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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第5章

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504 【挿話】エピフィルム 1

 自分が普通でないと気づいたのはいつだったろうか―――


 僕はずっと部屋から出ることを許されなかった。正確には、太陽が出ている間、部屋から出ることは許されなかった。僕にとっての世界とは、巨大なフランス窓のある僕の部屋と薔薇の咲き誇る庭、日が暮れた後に巡る鍵の掛かったドアが並ぶ薄暗い廊下だけだった。

 それを不満に思ったことはない。

 そういうものだと思っていたから。

 片手で足りる使用人―――執事も、乳母も、メイドも、庭師も、皆優しかったし、たまに父と夕食をとる時は嬉しさのあまり、日常の取るに足らないことを身振り手振りで夢中で話した。

 僕の毎日は同じことの繰り返しだった。朝起きて剣の修練、朝食後に勉強、午後の勉強が終われば自由時間で、雨ならば読書、晴れならば庭師を手伝うことが多い。


 その日―――、僕は庭を散策することにした。

 そうだ、気が向いたら庭師の仕事を手伝ってもいい。

 庭の中心部へ向かって歩いていくと、傍の植栽がガサッと揺れ、見慣れぬ子どもがひょっこり顔を覗かせた。


「うわぁぁぁぁ!」


 少年はまるで化け物を見たかのように一目散に逃げて行く。僕の足元には少年の被っていた麦わら帽子が残された。


「なんて無礼な奴なんだ……」


 でもそれよりも―――、僕は空に視線を向けた。そこには太陽が燦燦と光を降り注いでいる。


「一体、どういうことだ?」


 僕は麦わら帽子を手に庭師の作業小屋へと向かった。小屋の前では庭師とその陰に隠れるようにあの少年がいた。ちらちらとこちらを窺う目が何だか癇に障った。


「ああ、倅が失礼を働いたようで、申し訳ない。ほら、前に出てちゃんと謝らんか」


 僕は庭師の後ろに隠れている少年をジッと見た。僕よりも少し年上だろうか、身長が僕よりも高い。麦わら帽子を長い時間被っていたためだろう、髪の毛がペタッと潰れて畝っている。肌は日焼けし、鼻の頭にそばかすが散っていて、首には手拭い、長そでシャツに皮の手袋、接ぎのあてられたズボンに長靴、全体的に土で汚れている。まるっきり庭師と同じ格好だ。


「あ、あの……ごめ……」


 もごもごと何かを言うと直ぐに庭師の陰に隠れた。僕はジッと彼を見つめる。それから自分の手に視線を落とした。


 ―――彼はまだ陽が高いというのに、なぜ()()姿()()()()()()んだ?


 僕の手はこんなに毛むくじゃらだというのに……



『ねえ、どうして僕は、昼間は人の姿ではないの?』


 今よりも幼い頃、僕は乳母に問いかけたことがある。

 夜の僕は人間だった。でも、昼間の僕は、びっしりと生えた毛が皮膚を覆い、ピンと尖った三角の耳と、ひくひくと動くひげ、お尻に生えた尻尾が感情に合わせてゆらゆらと揺れる獣だった。


『きっと……大人になったら、太陽の下でも人の姿でいられるようになりますよ』


 乳母は困惑の表情を浮かべてそう言った。

 馬鹿な子供は、それを信じた。僕の周りに居るのが大人だけで、子供の姿を見たことがなかったからかもしれない。それからずっと、世の中の子供は、昼間は獣、夜は人の姿でいるのだと思っていた。

 僕はその日をいつかいつかと待ち望んだ。

 そして、毎朝目が覚めて、自分の手が毛に覆われているのを見るたび、がっかりするのだった。

 毎日それの繰り返し……

 それなのに庭師の息子は、太陽の下でも人の姿をしていた。もしかして、彼は僕よりも年上なので、少しだけ早く人の姿になったのかもしれない。

 そう思いたい―――……




 嘘だ。





 嘘だ! 嘘だ!




 僕は―――いつまでたっても人にはなれなかった。

 あの時の庭師の息子の歳を超えたと思われるほど成長しても、夜は獣のままだった。

 相変わらず昼間は人前に出るのは禁止され、何かの集まりなど、日が落ちてから参加が許された。夜に仲良くなったと思った同年代の子供たちも、昼間の僕の姿には気づかなかったし、それどころか悲鳴を上げて逃げだしたりした。

 その頃になると父が教えてくれた。


「お前は呪われているのだ」


 ―――と。

 うちの家系には偶に僕のような子供が現れるらしい。そして、この国では僕のような存在は歓迎されないのだ。

 だからなのだろう。昔からの使用人を除いて皆、目も合わせず、用事を終えてそそくさと出ていった。危害を加えることはないが、極力関わり合いになりたくないのだろう。

 それから―――、母は()を生んだことで病んでしまっていた。

 幼い頃、僕は乳母に連れられ何度かいい匂いのする部屋に行ったことがある。そこには美しい女の人がいて、彼女は少し頬が扱け、やつれていたけれど、美しさは少しも損ねておらず、細くて綺麗な指で僕の頭を優しくなでてくれた。それは決まって夜だったので、僕はいつも眠気と戦っていて、ある夜、ついに耐え切れず眠ってしまった。乳母は僕を部屋に戻そうとしたらしいけれど、その女の人が僕を抱いて離さなかったので、そのまま朝まで一緒に同じベッドで眠った。

 そして夜が明けた。


「きゃああああああ!!!!!」


 その女の人は半狂乱になり、僕を突き飛ばした。今思えば、あれは母だったのだろう。それ以来、僕は彼女には会っていない。


 ただ誤解してほしくない。


 僕は決して虐待されていた訳ではなかった。父は呪いを解こうと手を尽くした。

 医師、魔術師、祈祷師、民間伝承、噂話……

 本当にありとあらゆる手を尽くしたのだ。

 そして、ある魔術師は言った。


『これは呪いではありません。魂に刻まれた特性が現れただけなのです』


 結局、呪いは解けなかった。



 時が過ぎ―――、弟が生まれた。


 父は僕の下に訪れなくなった。

 僕の部屋の窓から、父と母と幼い子供が仲良く笑いながら庭を散策している姿が見えた。

 輝く日差しの下、その子供は人の姿をしていた。



 なぜ、呪われたのは僕だったのだろう。

 僕が何か悪いことをしたというのだろうか?



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