406 秘密の花園にて2
遅くなりました。
「おやぁ? お邪魔だったかナ?」
何とも気の抜けた台詞を伴って、長い黒髪を靡かせた美女の登場である。背後には精悍な黒い獣の姿もある。
「え、何でここにいるの?」
何処ぞの大女優かと見紛う雰囲気を纏い現れたのは、紛うことなく師匠だった。ムー君が片方の前足を上げて『ギャ』っと挨拶してくる。ああ、うん「ぎゃ」。
それにしても、師匠には何度も同じ問い掛けをしている様な気がする。気のせいだろうか?
「何でって、魔学の庭なんだから、職員や学生にフツーに開放されているし、特別講師の私がここにいても別におかしくはないでしょ」
「それはそうだけど……」
今まで秘密の花園で会ったことがあるのは、エピさんと日向会長の二人だけだった。そのため、他の人は入れないものだと無意識のうちに思い込んでいたらしい。
「しっかし、こんなところで相引きとは、やるねぇ。昔の初なアンタじゃ考えられないわ。ホント、都会は怖いねぇ……」
「えっ、違っ!」
私はエピさんにしがみついたままだったのに気づき、慌てて離れた。モフモフな温もりが無くなって何だか寂しい。と思ったらムー君がスリスリしてくれる。いや、だから力加減……。
「まあ、照れなさんな。まさかアンタの好みがこういう毛深いタイプとは意外だったねぇ……てっきり、鬼頭商会の倅に入れ上げていると思っていたのに……」
「え、ししょー違うから、いや、違わないけど、でも違う」
エピさんとは、そんなんじゃなくて、いや、それより、もしかして私の恋心バレバレだったの?
混乱状態に陥った私を師匠が悪戯っ子の様にニタニタと笑って見ている。
あ、これは完全に揶揄われている!
「ま、アンタ達、在学中は健全な付き合いにしておきなさいよ」
「もう、ししょー! エピさんに失礼でしょ」
揶揄うにも限度ってものがあるんだからね! そんな下品な事を言う師匠は嫌いだ。デリカシーってものが無いの?
私はプクッと頬を膨らませる。
「おーい、エピ。腹減ったー何か食いも…ん…… あれ? お客さん?」
更にそこに無神経にも空気を読まず日向会長の登場である。いや、会長には何の落ち度も無いですけどね。何となく。
日向会長は私と師匠の顔を交互に見ると、何かを納得した様子で頷き、口を開いた。
「明日葉ちゃんのお母様……かな? いやあ、母娘揃って、凄い美人ですね」
「おいおい、少年、そこはお姉さんだろ」
美人と言われて満更でも無いみたいなのに、師匠は更に上を要求してくる。私より年上の息子が二人もいるのに図々しい。
「あとそれから、外れ、ね。私は明日葉の母親じゃない」
「こんなに似ているのに、母娘じゃない?」
私と師匠って似てるかな? 今まで似ているなんて言われたこと無いけれど。
会長は私と師匠の顔を更にじっくり見比べる。う、そんなに見ないで欲しい。恥ずかしい。
「あの、こちらは天城三千代。臨時教師にして、私の師匠かつ、クソ竜……天城竜胆の母親です」
「特別講師ね」
師匠が何も言わないので私が代わりに紹介したけど、そこ拘るとこ?
「失礼しました天城特別講師。私は現自治会長の日向葵と申します。……しかし、竜胆の……? と言うことは天城先輩の母上でもあるのか……あまり似てないな」
師匠は耳聡く日向会長の後半の独り言を拾った。
「あの子達は、父親似だからね。でもほら、耳の形はそっくりだろ」
師匠が髪を掻きあげ耳を見せる。ちょっとだけ日向会長の頬が赤く染まった。
「そう言われても……」
師匠、それは微妙だと思う。
「これはまた二枚目の登場じゃないか。で、アンタの本命はどっちだい?」
師匠が私の耳元でこそっと囁く。
だーかーらー、そんなんじゃないって!
日向会長は何だか解せないという表情を浮かべていたけれど、これ以上考えても仕方が無いと思った様だ。まあ会長がどう思おうと真実は覆せないからね。
「んー、まあ、それはそうと、エピ何か食い物はないか? お、あった」
会長がガゼボに置かれたエピさんの荷物を勝手に漁る。さっきまで気取っていたのが台無しだと思う。ランチボックスを取り出し、蓋を開けると美味しそうなサンドウィッチがぎっしり詰められていた。いつも私のこと食いしん坊扱いするけれど、間違いなく会長の方が食いしん坊だよね。
「お、美味そうだね。どれ、一つ」
師匠が手を伸ばし、バクッと食いつく。師匠、あまりにも礼儀がなっていない。
「ししょー、失礼でしょ! エピさん、ウチの師匠が勝手にすみません」
「何だ、明日葉、あんたはいらないのかい? それじゃアンタの分は私が頂くとしよう」
「いるに決まっているでしょ」
師匠に奪われる前に慌ててツナサンド二つ確保。
『くぅ〜ん』
う、ムー君からも圧力が……。
一つはムー君へ。そこに師匠の登場で姿を消していた猫耳精霊達も再び姿を現す。いやいや、あんた達は食べられないでしょ。
「似たもの師弟だな」
エピさんがボソッと呟く。ほら、師匠と同類と思われたー!
