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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第4章 たぶん、正義の味方(代役)

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411 学院祭1日目

 私は何て嫌な子なんだろう。


 私が杏子に抱いた感情、それは多分―――、“嫉妬”だ。

 私には友人と呼べるような濃い関係性の人物は殆どいない。一番仲の良いのは同室の菊子で、次いでエピさん、日向会長、夜の人、野茨先輩……あたりだろうか。後半に行くほど友達かどうか微妙だけれど、ま、そんなところだ。

 へ組では女子達、董子、星野さん、小田さんと何となく連んではいるけれど、どこか距離を感じてしまう。これは彼女達に限らない話で、殆どの人にとって私は居ないも同じようなものらしい。それは子供の頃からずっとなので、そういうものだと思っている。でも、その所為かちょっとでも微笑んで貰えたら、私は直ぐその気になってしまうようだ。この人にとって、私はきっと特別なのだ…と。

 それが錯覚であることは、あの人で嫌と言うほど理解した筈なのに……

 今となっては、あれが恋だったのか何だったのかわからない。


                                 ――デモ、本当ニ好キダッタヨ。


 私はまた同じ事を繰り返している。私にとってエピさんも夜の人も特別だ。数少ない……友人。だから彼らが、私以外の誰かと仲良くしているのがきっと嫌なのだろう。子供がお気に入りのおもちゃに執着するようなものだろうか?


 そうだ、きっとそうに違いない。


 私はあれからなにも学習していないみたいだ。だから勘違いしないようにしないといけない。彼らが私に特別な好意を持つなんてことはないのだから。


 でも―――、そう思うと心の奥底がズキズキするのは何故なんだろう……?




 ドンっと、汚れた皿とカップが傍らに積み重ねられる。


「これ、よろしくー」


 学院祭本祭一日目。

 私は頭の中をぐるぐるさせながら、へ組の深海カフェで汚れた皿やカップなどを洗っていた。ここは魔法が使える者が集う学校なのだから、例えば洗うのは水魔法、乾かすのは風魔法か火魔法でやれば簡単だと思うのだけど、常時魔法を使い続けるのは負担が大きく、直ぐに魔力切れを起こしてへばってしまうらしい。大量の汚れ物の前では、魔法は無力なのである。まあ、へ組は光魔法と闇魔法の使い手ばかりで、それ以前の問題ではあるのだけれど。

 で、ここで大活躍なのが魔道具なのである。しかしこの魔道具、すすぎと乾燥はできるのに何故か汚れを落とすことができず、その部分は手洗いなのである。


 いや、ホント何で?


 それにベルトコンベア式なので、無駄に場所をとる。技術者には頑張ってもらって、もうちょっとコンパクトに改良してもらいたいものである。

 私は食器用洗剤をつけたスポンジで、皿の汚れを落とし、隣のすすぎ用の槽に入れていく。黙々とそれを繰り返し……


「如月さん、遅くなってごめん。替わるよ」


 眼鏡クンが声を掛けてきた。どうやら交代の時間が来たようだ。


「えーっと、ご両親とはもういいの?」

「……ぁ…うん」


 学院祭の本祭は二日間に渡って開催されるのだが、一日目だけ学生の家族の参加が許されている。普段関係者以外立ち入り禁止の魔法学院とあって、この機会を逃すまいと多くの人が詰め掛ける。主な目的は、子供への教育体制や生活環境の確認……ではなくて、魔法学院の学生は優秀かつ有力者の子女が多いことから、有望な人材と早々に良好な関係を築こうと一種の社交場と化しているからだ。ま、上流階級の将来のお相手探しってところ。


 私には全く関係ないけどね。


 私の場合、親や兄弟姉妹はいないし、保護者にあたるのは師匠なので、外部から誰かが訪れるということはない。師匠には竜胆という院生の息子がいるし、それにわざわざ招待しなくてもすでに学院内で好き勝手やっている。


「さて、どうしようか」


 一人で催し物を見て回るのもつまらないし、何だか手持ち無沙汰だ。


「……お父様、ちゃんと分かっておりますわ」


 聞きなじみのある声が聞こえてきた。視線を向けると、規定通りの膝下丈スカートの制服に三つ折りの白い靴下、かっちりとした隙の無いお下げに顔を隠すように下ろした前髪、さらに銀縁の大きな丸眼鏡のいつも以上に野暮ったい格好をした菊子がいた。昨日の舞台でぶりぶりのアイドルしていたのとは別人にしか見えないが、間違いなく菊子だ。その地味な制服姿の女の子が、三つ揃えの恰幅の良い年配の男性と、和装の上品なおっとりとした中年女性と共に歩いている。多分菊子のご両親だろう。菊子の父親からは、いかにも高圧的といった感じが伝わってくる。


