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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第3章 たまに冒険者

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321 帰るまでが冒険です。

 ゲシッ!


 日向会長が石棺の蓋を足蹴に閉じ、そこにペシッとお札を叩き付けた。お札はそよ風によって石棺の表面をスススと移動していく。


「かいちょー、ふーいん、終わったのぉ?」


 杏子が何とも気の抜けた声を掛け、日向会長はイラッとしたように顔を歪めたが、学院の王子様としてそれでは不味いと思ったのか、瞬時に表情を元に戻した。

 そうだよね。偶に忘れてしまうけれど、日向会長も私と同じまだ十代の若者に過ぎないんだよね。いつもいつも、人生経験の積んだ好々爺のように寛大ではいられないよね。でもこの程度で済むなんてホント人格者だと思う。

 杏子の所業といえば、不用意に大声を上げドラゴンを刺激し、私達を置いてサッサと戦線離脱し、考え無しに“悪しきモノ”(?) をギョホホホーっと解き放ったわけで……

 私なら……


「てめーのやったことよく考えな!」


 とか何とか罵ってたかも。あ、勿論言わないよ。心の中で思ってみただけ……


「あのねぇ、佐倉さん、あなたご自分の行ったことを分かっていらっしゃるのかしら? あなたは、封印すべき“悪しきもの”を解き放ってしまったのですわよ!」


 代わりに野茨先輩が杏子を責め立ててくれたが、当の本人はキョトンとしている。


「ちょっと、佐倉さんっ! 何を考えていらっしゃるの!?」

「野茨せんぱい、こわーい」


 杏子がサッと紫苑先輩の後ろに回り込み盾にした。


「まあまあ、部長、あんずも悪気があったわけでもありませんし、ここは一つ穏便に……」

「あのねぇ、悪気があったら、それこそ大問題じゃないの!」

「えーっ、あたしは悪くないモン! どうなっているか中を見たかっただけだモン! 宝物を探していただけだモン!」


 モン、モン、モンと杏子はぷくっと可愛い頬を膨らませた。


「わかってる。あんずは何も悪くないよ。不可抗力だよ」

「だよねぇ、しーちゃん。にこっ」


 “にこっ”て……

 そう、この子はいつだって心の赴くまま行動し、全てが許されてきたのだ。


 ―――だあって、あたチぁ、***ちゃんとチがってぇ、トクベツなんだモン。


 あれ? この記憶は何だろう?


「おい、一応コイツで封印しておくか?」


 月来先輩が私の目の前で、人差し指と中指で挟んだお札をちらちらと揺らしている。いつの間にか石棺の上から摘まみ上げていたらしい。月来先輩の視線がジッと私に向けられる。


「……ん?」


 えーっと、何かを要求されている?


「あ、ああ、そういえば……」


 私は亜空間収納から“精霊の女王”から渡された粘着テープを取り出した。

 まさかこれが役立つ時が来ようとは……

 粘着テープで石棺と蓋との隙間を目張りし、ぐるりと一周する。


「これで、よし!」


 ……なのだろうか?


「ほら、これも貼っておけ」


 月来先輩にお札を手渡される。こういうのってさ、物語だと謎の力でくっつくよね。でもここは現実世界、糊が必要なのである。もちろん糊なんて持ち歩いていないので、粘着テープで貼り付けるしかない。お札を封緘紙のように蓋と本体部分に跨がるようにして、上と下の部分を粘着テープで留める。

 見栄えが悪くて、何とも締まらない。

 でもまあ一応、封印完了。何を封印したのか知らないけれど……、石棺の中に希望が残っていることを期待しよう。


「今度こそ、ふーいん終わったぁ? じゃあ、精霊のじょおー様からあのキラキラした王冠が貰えるね。楽しみー」


 いや杏子、あんたまだ報酬を貰う気でいるの? その図々しさすごいわ。


「あなた、本当に厚かましいわね」


 勿論口にしたのは野茨先輩で私ではない。私の言葉は心の内だ。そもそも杏子と私はそんなことを気軽に言い合えるほど親しい関係にあるわけでもないし、下手したら悪役令嬢……の取り巻き…の取り巻きぐらいに認定されて最後に断罪されてしまうかも知れない。私は穏やかな学院生活を望んでいるのだ。それに……心の片隅で紫苑先輩に好かれないまでも嫌われたくないと思ったのかもしれない。


「それじゃあ、帰ろうか」


 どこか覇気の無い日向会長の号令で、私達はとぼとぼと帰路につく。精霊からの依頼とはいえ、私もどこかで報酬を期待していたのだろう、無駄足に終わったことでどっと疲れが襲ってくる。もしかしてこれが魔力枯渇と言うヤツかも知れない。


 “ヤッパリ、シナリオ…ハ、カエラレナイ…ノネ……”


「えっ?」


 よく聞き取れなかったが、“おもいで精霊”が何かを囁いたように思う。

 それとも幻聴だろうか?