でもエピさんのサンドウィッチには抗えない魅力があるのだ。ぱくっ。おいしー!
「しかし、竜胆の母上が何故こんなところに? 明日葉ちゃんが連れて来たのかい?」
私は口をもぐもぐさせながらブンブンと首を振る。いえいえ、師匠は神出鬼没なんです。私がこの場所の秘密を漏らしたわけではないです。
「いや、別に責めている訳じゃ無いんだ。ここには簡単に入って来られない筈だから、不思議に思ったんだよ」
「そりゃまあ、普通の人は入って来られないでしょうね。この一画は認識阻害魔法がかかっているもの」
師匠がサラッと言った。
「ふふふ、ちなみにその魔法を掛けたのは私ね」
師匠がドヤァと胸を張る。
「それって何十年前……テッ!」
師匠からデコピンが飛んできました。
「私ってば、学院在学中は自治会役員やらされてたんだけどさー。ほら、自治会室って誰でも出入り自由だからね。落ち着いて仕事ができる場所が欲しかったのよ。それで庭園の一画に認識阻害魔法を掛けたってワケ」
そんなこと言ってるけど、きっと師匠のことだからサボる場所が欲しかっただけだよね。ここに来たのも昼寝でもするつもりだったに違いない。
「懐かしいわぁ。この場所に入るための鍵を当時の仲間達に一本ずつ渡して、卒業の時に後輩に引き継いだのよね。今の持ち主は、少年達かしら?」
エピさんと日向会長を少年と呼ぶのは、やはり師匠の重ねた年齢が為せる技だろうなあ……
「なぁに、明日葉」
「いえ、何でも……」
師匠にキッと睨まれる。何故私の考えていることが分かった……。
「私は先々代の自治会長から、鍵を引き継ぎました。私も卒業する時には信頼できる者に引き継ぐ予定です。その鍵はここにいるエピ、エピフィルムに渡してあります。私は鍵が無くても、問題なくこの場所に出入りできますから」
師匠は鍵が無ければここに入られないような事を言っていたのだけれど、会長はそれを否定した。それについては、私も会長に同意である。
「師匠、私も鍵なんて持っていないけれど、迷わずにここに入って来られるよ?」
一度秘密の花園に入ってしまえば、認識阻害魔法が効かなくなるとか? でもそれだと鍵の存在に意味がないよね?
「ああ、たまーに居るのよね。認識阻害魔法が効かない“真実の眼”を持っている奴が」
“真実の眼”? 何それ、それって私も持っているの?
「まあ、後で分かったんだけどさ、真実の眼を持ってる奴って、精霊憑きのことだったわ」
ああ、なるほど、そういうことね。ということは、会長も精霊憑きなのか。お仲間発見。
「でもそれじゃ、認識阻害の魔法の意味が無いんじゃ…」
「そもそも庭園に興味のある学生や職員がそんなにいる訳ないじゃん。その上更に精霊憑きなんて、レアもレア、そんな奴はもう変人だね」
師匠はキッパリ言い切った。
「師匠、それは偏見じゃない?」
「とにかく、そんな変人は滅多に居ないって。実際、そんな奴ここに来たことあるかい?」
ここに一人……
「当時の庭師が“真実の眼”持ちでね、ま、だから気兼ねなくこの一画に認識阻害魔法を掛けられたんだけどさ。世話してくれる人がいなきゃ直ぐに荒れちゃうもの。念のため、鍵も渡してあったけど、あの鍵どうなったのかしらね?」
ちゃっかりしている。
「多分、その鍵は代々庭師に受け継がれていると思う。今ここが手入れされているのが何よりの証拠だ」
日向会長が言った。
秘密の花園は薔薇の最盛期が終わり、四季咲きの薔薇がポツポツと咲いている程度で少し寂しく思うけれど、下草は綺麗に抜かれ、葉は青々とし、花殻も摘まれて秋薔薇の準備が整っている。この庭がちゃんと手入れされているのは一目瞭然だ。全てはエピさんの力があればこそ。私も偶に手伝っているし……あれ? 待って。
「会長は、薔薇園を維持してもらうためにエピさんにここの鍵を渡したんですよね」
「ん?」
会長がおかしな事を聞いたとばかり、首を傾げる。
「えーっと、エピさんって庭師ですよね?」
エピさんを見上げる。エピさんは何処か遠くを眺め佇んでいた。もしかしたら運命の娘……杏子のことを考えているのかも知れない。何か……ヤダな。
「明日葉ちゃんは、エピのことずっと庭師だと思っていたのか?」
「え? だって、庭師ですよね?」
私、庭仕事の手伝いをよくしてますよ。雑草を抜いたり、花殻を摘んだり、カメムシを駆除したり……。
「いや、エピは特別留学生だよ。落ち着いて過ごせる場所として俺がここを提供したんだ」
またもや特別が登場したよ。そうかエピさんは庭師じゃ無くて、特別留学生なのか……
「え? ということは、エピさんって、もしかして私と同年代?」
まあ留学生でもとっくに成人している人もいるけどね。
「お前は、俺を何だと思ってたんだ?」
頭の上から声が降ってくる。いつの間にかエピさんが私をジッと見下ろしていた。
何か冷や汗がたらたらと……
「えーっと、呪いで猫の姿になった元王族で、国を追い出されて庭師になったおじさん?」
もちろん、そんなこと言えない。




