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414 【挿話】佐倉杏子

「なンか、変……」


 夏休みが明けた辺りから、あたしの周りが何だか変。いつもなら、あたしの周りにいるはずの男の子たちの数が減っている……よーな、気がする。その子たちは、特別格好いいわけでもなく、その他大勢って感じの子たちだからドーデモいいんだけど、でもやっぱり何だか面白くない。


「あんずちゃん、どうかした?」

「ううん、何でもなぁい」


 あたしがニコッと笑いかけると、取り巻きの男の子の顔がかーっと真っ赤になる。ふふっ、そうよね。あたしってば、とーぉっても可愛いもんね。

 あたしの名前は、佐倉杏子。“杏子”って果物の“あんず”って意味なんですって。だからみんなはあたしのこと、“あんずちゃん”と呼ぶわ。それにあたしは、運命の女神様に選ばれたとーっても特別な女の子なの。だから、あたしの希望は何でも叶えられなくちゃいけないのよ。


『ブティックメグの一点物のフリルのワンピースが欲しいな。青は嫌、ピンクがいい。あれがいいわ。予約済み? そんなの関係ないわ。だって、あたしが着た方がずーっと、可愛いいし、ワンピースだって喜ぶに決まっているわ』


『え、四聖堂の限定ぱふぇ? なんで霰印パーラーの限定ぷりん・あ・ら・もーどじゃないの? さっきと今じゃ気分が違うのは当たり前じゃないの。あたしは今、ぷりん・あ・ら・もーどが食べたいの!』


『宿題なんてやりたくなーい! ねぇ、あなた代わりにやってくれない? バレないようにちゃんとあたしの筆跡をまねしておいてね。さあみんな、宿題はまかせて街に遊びに行きましょ!』


『試験勉強? そんなの私には必要ないわ。だって私は特別なんだもの。勉強なんてできなくてもいいの。それに女の子はちょっとお馬鹿な方が可愛いって言うじゃない?』


 あたしに叶えられないことなどなかった。勉強ができなくても、多少の我が儘でもあたしは何でも許されるの。だって、あたしはその辺のありふれた子とは違う特別な女の子なんですもの。特別扱いは当然の権利でしょ。

 それなのに、十五歳になって、あたしは魔法学院に入学することになった。嫌だったけど、国の命令で魔力のある子はみんな魔法学院に入学しなきゃダメなんだって。

 あたしは特別な女の子なのに、何でそんなトコロに行かなきゃいけないの?

 パパとママには、魔法学院にはしーちゃんもいるから、心配ないよって言われたけれど、制服は特注したのに地味だし、おんぼろ寮に入らないといけないし、家には週末しか帰れないし、あたしだけみんなと別のクラスになっちゃったし、先生が意地悪で補習をうけなくちゃいけないし……


 あたしってホント可哀想……


 でもね。魔法学院で運命の出会いがあったの。あたしがこんなに辛い目にあいながらも魔法学院に入学しなきゃダメだったのは、きっとこのためだったのね。あたしみたいな特別でさいっこーに可愛い女の子にふさわしいのは、格好いい王子様だと思わない? でも……この国の王子様は、もうオジサンなんだって……。


 そんなの絶対ダメ!


 あたしのお相手は若くて、ちょー格好いい王子様じゃなくちゃ!

 あたしは選ばれし運命の娘なんですもの、きっとどこかに運命の王子様がいるはずよ!

 でも、王子様はなかなかあたしを迎えに来てくれなかった。

 一体あたしの王子様はどこにいるの?

 そう思っていたら……いたの!


 日向葵会長。通称、魔法学院の王子様。


 一目で分かったわ。会長こそあたしの王子様なんだって。頭が良くて、強くて、優しくて、そして何よりすっごーく格好いいの! それにね、噂ではこの国のホントの王子様なんだって。彼はあたしにぴったりだと思う。でもあたし達の仲を邪魔する意地悪な人達がいるの。野茨先輩とその取り巻き。野茨先輩は、いかにも物語の悪役令嬢って感じ。もちろんヒロインのあたしは、そんな嫌がらせに負けたりしないけどね。

 そして、もう一人……


 月来馨先輩。通称、月の君。


 キリッとしていて、パッと見冷たそうなんだけど、どこか愁いを含んだ感じがしていて、とーっても格好いい。あの瞳で見詰められたら、クラクラってしちゃう。異国からの留学生らしいけど。あんなに素敵なんだもの、きっと異国の王子様に違いないわ。周りの男の子達からは、女たらしだから近づいちゃダメと言われたけれど、きっとみんな焼き餅を焼いているのね。大丈夫、王子様と結ばれてもあたしはみんなのあんずちゃんだから。

 さあ、日向会長と月来先輩。あたしに選ばれる幸運な王子様はどちらかしら?

