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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第4章 たぶん、正義の味方(代役)

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409 学院祭前日

 結局自治会の仕事優先で、私はへ組の“深海カフェ”に関わることは殆どなかった。ちょっとだけ、荷物運びを手伝ったけれど、その際特段嫌な顔はされなかったので、仲間外れにされたとかじゃなくて、本当に自治会の仕事で忙しい私と杏子に気を遣って、声を掛けなかっただけなのかも知れない。

 ただ、「そう言えば“如月明日葉”という人物がいたな」と、その時思い出したような感じではあったのだけれど……。


 ちなみに、杏子はへ組の催し物の手伝いにも自治会の仕事にも殆ど顔を見せなかった。雑用が山積みだというのに、一体どこで何をしているのやら。まあ、杏子が居ても戦力になったかは定かでは無いのだけれど、でも荷物運びくらいならできるでしょ。もうっ。


 こうしてバタバタと忙しい日々が続き、気付けば学院祭前日を迎えていた。学院祭の前日とはいえ、武闘大会の予選や前夜祭が開催され、自治会は大忙し……と思いきや、それらの運営は自治会の手を離れ、実行委員会が担っている。

 と言う訳で、学院中が明日の本祭に向けて大わらわな中、私は手持ち無沙汰で会場設営で賑わう校庭をぶらぶらと彷徨(うろつ)いていた。

 そこにぷーんと漂う焦げたソースの食欲を誘う匂い。

 あそこの屋台では、焼きそばの試作品を作っているらしい。鉄板の上でジュッと言う音と共に麺とソースが絡み合い食欲をそそる。


 ああ、美味しそう。


 別の屋台では、綿飴が上手く巻けないのか悪戦苦闘中だ。完成したものは、ちょとだけ太めの細長い棒にしか見えない。上手く出来るようになる頃にはザラメ(材料)が無くなっているのではないか心配ではある。

 あっちの屋台にはチョコバナナの文字があるけど、まだ店先には並んでいない。残念。

 それにしても、皆楽しそうだ。こういうお祭りって何故か本番よりも、準備している時の方が楽しい気がする。


「やっぱり、私も何か手伝うべきだよね」


 お祭りは準備に参加することに意義がある! 決してへ組のカフェで何か美味しい物を試食してないかな、なんて思った訳ではない。ホントだよ。

 香ばしいソースの匂いに後ろ髪を引かれながら、へ組の出店場所へと向かう。小型のサーカスと言うか占い師でもいそうな紺色のテントの前に『深海カフェ』と書かれた看板と槍を持った謎の魚人の像が立っていた。


 なんだコレ?


 入り口の分厚い布を押し退けて中に入ると、蒼い闇の中にポツポツとぼんやり明かりが灯っている。光魔法だろうか。


 ザワザワザワ……


 何だか奥の方が賑やかだ。


「このダイオウグソクムシって、ちょっと微妙じゃないか?」

「どちらかというと、白いゴキ……」

「それ以上言うな!」


 どうやら衣装合わせの最中らしい。にしては会話内容が不穏だけれども……


「リュウグウノツカイらしさを見せるなら、リボンはもっと長めの方が良かったかしら?」


 董子のお尻の辺りで赤いフリルの付いたウミヘビのようなものがゆらゆらと揺れており、どうやらリュウグウノツカイを模したもののようだ。基本的に男子はちょっとハイカラな喫茶店の給仕(ウェイター)のような蝶ネクタイにベストとズボン姿で、頭に小さな提灯みたいなものを下げていたり、白い甲虫みたいなものを背負っていたりする。


 もしかして、あれってチョウチンアンコウ? こっちは……よくわからない。

 うーん、微妙。


 あそこに小田さんと星野さんがいる。二人とも董子と同じような白いフリルの付いたエプロンを付けていて、異なるのはスカート部分が董子はフレアスカート、小田さんと星野さんは膨らんだバルーンスカートであるところだ。クラゲ……なのかな? うん、これは可愛い。どうやら女子三人は仲良く女給さん(ウェイトレス)のようだ。

 つい自分の制服姿を見下ろしてしまう。何となく疎外感。


 ……。


 ま、そんなことより……。私は董子達の側へと近づく。


「あの……有明さん、何か手伝うことは……」

「きゃっ!」

「え、何? ……えっと、ああ、如月さん」

「もう、驚かせないでいただけます?」


 声を掛けたら、こんな反応が返ってきました。そんなに私って存在感無いかな。忍者とか暗殺者になれそうじゃない? ならないけど。


「あ、ごめんなさい。驚かすつもりは無かったんだけど……何か手伝えないかと思って……」

「ああ、ええ、そうねぇ……、それじゃあ、食堂から食器を借りてきてくださるかしら? 一年へ組と言えば、渡してくれるはずよ。眼鏡クンをつけるわ。二人で行ってきて」


 董子がくいっと顎で傍らを指し示す。辺りの薄暗さに気付かなかったけれど、そこには闇に溶け込むように制服姿の男子学生が存在した。彼も忍者向きかもね。


「あー……うん、……えーっと、よろしく……」


 眼鏡クンがボソッと言う。どうやら眼鏡クンは、クラスメイトの間でもやっぱり眼鏡クンらしい。半ば追い出されるような形で、眼鏡クンと食堂へ向かうことになった。まさに董子に顎で使われているなあ。それにしても、何となく眼鏡クンに距離を取られているような気がするんだけど……気のせい?

