優しくて、笑顔を見せてくれるところ」
自分で言っておいて恥ずかしくなる。
だけど、嬉しそうにしている彼を見たらそんな気持ちはどこかへ飛んでいった。
「おじいちゃんとおばあちゃんになっても、仲良くしようね、アルベリヒ」
「もちろんだよ、ヨハンナ」
こうして私はクラウスハール家の本当の家族になったのだった。