410 前夜祭
西の空はまだほんのりと赤みを残し、学院全体が薄ぼんやりとした闇を纏っている。校庭に設けられたステージの音響装置から静かに旋律が流れ出し―――
カシャっ。
スポットライトがステージ上を照らす。光の中に浮かび上がったのは、ひらひらの衣装を着たよく見知った女の子だ。
「あ、菊……じゃない、雛菊」
前奏が終わり、雛菊の歌声が校庭を包み込む。あの音響装置、たぶん王都劇場で見た魔道具と同じ物だと思う。
ステージ上の雛菊は、曲に合わせ身体を左右に揺らす。以前は直立不動とまでは言わないけれど、殆ど動きはなかったのに身振り手振りが明らかに増えている。
「何だかんだ言って、しっかりアイドルしてるよね」
ずっと菊子こと雛菊は、『歌手は歌を聴かせるもの。足が露出したフリフリの衣装を着て無意味な動きをするアイドルは邪道よ!』とその存在を否定していたのだけれど、流石に世の中の潮流に逆らえなかったのだろう。ただスカートは若干長めだけどね。
「える・おー・ぶい・いー! らぶりぃデイジー!」
客側最前列で光る棒を振り回し、声援を送っているのは演劇部の石蕗部長だろうか。雛菊ファンとして私も負けてはいられない。でも流石に声を上げるのは抵抗あるので、幻影魔法で陰ながら応援することにする。芸名の雛菊に併せ、花なんかいいかもね。
集中。頭の中で可愛らしい小花を思い描く。
「ドゥームフォルトゥーナ……花よ、舞え」
もちろん呪文なんて必要ないけど、ま、様式美ってヤツですよ。
空中に可愛らしい色取り取りの小さな光の花がパパパパパッといくつも咲き、雛菊を中心にふわりと舞う。雛菊が私に気付いたようで、こちらをちらりと見てウインクした。その結果、ウオオオオオオォ―――という野太い歓声が地鳴りのように響き渡ることになったのだけど。
そして歓声が残響となり、雛菊に替わり石蕗部長がステージに立った。既に日は沈み、仮設の照明がステージを照らす。
「学院祭実行委員長の石蕗である。第22回王立魔法学院祭、前夜祭の開幕をここに宣言する」
そういえば、石蕗部長は学院祭の実行委員長だった。そう考えると、前夜祭に雛菊を呼んだのって完全に石蕗部長の趣味全開だよね。まあ、盛り上がったからいいけど。
ステージでは引き続き、明日以降の武闘大会の予定などを紹介している。
さあ前夜祭開幕である。
開幕の合図と共に特設ステージを囲むように配置された露店のいくつかに明かりが灯り、明日の本番を前にして早々に商売を始める。リンゴ飴、鈴カステラ、瓶入りラムネ、イカ焼き……その中に新聞部のブースがあって、既に人だかりになっていた。新聞部といえば、野茨先輩と鬼頭先輩が所属しているけれど……そういえば、最近野茨先輩の姿を見掛けていないな……。
それにしても一体どうして新聞部に人だかりができているのだろう?
人垣の隙間から覗こうとするのだが、思いのほか人の壁が厚く、奥まで見通せない。殆どが男子学生なのだが、中には女子学生も交じっている。
「Go-da様の生写真、全種類下さい!」
「私は二枚ずつよ! あ、等身大ポスターもね」
「デイジーとメグ様の缶バッチくださーい!」
「あいどる倶楽部の音盤ある?」
何だか聞き覚えのある名前がちらほら飛び交っているような……
「押さないでー! 商品は十分ありますので、順番にお願いしまーす」
いくつもの後頭部の向こうから、拡声器片手にひょこっと顔を覗かせたのは大飛少年だ。多分不安定な台の上にでも乗っているのだろう、ぐらぐら揺れながら客を捌いている。どうやら新聞部は、アイドル養成所全面協力の下、アイドルの写真やら何やらを売っているらしい。中には学院祭限定のお宝もあるようだ。
「お、明日葉ちゃん発見」
「をわっ!」
ポンと肩を叩かれ、振り向くと日向会長の姿があった。驚かさないで欲しい。
「日向会長、こんな処で何をしているんですか? ハッ! ……もしかしてアイドルの商品を買いに来たとか……」
以前王都劇場で会ったこともあるし、もしかしなくても実はアイドルオタク?
「いやいやいや、違うよ。最近薔子姫の顔を見ないから、ご機嫌伺いをと思ってね。残念ながらここには居ないそうだ…………この手のことには嬉々として参加していると思ったんだが……」
何か最後の方はボソボソっとして聞き取れなかったが、兎に角、私だけで無く、日向会長もここ最近は野茨先輩との接触はないようだ。あと、それから―――
「日向会長お一人ですか? エピさんは?」
ついエピさんの巨大な猫の姿を探してしまう。
「ああ、エピなら……いや、アイツほら、ほぼ引きこもりだから…………それより、ほら、こんなものまで売っていたよ」
一枚の写真が目の前に。そこにはどこかで見たような人物が……
「ああ、アイドルのアンジェリカの写真だよ」
これ……、私だ。
化粧して普段よりずーっと綺麗になっているけど、鏡の中によく見る私の顔だ。引退したアイドルを利用して商売するとは、大飛少年もがめつい。
そういえば、アイドル養成所の契約条件ってどうなっていたっけ?
写真の中の私、アンジェリカをじっと見詰める。
「ん? これは……」
ちょっと待って!
写真の中のアンジェリカの髪が一房ぴょんと立っている。寝癖って変身した時に魔法で治らないの?
恥ずーーーーっ。
「これ、日向会長がわざわざ買ったんですか?」
「ああ、折角だからエピに渡そうと思ってね。結構売れ行き良いみたいだよ」
いや、止めて! 寝癖写真なんて恥ずかしい。
「会長、この写真は焼却……」
処分まで言い終わらないうちに新聞部のブースからガヤガヤと学生達が出てきた。それぞれ購入した商品を抱えている。
「アンジェリカの伝説のステージの記録映像、思い切って買っちゃった」
「えーいいな。見たーい」
「いいけど再生する魔道具がないのよね。実家にはあるんだけど……」
「それじゃ、週末に俺の家に集まらないか? 鑑賞会を開こうぜ」
彼らは私とすれ違い一瞬目が合うが、何事も無かったように去って行く。
いやいや、どう見てもアンジェリカは私なのに、気付かないってどういうこと? 私、菊子みたいに眼鏡で顔を隠したりしてないよ? それなのに気付いているのは、菊子と日向会長、それに夜の人だけのような気がする……。
「ん、あれ? エピさん?」
視界の片隅にエピさんの姿があったような気がした。目を凝らすが、斑な闇の中に巨大な猫の姿など見つからない。
「エピさんがこんなところにいるわけ無いか……」
日向会長もエピさんは来ていないと言っていたし……
多分、エピさんは猫の姿を人に見られたくないのだろう。だからこんな人混みに居るわけがないのだ。やっぱり見間違いだろう。
ヒュー……ドーン!
空に大輪の花が咲き、地上を明るく照らす。前夜祭の一大イベント、花火の打ち上げだ。
パラパラパラ……
地上に降り注ぐ光が人ごみの中に巨大な猫……いや、違った。あれは夜の人だ。夜の人こと月来先輩の姿を浮かび上がらせる。
「あ……」
花火の下浮かび上がった彼の姿は、何故か杏子と向かい合っていて―――
ドンドンドン……
コレは花火の音? それとも私の心臓の音?
何だろう? この感情……ワカラナイ……