「お前には、学院卒業後に我が長命家に釣り合う名家に嫁いで貰うのだからな。私の目が届かないからと言って、つまらないことにうつつを抜かすことなく、長命家の娘として、恥じない行動をしなさい」

「……」

「返事はどうした!」

「……はい」


 菊子は父親の背中に向かってべーっと舌を出し、母親が袖口で口元を隠しクスクスと笑っている。菊子は歌手になることを父親に反対されていて、歌手“雛菊”として活動しているのは勿論、カトレア蘭子に弟子入りしていることも秘密にしている。学院を卒業したら、正式にカトレア蘭子の内弟子になる気でいるけれど、カトレア蘭子にはちゃんと両親の許可を受けるように言われているらしい。

 菊子は卒業すれば成人なのだから、自分の意志でどうにかできると思っているようだけれど、大丈夫なのかな? ちなみに母親は菊子の理解者とのことだ。


 さて、同居人(ルームメイト)としては、菊子のご両親に挨拶した方がいいのだろうか? と思いつつ、菊子の両親は別の誰かの家族とお話中で、声を掛けて良い雰囲気じゃない。もしかして菊子の嫁ぎ先候補だったりして……菊子の顔も心持ち引き攣っているように見える。


 菊子、ガンバレ―! 陰ながら応援している。無力な私を許して欲しい。


 改めて辺りを見回すと家族連れが多い。大抵はご両親だけだけど、中には兄弟姉妹も一緒に参加している人も居るようだ。殆どが入学生の家族のようで、院生に進学できるとは限らない……というかほぼ進学できないため、最初で最後の機会とばかり積極的に見学に訪れているのだろう。さすがに院生ともなると、学院祭の期間はつまり(イコール)試験期間であるため、家族の来院は殆どないようだ。単に別行動なだけかもしれないけど。


「………………ぃぃなぁ」


 一応、研究発表会の会場も覗いてみる。用途不明の謎の魔道具が展示されていたり、得体の知れない薬がボコボコと煙を上げていたりする。そこで白根君が入学生ながら魔法理論を発表していた。『劇場等閉じられた空間における声援収縮・拡散魔法理論』とかよく分からないものだったけれど。それから展示物を一通り冷やかし、祭りの喧噪を抜けて比較的人が疎らな場所へと向かう。


「キャハハハハ……」


 視界にお馴染みの兎耳のような巨大リボンが飛び込んできた。一緒に談笑しているのは杏子のご両親だろう。母親はちょっとだけふくよかで、ふわふわとした髪が杏子によく似ている。父親はスラッとして二枚目だけどどこか気弱な感じがして―――


「もうこの子ったらぁ……ウフフフフフ……」


 ズキン。


 私の目線は彼らに固定され、何故かその場から一歩も動けなかった。


「それで素敵な人はいたの」

「ふふふ、まあね」

「男女交際なんてまだまだ早いだろ。お父さんは反対だな」

「まあ、あなた、何を言ってるの。こういうことは早いほうが良いのよ。何たって、うちの杏子は選ばれし運命の娘なんですからね」


 彼らは私とすれ違い―――

 杏子の母親が私の方を見て、すっと視線を杏子の方へ戻し、何事もなかったように通り過ぎる。


 ズキ、ズキ……


「そりゃあ、杏子は可愛い可愛い自慢の娘だからな」


 彼らの声が私の後ろへ遠ざかる――――――


 ズキ、ズキ、ズキ…………                     心臓ガ……痛イ。

   



 私の足は知らず秘密の花園に向かっていた。泣きたいような何だかよく分からない感情が私を渦巻いている。このところ私は変だ。情緒不安定と行って良い。

 こういう時は―――

 エピさんだ! エピさんのあのもふもふの毛に慰められたい!

 エピさん、自分勝手でごめんね。

 これからは、ちゃんとエピさんが杏子に選ばれるように…………嫌ダケド

 ……できるだけ協力するから……今だけはいいよね。


 ガサッ。


 背後から音がした。


「エピさんっ!」

「おい、こらっ!」


 私は振り向きざま思いっきり抱きつく。エピさんのもふもふの毛並み――――――


 じゃない!


 私が抱きついたのはもふもふではなく、硬い何かだった。目線を上げ―――


「え、ええええええっ! あの、その、ごめんなさいっ!」


 私は硬いそれから慌てて離れた。


「これは……どういうことだ?」


 彼―――、夜の人こと月来先輩は、降り注ぐ日差しの下、不思議なものを見るように自分の両の掌を繁々と眺めていた。




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