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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第5章

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506 【挿話】エピフィルム 3

 異国の地で俺は、月来馨になった。“月来”は祖母の実家の姓だ。

 祖母が手配した古色蒼然とした屋敷には、腰の曲がった寡黙な老爺と痩せぎすで不愛想な中年女性の二人の使用人がおり、管理が隅々まで行き届いているとはお世辞にも言えなかったが、彼らは俺に対し好意も悪意も示さず、干渉してくることもなかったので、その点では気楽だった。

 俺は日光を浴びることのできない病気ということになっており、昼間屋敷に引き籠り、太陽が沈むと魔法学院に足を運んだ。俺は名ばかりの留学生で、必ずしも講義に出席する必要はなく、レポートの提出のみが義務付けられた聴講生のような扱いだった。

 異国の地で学び、見聞を広げるというのはあくまで建前であり、やはり実のところ単なる厄介払いだったのだろう。

 魔法学院では図書室に入り浸たり、閉館時間まで呪術に関する書物を読み漁った。疾うの昔に諦めたつもりでいたのだが、やはり心の奥底にはまだ期待の残滓があったのだ。

 もしかして、異国の地であれば、呪いを解く方法が見つかるのではないか……と。

 しかし、図書室の蔵書を読みつくしても、俺の呪いを解く糸口を見つけることはできなかった。疲労感とも虚無感ともつかぬ感覚の中、ふと脳裏を掠めたのは、あの祖母の言葉だった。


『お伽噺のように、お前を本当に愛してくれる人が現れれば呪いが解けるかもねぇ……』


 全く馬鹿げたことだ。しかし―――

 決して祖母の言葉を真に受けたわけじゃない。真に受けたわけでははないが―――…………


 それから俺は女性と関係を持つようになった。幸か不幸か、夜の俺は女性を引き付ける容姿をしているらしく、何人もの女性が愛を囁いてきた。彼女たちは決まってこういうのだ。


「あなたが好きよ。愛しているわ」


 しかし、夜明けとともに彼女たちは豹変した。愛を語っていた唇からは悲鳴が上がり、潤んだ瞳は化け物でも見るように―――いや、実際彼女らにとって俺は化け物だったのだろう。彼女たちは皆真っ青な顔をして逃げ出していった。

 そんなことを繰り返しているうち、俺の心はどんどん荒んでいった。

 物語の主人公は、いとも簡単に真実の愛とやらを見つけてしまう。

 そんなにどこにでも転がっているものなら、俺にも分けて貰いたいものだ。

 俺は屋敷に引きこもり、この異国の地で半分隠遁生活を送るようになった―――いや、自国と何も変わらず……か。


 そんな鬱々とした日々が続き―――


 俺を太陽の下に引き摺り出したのは、葵だった。日向葵―――その昔、子供の頃に故郷の庭で会ったあのクソ餓鬼である。

 再会した葵は、魔法学院の自治会役員であり、留学したばかりの俺の世話係だった。鼻の頭に薄っすらと残っていたそばかすは完全に消え、何だか空かした野郎になっていた。


「どこかで会ったような気がするのだが……」


 再会した際、彼は俺の顔を見て首を傾げた。

 そう、確かに会ったことはある。あるが、この顔では会っていない。俺は日光に当たることのできない病気ということになっているので―――ある意味正しいのだが、態々陽が落ちてから学院を案内してもらっていたのだ。俺の情報は事前にある程度入手している筈で、俺が“病弱な兄”であることは知っているだろう。それとも―――、そんなことはとうの昔に忘れてしまっているだろうか?

 そんな葵が、俺の引き籠っている屋敷に突然やってきた。世話係としての役目を律儀に果たそうというのだろう。非常識にも使用人が主人である俺の意向を無視して、彼を部屋まで通した。まだ陽が高く、当然俺は獣の姿だった。