 うふふ、どちらも魅力的で選べなーい。

 うーん、そうよね。別に王子様が一人である必要はないんじゃない?



「なンか、変……」


 夏休み明け、久しぶりのへ組はなんだか変だった。夏休み前まであたしを取り囲んでいた男の子が段々と減っている……ような気がするし、教室内の雰囲気もどことなくおかしい。

 その原因はホームルームの時にわかった。

 もうすぐ学院祭があるんだけど、なんと、あたしを無視して学院祭の出し物が勝手に決められていたの。


 許せない。主役の私を無視するなんて、どういうことなの!


 あたしに意地悪しているのは、有明董子。有明先生の妹で、いい歳して自分のことを“董子”なんて名前で呼んでいる。あたしなんて、子供の頃に誰かに言われて……誰だったっけ? まあいいや。とにかく、とっくに自分のことを名前で呼ばなくなったのに。いまだに名前呼びしているとーっても恥ずかしいお子様女。その有明董子の側に見慣れた男の子たちの姿があった。なんてこと、有明董子があたしの仲良しの男の子たちを奪い、あたしを仲間はずれにしたんだわ。


 クラスのみんなから除け者にされるなんて、あたしってばなんて可哀想なの……


 有明先生に言ったところでどうせムダ、自分の妹をひいきするに決まってる。あのシスコン教師、ちょっと格好いいと思ったのに、いっつもあたしに補習ばっかり受けさせていじわるするんだから! いいもん。あたしにも考えがあるんだからね。


「ねぇ、学院祭のステージを使うにはぁ、どうしたらいいの?」


 あたしは、あたしと仲良しの男の子たちに聞いた。

 そうよ、クラスの出し物よりもーっと凄いことをやればいいのよ!

 あたしの考えはこうよ。惜しまれつつ引退したみんなのあいどる“あんずちゃん”の一日限定復活ステージ。すっごくいいアイディアだと思わない? あたしってば、歌も踊りもすっごく上手なのに、可愛いからみんなに意地悪されて歌わせてもらえなくて、あいどるを辞めちゃったんだよね。ふふっ、伝説のあいどる“あんずちゃん”の復活となれば、人が殺到してとんでもないことになるかも。あたっしってば、一人(ソロ)のほうが輝けるのよね。


「あんずちゃん、本祭一日目には空きはなかったけれど、二日目の午後は空いてたよ」

「音響設備は用意されたのをそのまま使えるらしい」

「衣装はリラモードのとっておきを手配しておいたからね」

「僕たちが魔法で演出するから、任せてくれ」

「みんなぁ、ありがとー」


 見てなさい、有明董子。あたしの取り巻きは、へ組だけじゃないんだからね。



     ***



 そして、本祭二日目。お昼をちょっとだけ過ぎた頃。

 天気は晴れ。さいっこーの野外ステージびより。

 ついにこの時がやってきた。この究極に可愛いあたしが歌って踊れば、みんなステージに釘付けなんだから! さあ、みんなをあたしの虜にしてあ・げ・る。


「みんなぁっ、おまたせーっ!」


 あたし史上、さいっこーに可愛く着飾ってステージに飛び出した。

 あたしを包み込む大歓声―――――――



 なんて無かった。



「えーっ、どういうことぉーーー!」


 そこにはほとんど人がいなくて、がらんとしていた。ポツポツ遠くに見える人達はテントを片付けているみたい。


「あ、あの……みんな闘技場の方へ行っているらしくて……」


 この時間を押さえた男の子がモジモジとしながら言う。


「直前なのにステージが借りられたのは、武闘大会の決勝戦の時間に重なるから、みたいで……そんなこと僕、知らなくて……」

「はぁ? なにそれ」


 どーいうこと! どーいうこと!! どーいうこと!!!


 ああ、そうなのね。こんな時間を割り当てるなんて、きっと私が可愛いから誰かが意地悪したんだ!


「じゃあ、いいわ。あたし、闘技場で歌う!」


 あたしは特別な女の子で、この世界の主人公(ヒロイン)なのよ。このくらいのことには負けないんだからねっ!



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