415 It’s showtime!
「ちょっとぉ、待ちなさぁい!」
ゴスロリアイドルの歌声を遮るように何とも間の抜けた声が響き渡った。舞台上に乱入してきたのは、マイク片手の佐倉杏子だ。彼女は、フリルに埋もれたような衣装を身に纏い、まるで巨大なイソギンチャクの様に見える。
これって、深海カフェの女給さんをイメージしたとか?
はは、まさかね。
観客席がポカーンとする一方で、舞台上のゴスロリアイドルはそんなことには動じず、歌い続ける。どこか焦点が定まらない様子でこれはプロ根性が凄いというより、何か操られているというか……機械的に歌っている感じ。
何か不気味……。
杏子は無視されたことに気分を害したらしく、ムッとした様子で、ゴスロリアイドルの歌声に被せて怒鳴るように歌い出す。闘技場の四隅に設置されたスピーカーから二人の歌声が不協和音となって溢れだした。
相変わらず杏子の歌声は、ある意味破壊力がある。いや、ありすぎる。
「何これ、どういう状況? ショーの演出なの?」
「にしては耳障りでしかないんだけど」
観客席がさざ波立つようにザワザワとし始める。
ふと空を見上げると、闘技場上空の裂け目が徐々に閉じられていく。もしかして、これが杏子の聖なる力なんだろうか?
……歌はひどいけど。
どうやら歌合戦の軍配は杏子に上がったようで、騒音とも言うべき杏子の歌声がゴスロリアイドルの歌を飲み込み、垂れ下がっていたぶよぶよした部分を切断して、空間の裂け目が閉じられる。
ボトッ。
舞台上にそれが落ちた。ぶよぶよとした膜に包まれた何だか分からないものが蠢く。
あ、これ生理的に駄目なやつだ。
「キャー……」
「きゃー! きゃー! きゃー!」
観客から悲鳴が上がったが、それを打ち消すように更に大きな悲鳴がスピーカーから流れ、杏子がステージ上をドタバタと駆け回る。ゴスロリアイドルはさっさと避難したようで、既に舞台上に姿はない。舞台袖でオロオロしているのは、道化師と……杏子の取り巻き連中だろうか?
「きゃー! きゃー! きゃー!」
杏子がぶよぶよとした化け物からドタンバタンと逃げ回り続けると、観客席の悲鳴は次第にクスクスとした笑い声に変わっていった。イソギンチャクもどきが逃げ惑う姿は何だか滑稽で、もしかしたら杏子にはコメディエンヌの才能があるのかもしれない。
いやいや、そんなことよりも、あれは絶対に良くないものだ。
私の直感が―――というか、精霊達が騒ぎ立てる。
『アレダメ……』
『ヨクナイ、ヨクナイ、モノ』
杏子、アンタなにやっているのよ。主人公なんでしょ。そんなの聖なるパワーとやらで、サッサと撃退しちゃいなさいよ。さっきは化け物が漏れ出てくる亜空間を閉じたじゃない。
「やだぁ、きもちわるーい。えいっ、おっきな光!」
杏子が光の攻撃魔法……(多分)を放つ。
バシッ。
ぶよぶよした化け物の身体がブルブルと震え―――
さすが、主人公。化け物を撃退か!?
ブシューゥ……
「あ……」
化け物に当たった光が弾け、粒となって霧散した。
杏子の攻撃力ショボい。
化け物は杏子の攻撃に怒ったのか、ぐにょんと膨らんで、杏子を押しつぶそうとする。杏子は間一髪、それを避けた。
「きゃー! きゃー! きゃー!」
再び杏子と化け物の鬼ごっこが始まる。
これって、このままにしていていいのだろうか?
今は舞台上で杏子を追いかけているけど、もし化け物が観客の方に向かってきたら?
あ、でもここには騎士や騎士団の偉い人も居る。じゃあ大丈夫だよね。彼らがきっと何とかしてくれる筈。期待を込めて騎士達の居る来賓者席に眼をやると……
「え、寝てる!?」
来賓者席の様子が明らかにおかしい。来賓者達が机にうつ伏せや、椅子の背もたれに反り返って天井を仰いでいたりするのだ。末席では日向会長も机に肘をつき、組んだ両手に額を預け俯いている。
これって明らかに異常事態だよね……
そうだ、控え室には騎士課の先生や院生がいるはず!
