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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第5章

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505 【挿話】エピフィルム 2

「うわぁ、でっかい猫だなぁ」


 叢がガサガサッと揺れ、子供がひょっこりと顔を覗かせた。何だろう? 既視感がある。


「すげえ、長靴をはいた猫だ」


 僕はその失礼な物言いにムッとして口を開く。


「違う、僕は人だ! それに、長靴なんて履いてねーし」

「うわっ、猫が喋った!」

「だから、僕は人間だと言っているだろう!」


 それは見慣れぬ子供だった。僕とそう年端も変わらない十二、三歳くらいの少年だ。子供は、僕の不興を買ったことなど気にも留めず、無神経にも近づいてくる。豪華な刺繡がされた上着が裕福な家の子供であることを示していた。少なくとも庭師の息子ではないようだ。


「すげー、尻尾もちゃんとある」


 無遠慮に僕の尻尾を触ろうとしたので、尻尾でビシッとその手を跳ね除ける。


「ここから立ち去れ! 無礼な奴め」


 彼はきょとんとして、それからそばかすの残る顔でニカッと笑い、右手を差し出した。


「なあ、俺達友達になろうぜ」


 その髪が陽光に反射して一瞬金色に輝いて見えた。

 この日から、この無礼な奴は毎日庭にやってきた。


「同じ年頃の遊び相手がいなくてつまらなかったんだ。ここの息子もまだガキだし、泣かせでもしたら外交問題になるだろ。不敬罪とかで処刑されたりしたらヤダもんな。精霊にここに連れてきてもらって良かった」

「精霊?」

「いや、その……ぐーぜん、偶然ここにたどり着いたんだ。こうしてエピとも友達になれたしな」


 彼はいつものようにそばかすの残る顔でニカッと笑う。


「友達……か……」


 彼は僕の姿にも嫌悪感を見せなかった。もしかしたら、単に二足歩行の獣を面白がっていただけなのかもしれない。

 だとしたら、全く失礼な奴だ。でも、多分……、僕の初めての友達だ。

 僕たちは色々と会話を交わした。いや、殆ど相手が一方的に自分の事を話していった。

 彼は隣国の貴族の息子で、俺の家とは遠い親戚らしく、両親に連れられてここに数日滞在しているとのことだ。この家の子供―――弟とは年が離れすぎ、遊び相手にならず、退屈を持て余し、屋敷を探索しているうち、この庭に迷い込んだということらしい。


「でさー、俺と同い年の兄貴は、病弱で寝込んでいるんだと」

「ふうん……、そうか……」


 ズキッと胸が痛んだ。

 呪いが病気だと言うなら、確かに僕は病弱なひきこもりなのだろう。

 彼に自分の正体を明かしてしまおうか―――


「だから病弱な兄に代わって、弟が家門を継ぐんだってさ。さっき迄、かたっ苦しい式典をやっていて、こんなの着せられて、ジッとしているのがホント辛かったぜ」


 彼はいつもより豪華な金糸と銀糸で刺繡された上着の首元のホックを外し、「うーん」と大きく伸びをした。


「…………そう……か」


 知らぬ間に弟が父の跡を継ぐことが決まったらしい。僕にはそんなこと、一言も告げられていない。僕には全く声は掛からなかった。そんな大切なこと、何故他人から教えられなければならないのだろう。


「僕は家族ではなかったのか……?」


 翌日から、彼は姿を見せなくなった。きっと国に帰ったに違いない。結局、僕が何者なのか伝えずに終わった。


「そんなことは、どうでもいいか……もう会うこともないのだし……」


 あれから、僕は今までにも増して勉学や剣の修練に励んだ。表に立てなくても弟を裏で支えればいい。とにかく僕は両親に認められたかった。見捨てられないように必死だった。

 時と共に身長も伸び、騎士たちに見劣りしない体躯に成長した。それから父の業務の一部を任されるまでになった。しかし、昼間の身体は相変わらず毛むくじゃらの獣のまま―――

