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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第5章

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502 守護騎士隊

『世に一条の光明あり。光の先に生まれ出づる乙女、択む。されば世界を導かん』


 その昔、といっても20年に満たないほど昔、王室お抱えの偉い預言者が世界の創造主からそんなような託宣を受けた。その際、天から差し込んだ光はある屋敷を照らし、数年後、その屋敷に娘が誕生した。

 その娘こそご存じ佐倉杏子である。そして、世間は杏子を“預言の娘”、“運命の乙女”などと称し、その後、時間の経過とともに託宣には尾鰭が付き、いつの間にか「運命の娘が選んだ者は出世する」「英雄になれる」「金持ちになれる」などと独自に解釈されるようになった。


 それがこの(現実)世界の託宣なんだけど、私が知っている前世のゲーム内の預言とはちょっと異なるんだよね。私が夢で見たゲーム内の預言はこんなの。


『かつて先読みの精霊は、魔王の出現と世界の終わりを預言した。そう遠くない未来、世界は滅びるであろう。しかし、一条の光明あり。光が示す先―――、その地に生まれくる娘の選択によって、世界は救いの道を残す』


 預言が表示されるのはゲームの冒頭部分(オープニング)で、この預言が表示された後、ピンクの髪の少女―――主人公が両手を組み祈る場面に変わるのだ。

 実はこの預言って、この部分に登場するだけで、本編では全く触れられていない。だから、結構物騒な内容だけど、『このゲームはプレイヤーの選択によって結末が変化するんですよ』って内容を意味深に紹介しているだけで実は特に意味が無いのかと思っていた―――んだけど……


 現実の託宣では世界が滅びるなんて、一言も触れていない。でも、もしも―――公表されたのが、託宣の一部で、隠された部分があるとしたら……?


 どうやら世界は私が思っている以上に不穏な状況にあるらしい。なぜなら託宣に則って、杏子に“大災厄を討つ”という名分で勇者を選ばせるのだから。


「“大災厄”って、“魔王”のこと……なんだよね?」


 やはり世界は決められたシナリオに従って動く―――のだろうか?

 だとしたら世界を救えるのは、きっと運命の乙女である杏子なのだろう。私といえば、この世界にとって単なるモブに過ぎない。世界は私の知らないところで動いている。


 そして―――、王の命令で杏子は勇者を選んだのだった。



「俺は断ったぞ。ほら、遠慮せずに食え」


 月来先輩はそう言いながら、サンドウィッチを私に差し出した。このサンドウィッチって、エピさんのじゃないだろうか。勝手に食べていいのかな? いや、食べるけれど、ぱくっ。


「くそー、裏切り者め。ずるいぞ、エ……」


 月来先輩にギロリと睨まれ、日向会長が動きを止める。あ、このサンドウィッチ会長が目を付けていたのかもしれない。でももう口を付けちゃったし……


「……じゃなくて、馨」


「当然だろう。俺はこの国の人間ではないからな。何故、この国の政府に従う必要がある?どうせ式典だけのお飾りの勇者とやらなんだろ。嫌ならお前も断ればいい」

「他人事だと思いやがって、国王の命令に逆らえるわけがないだろう」


 あ、サンドウィッチのことじゃなかったのか……杏子が選んだ“勇者”の話ね。

 実は政府は、このところのダンジョンの状況を鑑み、騎士団から選抜された実力者で特別部隊を編成し、それを運命の乙女が選んだことにして、派遣しようとしていたらしい。一種の国民に対するパフォーマンスなのだろう。これは日向会長から聞いた話なので、信憑性が高いと思う。

 そう、杏子による勇者選抜は、あくまで選んだ(てい)なのである。しかし、当の杏子が―――


「そんなオジサンばかりなんてイヤ! もっと若くてカッコイイ人がいい!」


 と、拒否したらしい。そこで世間に向けて形だけでも“運命の乙女が選んだ”というお墨付きが欲しい政府は、杏子に指名権を与え、運命の乙女選抜の勇者部隊を編成し、特別部隊に組み込み、部隊全体を運命の乙女が選んだということにした。


 まあ詭弁である。


 託宣があるのだから、杏子が選んだ人たちをそのまま特別部隊にすればいいように思うけれど、政府の中枢には託宣の信憑性を疑っている者も少なくなく、特に軍から反対意見が多かったらしい。そりゃあ、当事者にしてみれば単なる小娘である杏子に特別部隊のメンバーを適当に選ばれ、その中に素人が含まれていてはたまったものではない。


 だって、命が掛かっているもんね。


 で、杏子が指名したのは、日向会長と、―――月来先輩だったと今知った。

 思いっきり私情が溢れる指名だよね。まあ杏子が軍人さんを知っている訳がないから、選択肢は自ずと身近な人に限られるのは仕方がないことだけど……


 しかし、月来先輩は留学生で外国籍のため、丁重にお断りしたとのことだ。先輩の父方の祖母がこの国の主出身らしく、“月来”という苗字は父方の祖母の家名なんだってさ。日向会長がベラベラと個人情報を教えてくれた。一方で日向会長は辺境伯の次男坊であり、逃げられなかった。ご愁傷様。