「エピーーーーっ!」

「うげっ」


 葵は俺に飛びついて来た。


「エピ、何でこんな所にいるんだ? 従者として連れて来られたのか? で、お前の主人は何処だ? 便所か? 留守なのか? でも病気で昼間は出歩けない筈だろ?」

「では馨様、私はこれで失礼させて頂きます」


 中年女性の使用人が何事も起こっていないとでも言うように、戸口で慇懃に一礼し、下がる。


「カオルって……、お前の名前はエピフィルムだろ……え? 月来馨? え? え?」


 それから俺は葵から質問攻めにあった。

 ああ、うっとうしい。


 彼は、毎日のように屋敷を訪れ、俺から根掘り葉掘り聞き出しつつ、ダラダラと過ごしていた。これは絶対、サボりだな。



「なあ、エピ。学院の寮に入らないか?」


 ある日、葵はそう言った。

 屋敷の有様を見て、そんな提案をしたのだろう。確かに屋敷は管理が行き届いていないが、極力人前に出たくない俺にとって多数の学生が生活する寮は避けたい場所だ。


「高位貴族の子女用に戸建ての寮があるんだが、古いし、該当するような奴は、大抵学院の外に屋敷を借りて通っているから利用者は少ない。使用人も住めるように部屋も複数あるし、煮炊き出来る台所も浴室も付いている。何より、学院の庭に面した棟が空いているから一目に付かず、直接庭に出入り可能だ。エピも太陽の下で庭仕事したいだろ」

「俺は別に庭仕事が好きな訳じゃないぞ」


 獣の居場所が無かっただけだ。


「心身の健康の為にも、太陽の下で活動した方が良いって。で、もう手続きして来たから、ここに署名(サイン)してくれ」


 葵が書類を俺に突き付ける。


「は?」


 結局、俺は葵に押し切られ、魔法学院の寮に入る事になった。

 俺が入居したのは独立した一棟で、広い居間に別途個室が付いていた。扉は四つ。一つは洗面所と風呂とトイレ。一つは台所。残る二つは、居室だろう。その一方の扉のドアノブが回り―――


「よっ、エピ遅かったな」


 葵が現れた。髪はボサボサで、襟元はだらしなく開かれ、皺が寄ったシャツの裾をズボンからはみ出させている。制服のまま寝ていたに違いない。


「おい、何故お前がここにいる」

「そりゃあ、ここが俺の部屋だからな。あ、エピの部屋はそっち、な。いやあ、待ち疲れて眠ってしまったよ」


 どかっと居間のソファーに腰を下ろす。


「おい、どういう事か説明しろ。一棟一学生じゃないのか」

「戸建ての寮があると言っただけだ。嘘は言ってないぞ。同居人がいる事を黙っていたけどな」


 ニカっと笑い、悪びれなく言った。


「そんな詭弁を……」

「今やこんなボロい建物に入居する高位貴族の子女は、俺のような貧乏貴族を除いて、殆どいないからな。使用人部屋を改装して複数人に使用させているんだ。俺は先輩と同居していたんだが、先日卒業してな、近々入学してくる何処かのボンボンと同室になる可能性が高い。それなら気心の知れたエピと同室になった方が良いと思ってさ。いや、四六時中、品行方正でいるのはキツいんだわ」


 いや、それ、自縄自縛じゃね。

 こいつは、自分のだらしなさを隠すために俺を利用した訳だ。半開きになった扉から覗く葵の部屋は、……まあ、そういうことだ。こんな奴が、学院の王子様を気取っているんだぜ。


「あ、これをやるよ」


 葵の手にはクシャクシャに丸められた黒い布があった。


「それとこれも」


 続いて葵は鍵を放って寄越した。


「何だこれ?」

「日光を避ける魔法が掛けられたマントと……そうだな、秘密の庭への鍵だ。大事な物だから無くすなよ」

「いや、それソファーに置きっ放しにしていたよな」


 でも、本当におせっかいな奴である。

 それから俺は、日が高いうちは秘密の庭で庭師の真似事をして、日没後は……それなりの生活を送った。まあ、これまでと変わらぬ隠遁生活である。

 ちなみにマントは、俺の呪いには全く効き目がなかった。すっぽり身体を覆うので、昼間移動する時に重宝しているが、端から見ると明らかに不審者だ。

 相変わらず夜には女性が寄ってきたので、たまに奇跡など起こりはしないのだと確認するように夜遊びをして、朝方には自己嫌悪に陥る。

 それの繰り返し。

 もういい加減、真実の愛などという鼻で笑うような戯言には辟易していた。


 そして―――、彼女に出会った。



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