 そして、隣国へ留学することが本人の知らぬ間に決まっていた。



「お伽噺のように、お前を本当に愛してくれる人が現れれば呪いが解けるかもねぇ……」


 その日、祖母が俺の下を訪れていた。有難いことに祖母にとって俺はどんな姿をしていても可愛い孫であるらしく、間もなく留学先に旅立つと聞いて、顔を見せに来てくれたのだ。


「ははは、そんな馬鹿馬鹿しい……」


 乾いた笑いが出る。御伽噺はあくまで御伽噺だ。でも呪いが解けるというなら、蛙とだって口付けしてやろうじゃないか。


「おやおや、ワタクシの祖国は、この国よりも魔法技術が発達しているからね。きっとお前に良いことが訪れるに違いないよ。お前の両親もそれを期待して送り出すのだしね」

「そうですか……」


 またそんな見え透いた嘘を……

 きっと留学も名ばかりで、単に体のいい厄介払いにすぎないのだろう。もはや醜い俺をこの国に置いておきたくないのだ。

 少しでも父に認められようと必死で勉強し、少なからず役に立っていると思っていたのに……

 俺は見放された。


「隣国では、私の実家の家名を名乗りなさい。ちゃんと話を通してあるから、屋敷も用意してあるしね。気兼ねなく使うといい。おや、そういえば使用人は見つかったのだったかねぇ? まあ、何とかなるでしょう。ともかく、不自由はさせませんからね。それと、昼間は姿を見せないように注意なさい。お前のためですよ」


 祖母は隣国から嫁いできており、俺に祖母の実家の家名を名乗るように言った。

 俺はもう父の息子ではないのだ……


「それから、これをお前に渡しておこうかね」


 祖母の手には何とも可愛らしい装飾品があった。どう考えても俺に似つかわしいものとは思えない。


「これはね、ワタクシが嫁いできた頃、お前のお爺様のお母さま、つまりお前の曾祖母からいただいたものなのですけどね、この石は精霊から贈られたものらしいわ。その昔、お前のように呪われた子が生まれたのだけれど、これを持っていれば、獣の姿から人の姿になれたそうよ」

「えっ」


 思わず身を乗り出し、祖母の指し示す中央の石を凝視してしまう。


「残念ながら、石が割れてしまって、その力を失ってしまったそうなの……」


 俺は乗り出した身を椅子の背もたれにボスっと預けた。これも結局、御伽噺の一つに過ぎない。

 そうだよな。そんな夢みたいなものがあれば、祖母がとうの昔に渡してくれていた筈だ。


「それで……お前のひいひいお爺様のさらにお爺様……だったかねぇ、とにかく、その遠いお爺様が、割れた石をこのように加工したらしくてね。それ以来、呪われた子供が生まれてこないようにと、代々嫁いできた娘にお守りとして受け継がれているのだよ」

「え?」


 聞き間違いだろうか。

 ならば―――、何故これは今俺の母の手にないのだろうか?


「これはお前に渡しておくことにするよ。もしかしたら……いや、お前に精霊のご加護がありますように」


 祖母が餞別にと渡してくれたのは、可愛らしい装飾のされたペンダントで、それほど価値があるとは思えない。ペンダントヘッドの中央に大きな石、それを取り囲むように小さな石が配置されている。中央の石は巧く隠してはいるが、薄っすらと罅が入り、全体的にくすんで見えた。まるで祖母の悪意が隠されているかのように…………


 いや、そんなまさか。考えすぎだ。


 チェーンを摘み、持ち上げるとペンダントヘッドがくるくると回り、光を反射した。

 ああ、これが呪いを解く石であればどんなに良かっただろう。もし、もしもだ、俺が生まれた時にこれが母の手にあれば―――


「は、馬鹿馬鹿しい」


 そんな在りもしなかったことを考える自分が情けない。

 俺は、飢えている訳でも、寒さに震えている訳でもない。

 過酷な労働を強いられてもいないし、鞭で打たれることもない。

 家族がいない訳でも、友人……がいない訳でもない。

 ただ半分“獣である”というだけだ。

 この世界に存在する多くの恵まれない者たちに比べ、自分はなんと幸せ者であることか。



 それでも―――

 だとしても―――





「俺は世界を呪ってもいいだろうか―――…………」




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