 私達は並んでテクテクと歩く。


「…………」

「…………」


 沈黙が重っ。

 流石に沈黙に耐えきれなくなって話題を探す。


「眼が……じゃない……皆みたいな衣装を着ないの?」


 うわっ、眼鏡クンの名前を失念しちゃったよ。私も大概失礼だな。


「ああ、僕は裏方だから……」

「そうなんだー。接客担当だけが仮装……衣装を着るんだね」


 うーん、眼鏡クンの名前が思い出せない。うーん、うーん、何だったかなあ……などど悩んでいたら、向かいからしゃなりしゃなりとオーラを放つ美女が近づいてくる。うん、間違いなく師匠ですね。それにしても何を気取っているんだか。


「よお、明日葉。楽しんでるか? ほら、リンゴ飴をやろう」


 学院祭本番前から楽しいでいるのは、師匠の方だと思う。食べかけのリンゴ飴を私の口元に押し付けてきた。これ絶対、途中で飽きたに違いない。


「ほれ、ほれ」

「むうぅ」


 仕方が無いので、リンゴ飴にバリッと齧り付くと、歯形を残して中からシャリッとリンゴが覗いた。隣には師匠の歯形が仲良く並んでいる。


「明日葉は昔、リンゴ飴は中まで飴で出来ていると思っていたんだよな。中からリンゴが出てきて泣きべそ搔いてたもんな」

「掻いてないもん! そんな昔の話をしなくても……子供の可愛い勘違いじゃない。もぅ」


 ペロンとリンゴ飴を嘗める。

 周りから、あの美人は誰だという声が聞こえてくる。師匠は無属性担当、つまり私専属の特別講師だから、学院内では、余り知られていないようだ。


「あ、あの……如月さんのお姉様ですか?」


 眼鏡クンはレンズ越しに眼をまん丸にして、師匠と私を見比べている。私と親しげにしているから、家族と思ったのかもしれない。でも華やかな美人の師匠と地味な私では余り似ていないから半信半疑といったところだろうか?


「おしいっ、外れ。よし、惜しかった君にはこの鈴カステラをやろう」


 姉と呼ばれたことに、師匠は上機嫌だ。油の染みのあるハトロン紙の袋を眼鏡クンに手渡した。いいなあ……いや、じゃなくて、どう考えても社交辞令でしょ。


「え、それじゃあお母様?」

「残ねーん、遠くなったー」


 別に遠くなってないから。成人の子供がいる二児の母が厚かましい。


「え、こんなに似ているのに?」

「ん?」


 聞き間違いだろうか、眼鏡クンが何だか嬉しいことを呟いたような気がする。


「げ、お袋。何故こんなところにいる?」


 ザザザザっと勢いよく駆け寄って来たのはバカ竜胆だ。


「よっ、息子元気でいたか?」


 空かさず師匠が竜胆の頭に腕を回し、ヘッドロックを決める。


「おわっ、離せ!」

「ということで正解は、天城竜胆の母でした。じゃあ、愛しの息子に学院内を案内してもらおうかなーっ」

「は、はあ……天城先輩の……」


 師匠、眼鏡クンにも呆れられているよ……


「おっ、おい、案内しなくても、お袋なら学院のことはよく知っているだろ。それに俺はこれから武闘大会に出場するから構っている暇なんて……」

「じゃあ、出番までは時間があるね。応援してやるから、少しは親孝行しな。じゃあ、明日葉また後でねー」

「あ、おい引っ張るな」


 師匠は竜胆を引きずるようにして、去って行った。


 師匠にとって私は一番じゃないんだよね……


 ツキンと胸が痛んだ。


「さあ、眼が…………眼鏡クン、食器を取りに行こう」

「あ……、うん」


 もう思い出せないし、面倒だから眼鏡クンでいいや。

 食堂から深海カフェまで食器を運び、本日の仕事は終了。後は、武闘大会の予選を見学する。竜胆と白百合の君は余裕の予選突破。本戦は明日。


 そうこうしている内に、日も暮れてきて―――

 さあ、お待ちかね。いよいよ王立魔法学院、学院祭開幕!





 で、眼鏡クンの名前は……

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