 でもさすがに一人で杏子の御守りは気の毒だと思ったのか、政府側からの提案で、天城竜胆、高砂小百合先輩、有明葛先生の三人を加えて四人体制になった。竜胆と高砂先輩は院生でありながら、既に騎士団に所属しているし、有明先生は……大人なのでお目付け役に無理やりねじ込まれたのだろう。これって、まさに引率の先生だよね。お疲れ様です。

 こうして杏子選抜によるその名も“守護騎士隊”が結成された。


 いや……、その名称……


 本当は“あんず姫の守護騎士様ズ”だったらしい。名づけたのはもちろん杏子である。さすがにそれは……と“守護騎士隊”となったという話だが、もしかして今でも正式名称は“あんず姫の守護騎士様ズ”なのかもしれない。何たって、運命の乙女が選んだありがたい名前だからね。それにしても、杏子を含めて五人……何だか戦隊ものっぽい……

 で、この“守護騎士隊”、何かをするかといえば、たまに軍の壮行会に列席して……何もしない。


 まあ、あくまでお飾りだしね。


 危険な場所に素人、ましてや未成年者を送り込むわけにもいかないのだから、当然である。ここ最近急速に普及したテレビジョンに、退屈そうな杏子がたまに映ったりしている。画面の向こう側の杏子は聖女様っぽい白い長衣に身を包み、まさにゲームで見た主人公(アンズ)の姿そのものだった。


 ちなみに記憶の中のゲームでは、“守護騎士隊”のメンバーは異なる。そもそも“守護騎士隊”なんて名称は、ゲームに登場していないんだけどね。一致するのはアオイ(日向会長)リンドウ(竜胆)カズラ(有明先生)だけだ。ゲームでは登場するセリ(白根君)も、ヒエン(大飛少年)も、カイドウ(受崎先輩)も現実にはメンバーに選ばれていない。ついでに代わりに入った高砂先輩はゲームでは敵方だったりする。現実と前世のゲームの世界は異なるのだと実感するね。やっぱり魔王なんて存在しなくて、世界は崩壊したりしないんじゃないかな。


 うん、きっとそうだ――――――……、そう思いたい。


 今はそれよりも……

 私は口の中に残ったサンドウィッチを飲み込み、目の前で「ズルい」「ズルくない」と月来先輩と言い合っている日向会長へ声を掛けた。


「ねえ、会長……、最近エピさんの姿を見かけないけれど、どうしたのかな……」


 実は、ここのところ、ずーっと、エピさんに会えていないのだ。今も“秘密の花園”にいるというのにここに居るのは、じゃれつく日向会長と月来先輩の二人。もふもふのエピさんの姿がない。寂しい。

 日向会長と月来先輩が動きをピタッと止め、揃って私へ視線を向けた。


「え、私、マズいこと聞いた?」


 もしかして、エピさんは杏子に選ばれなかったことで傷心のあまり、どこかに引きこもっているのだろうか。


「まさか学院を辞めて猫の国に帰っちゃったとか……」

「おい、猫の国ってどこだよ」


 私は心のどこかで、エピさんが杏子に選ばれなかったことを喜んでいたのかもしれない。でも、エピさんにとっては、そんな軽いものではなくて……藁にも縋る思いだったんだよね……私ってホントに何て嫌な奴なんだろう。だから、きっとエピさんは―――


「私のこと嫌いになっちゃったのかなあ……」


 ずっしり心が沈む。


「何故、そんな思考になる?」

「いや、そんなことはないと思うよ。エピが明日葉ちゃんを嫌いになるわけないじゃないか。エピは明日葉ちゃんが大好きだって! 好きで、好きで、愛してるって!」

「おい、葵」

「いや、ホントのことだろ」


 日向会長が必死で慰めようとしてくれるが、月来先輩は何だか否定的だ。


「じゃあ、エピさんはどこにいるんですか?」

「そ、それは……」


 日向会長はちらりと月来先輩を見た。何か言いたくない事情があるようだ。


「もしエピさんが世を儚んでーーーなんてーーー……ことになったらどうしよう」


 サーっと血の気が引いた。

 あ、あれ? 目から何んか熱いものが溢れ出してくる。

 ダメダメ、泣いちゃダメだって!

 でも私の心とは裏腹に涙がとめどなく溢れ出してしまうのだ。何これ、涙腺壊れた?


「いや、どうしたらそんなこと思うのかわからないけれど、エピは無事。これまでになく元気だ! 憎たらしいくらいピンピンしている」

「で、でも、ヒック。エピさん、いない……」

「あ、明日葉ちゃん。お、おい、どうしたらいい?」


 日向会長がオロオロして私と月来先輩を交互に見る。ごめんなさい、会長。駄々をこねる子供みたいだけど、自分でも感情の制御がつかないのだ。


「もういいよ、葵」


 月来先輩が大きく息を吐いた。



「おい、よく聞け。俺がエピフィルムだ」



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