401 【記憶】
教室の窓から穏やかな陽光が降り注ぐ。
「で、あるからして……すべからく…………すなわち………………」
ぽかぽかとした陽気とボソボソとした平坦な呪文のような声が、うつらうつらと眠りの世界へと導く。
「……世界……は…………魔王様のために……」
スッと日が陰り、アンズは身震いして机に臥していた顔を上げた。
「あれ? 私……、寝ていた……の?」
一瞬状況が掴めず、辺りをキョロキョロと見回す。
「おかしいわ……」
広い階段教室にはそこに居るはずの教師も学生達の姿も無い。誰も存在しない薄暗い空間が広がっている。先程までは確かに多くの学生達が睡魔と戦いながら老教師の講義を受けていた筈だ。
窓の外は既に夜が訪れたかのように闇で満たされている。
「これは……、みんなは一体何処へ行ってしまったの?」
アンズは無人の教室を抜けだし人の姿を探す。しかし、建物全体が静まり返り、人っ子一人居ない。
「誰かいませんかー」
問い掛けの声がやけに反響する。
アンズは暗い廊下を抜けると中庭に出た。宙には禍々しい赤銅色の月が浮かぶ。
カサッ―――
と、物音がした。
「あ……無事だったんですね。あの、私……痛っ!」
漸く人影を見つけ、駆け寄るアンズの脚に痛みが走る。見ると足首に薔薇の蔦が絡みついていた。
「フフフフ……」
艶やかな深紅の巻き毛の女性が扇で口元を隠し不敵に笑う。黒いタイトなドレスには大胆にも深くまでスリットが入り、足を踏み出す度に黒い薔薇柄のストッキングに包まれた太腿を惜しげも無く晒す。
パチン。
扇を閉じ、真っ赤なルージュが引かれた唇の端を上げて、妖艶な美女が見下すように嗤う。黒薔薇の暗紅色の花びらが辺りに舞った。
「わたくしはブラックローズ、魔王様の美しき薔薇」
暗紅色の花びらが舞い散る中を一頭の銀色の蝶がひらひらと横切る。
一閃。
二つに切断された蝶がポタリと地面に落ち、光を映した刃を手に凛とした女剣士が鋭い視線をアンズに向ける。長い銀髪は後ろ頭の高い位置で一つに結わえられ、動きに合わせサラサラと流れる。しなやかな肢体は胸と腰の部分を黒い光沢のある革鎧で覆われ、左右のスリットから黒革の脛当てをした脚がスラリと伸びる。
「ブラックリリィ……忠実なる魔王様の剣」
構えた刃が黒い光を放ち、妖しく揺らぎ―――
背後の暗闇に点々と金色の小さな光が浮かぶ。
グルグルグルゥ……
黒い獅子と黒い虎が、肩を並べのそりのそりと姿を現す。
ガア-ッ!
ピシッ!
獣達が牙を剥き吼え、間髪を入れず鞭打つ音が響いた。
黒を基調としたレオタードに網タイツ、燕尾服のような短めの上着に、紫髪の頭には帽子をちょこんと乗せ、手には鞭―――曲馬団の猛獣使いのような衣装を着た少女が、これから興業が始まりますよとばかり腕を胸の前で折り、軽く会釈する。
「魔王様の可愛い獣使い、ブラックバイオレット。以降お見知りおきを」
再びビシッと鞭が撓る。
「アアアアアアアァーーー……」
叫び声にも似た妖しい歌声が響き、周辺の空気がピリピリと震える。アンズは咄嗟に耳を塞ぎしゃがみ込んだ。目の前で赤銅色の薔薇の花びらがズタズタに引き裂かれる。
コツン、コツン……
両肩を見せ胸元が大きく開いた黒い絹のドレスを纏った歌うたいが、ヒールの音と共にアンズの前に現れる。見ると薄い布を幾重にも重ねたスカート部分からほっそりとした脚が透けて見えた。
「魔王様の愛しき歌姫、ブラックデイジー。ようこそ私のステージへ」
歌うたいはにこりと微笑むと、結い上げていた茶色の髪を風に解き―――
「アアア、アアアァッーーー……」
高らかに歌い上げた。
気が付けば、アンズは四人の美女に囲まれていた。慌てて立ち上がり、その輪から逃げだそうとするが、脚に絡みついた薔薇の蔦が邪魔をする。
「わたくし達は魔王様の忠実な僕……これはほんのご挨拶ですわ」
四人の手の中で黒い光が渦を巻く。
「「「全ては魔王様のために」」」
四つの黒い光はアンズに向かい放たれ、アンズは縮こまりギュッと目を―――
バアアァンッ!
世界が弾けた。
「…………で、あるからして……すべからく…………」
アンズは突っ伏していた顔をガバッと上げた。老教師が訝しげに片眉を上げ、アンズに視線を向けるが、すぐに興味を失い講義に戻る。
「一体、何が起こったの……?」
窓の外には赤銅色の月など無く、太陽の光が降り注ぐ。教室内では陽気に誘われ学生達が船を漕いでいる。
「あれは……夢?……痛っ」
アンズの足首がズキズキと痛んだ。
***
ライバル令嬢がいきなり悪役令嬢になってしまった。
それもまさかの四天王……
でもこの戦隊モノみたいな登場シーンはないと思う。衣装も露出多過ぎだし……変に力入っているけど、これって乙女ゲーム……いや、女の子向けゲームだよね?
思わずソフトのパッケージを確認。パッケージ裏にはいつもの制服を着た四人のライバル令嬢達が並んでいる。
それにしても雛菊や菫では、薔薇や百合に比べると小粒感が強いなあ……。
でも何でわざわざ主人公に挨拶に来るかねえ。悪巧みは水面下で動いた方が良くない? というか政府の中枢機関でもない一教育機関に過ぎない魔法学院を活動の拠点にする理由が分からない。まあ、そうしないと物語が成り立たないのだろうけどさ。
まさか、どこかの悪の組織みたいに「世界征服の一歩は子供の頃からの洗脳だ」なんて気の遠くなる長期的作戦を考えている訳ではないよね?
で、だ―――、魔王とか、一体何処から湧いて出た?
(寮の部屋にて)
「うーん、薔薇や百合はともかく、菫や雛菊では、悪の幹部として華がないと思うんだよね。四天王はやっぱり貫禄がなくちゃ。例えば……」
『ふんっ、小娘達が青いわ!四天王を名乗るとは片腹痛い。真の四天王は私達』
『妖艶なるムード歌謡の女王、カトレア蘭子』
『麗しき歌劇団のプリマドンナ、君影鈴蘭』
『傍若無人な時空の美魔女、天城三千代』
『華麗なる包丁さばき! 厨房の主、食堂のおばちゃん!』
「アスアス止めて! おかしな妄想に私の先生を巻き込まないで!!」