 私達は元来た道を無言で歩く。行きより帰りが大変ってホントだね。帰るにしても帰還の呪文で瞬時にとはいかないのだ。ここから抜け出すためには、階層の繋ぎ目(ポータル)まで移動しなければならないらしく、幸いなことに階層の繋ぎ目(ポータル)は、ここからそれほど遠くない軍の駐屯地の側にあるらしい。


「へー、こんなところに駐屯地なんてあるんだ……でも、そもそもここ何処?」


 ダンジョンの中にこんな世界が広がっているなんて考えもしなかった。


「馬鹿だな、お前。そんなことも知らねえのかよ」


 竜胆が鬼の首でも取った様に嬉々として私に説明を始める。はいはい、私は無知ですよ。でもドラゴンの首を取ったのは私ですからね。言えないけど。

 竜胆が言うには、何でもダンジョンとは、異世界と繋がっている場所を言うらしい。異世界と言っても殆どが空間溜まりと呼ばれる、閉じられた小さな世界で、その空間溜まりがいくつも数珠繋ぎになっている場合は、その各々の空間溜まりを階層と呼ぶ。このダンジョンの場合はこの空間だまり(異世界)一つと繋がっているらしい。ただし、現時点で確認されているところは、である。これだけ広い空間溜まりと繋がっているダンジョンは珍しいらしく、軍隊が次の階層を探して現在調査続行中という訳だ。

 もしかしたら、精霊界? も私達が簡単に行き来できないだけで、このダンジョンと繋がっているのかもしれない。


「でも、もし世界の繋がりが突然消えてしまったら、この世界に閉じ込められて、私たちの世界に戻れないんじゃないの?」

「馬鹿だな。そうならない様に、世界の繋ぎ目を空間魔法で強化してがっちり固定してんだよ」


 ムカッ! 何度も馬鹿って言うな。

 でも空間魔法は無属性の魔法。えっへん、私の属性である空間魔法は優秀じゃないですか! まあ、私はそんなことできないけどね。

   世界の繋ぎ目(ポータル)に向け私達は再び黙々と歩き続ける。


「ねー疲れた。空飛んで行けないのぉ? さっきの猫ちゃんたちよぼーよ」

「ご冗談でしょ。あんなものにもう一度乗りたいなんてどうかしてらっしゃいますわ」


 高所恐怖症と思しき野茨先輩は否定的だけど、確かに山猫の行商人の飛龍達が居れば楽だよね。その辺を飛んでいないかと空を見上げると黒い点が見えた。それがドンドン大きくなって―――


「ん?」


『グギャアーーーーア』


 何か吼えた。


「なあに? あの猫ちゃんたち?」

「どうしたらそう見えるんですの? どう見たって、その様な友好的な相手ではないでしょう!」


『グギャギャギャ、グギャアーーーーア』


 一難去って、また一難。巨大な鴉のような生物が襲ってくる。

 私達に大きな怪我は無いものの、疲労困憊といった状態である。魔力量のゲージと言うものがあるとするならば、さっきのドラゴンとの戦いで既に空っぽだろう。それは先輩達も同様で……


「んん?」


 巨大鴉の遙か上空に何だが見覚えのあるものが……ぐにょんと空間が歪んだように見える。そこからポイッと何かが吐き出され、一直線に落下し―――


『ギャアァァァ!』


 巨大鴉の脳天を貫通した―――ように見えた。


 ドーーーーン!


 巨大鴉が地面に打ち付けられ、動かなくなる。


「「「…………」」」


「おい、何があった……?」「魔獣にも突然死があるのか?」「隕石にでも当たったのでしょうか?」「まさか、一体どれだけの確率だよ」「ここダンジョンの中ですのよ?」


 私は地面にめり込んでいる石を掘り出し、掌の上で石を転がした。


「……」


 どこにでも転がっている何の変哲も無い石なのだが、その石には印が付いていて……

 ものすっごく見覚えがある。

 それは私が有明先生の補講を受けていた時に亜空間に投げ入れた石だった。


「もしかして……ダンジョン内に…繋がっている……?」


 えーっと……私、亜空間にそこそこの数の魔獣を放り込んだんですけど……


「ははは、まさか……ね…………」


 私は石をその辺に放り投げた。


「さあ先輩達、頑張って帰りましょう。帰るまでが冒険です」

「おい、いきなりどうした?」


 月来先輩が訝しげな顔を見せる。

 亜空間の向こう側に繋がっている人か、魔獣か、何かさん、ごめんなさい。今のうちに謝っておきます。

 いつか空から魔獣が降るかも知れません。



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