私は観客席を抜け出し、控え室へ向かうことにした。決して逃げるわけじゃないよ。こういうのは戦闘のプロに任せた方がいい。伝令だって重要な使命を帯びているのだ。
で、普段闘技場に縁の無い私には控え室場所が分からなかった。ウロウロとしているうちに闘技場の舞台に上がる入場口に迷い込む。舞台上では杏子がまだ喜劇を繰り広げている。あの場所から逃げないのは凄い……もしかしてパニックになって同じ所をぐるぐる回っているだけだったりして……
ツン。
「痛っ」
誰かがーーー、精霊が私の髪を引っ張った。
『ヘンシン』
「ゑ?」
ここで?
目の前にペンダントヘッドが現れると輝きだす。もしかして私に戦えと……?
「いやいやいや、それは主人公の役目でしょ。私はモブもモブ、名前どころか姿形さえないモブ中のモブなんだよ。なんであんなぶよぶよした化け物と戦わなきゃいけないの? それにあれ、生理的になんか嫌なんだよね……」
『ドゥームフォルトゥーナ……』
もちろん、精霊達が私の言い分など聞くはずもなく……
『ヘンシン、ヘンシン』
『ヘンシン、ヘンシン』
『ドゥームフォルトゥーナ……』
ちょっと強引すぎやしませんかね……
「……はいはい、どうせ抵抗しても無駄なんだよね……ドゥームフォルトゥーナ、マジカルアンジェリカ、ベアアームズ!」
ちょっとだけ投げやりに呪文を唱えると、光が私を包み込みーーー
「ちょっと、待ちなさい!」
闘技場に私の声が響き渡る。
ジャジャーン!
マジカルアンジェリカ華麗に参上! ―――なんてね。
あれ? 登場の台詞が杏子と被ってる? なんかヤダな。でも言ってしまったからには取り消し不可能。
亜空間移動を使い闘技場の舞台に降り立つ。アンジェリカに変身していると普段より魔法がスムーズに使えるような気がする。
あ、ぶよぶよの化け物がこっちを向いた。
杏子に今にも覆い被さろうとしていた化け物が、のたのたとこちらに向かってくる。
うわ、気持ち悪い。
で、どうすればいいの?
その時、闘技場の四隅に配置したスピーカ-から曲が流れ出した。猫耳精霊がポワンポワンと機械を操作している。こいつら何でこんなに器用なの?
『ウタ、ウタ……』
歌えって? 何で?
『タタカウ、タタカウ』
どうやら精霊は、戦うときに歌を歌うものだと思っているらしい。どこでそんな誤った知識を……
『ウタ、ウタ……』
『ウタ、ウタ……』
……いや、でも、この曲知らないんですけど。
『マホウ……』
魔法でなんとかしろって? 寝癖は治せないのにこんなところで万能感出してくる?
化け物から腕らしきものがグニョーンと伸び、私の足下に振り下ろされた。ひらりと躱す。
『ハヤク、ハヤク……』
猫耳精霊がポンポンと跳ねる。
ああ、もうっ。
「ドゥームフォルトゥーナ……歌をちょうだい」
光が凝縮するとそこにマイクが現れた。
は? 確かに歌が欲しいと願ったけどさ……これでどうやって戦えと? マイクで殴る? 歌声による超音波攻撃? いやいや、杏子じゃあるまいし。
『ウタ、ウタ……』
精霊達に促され、とにかくマイクを手に取ると、知らない曲なのにスッと歌詞が口から出てくる。
「It’s~ show~ time~~~~!」
ぶよぶよとした化け物の上に多量の光の剣が現れ、曲に合わせクルクルと回転し、降り注ぐ。どうやら歌が一種の呪文になっているらしい。続いて無数の光の矢が曲線を描き次々と化け物に打ち込まれる。過剰戦力な気がするけど、あんな気持ち悪いモノは徹底的に排除しなければダメだ。もしかしてこの魔法は、私の感情に左右されるのかもしれない。無数の光にぶち抜かれた化け物は、やがて光の粒となって空に還っていった。
「世界よ~~~わたしに~~~跪きなさい~~~」
何この歌詞。
曲が終わり、一礼。
一瞬の静けさ―――
そして―――
ウワワワワワワワワワアアアアアァァァァァァァーーー!!!
「「「アンジェリカ! アンジェリカ!」」」
「「「アンジェ! アンジェ! アンジェ!」」」
爆発的な拍手が巻き起こる。来賓席の人達もこの騒ぎで流石に目覚めたようだ。舞台の袖では杏子が寝てる……んじゃくて、気を失っているんだろうか?
「「「アンコール! アンコール! アンコール!……」」」
闘技場は熱気に包まれ、そして、違う曲が始まり……
あ、この曲知ってる。
私は何となくアンコールに応え、歌い出すのだった。
いいのかな? こんなんで。