317 いざ行かん!
「翼竜がこれ以上先に進むのを嫌がっている。みんにゃ、ここで降りるぞ」
私達を乗せた三頭の翼竜が、草を波立たせ降り立つ。
山猫の行商人が言うには、翼竜が黒い光の柱に近づくのを嫌がっており、ここが近づける限界とのことだった。
「これでもかにゃり無理して近づいているんだ。理解して貰いたい」
視線の先の天と地を結ぶ漆黒の柱は、ここからだとまだ遙か遠くに思えるのだが、これでもかなり近づいた方らしい。遠目には単なる一本の黒い柱に見えていたものは、柱の中心部の闇が最も濃く、中心から遠ざかるにつれ薄くなり、それが重なって一本の太く黒い柱に見えていたようだ。そう言われると、この辺りも薄らと暗いような気がしてくる。
「仕方が無いさ。ここまでで十分だ。この先は自分の脚で歩いて行くことにするよ」
日向会長は翼竜から華麗に飛び降りると、右手をサッと差し出す。そして、その手に野茨先輩が優雅に左手を重ね地面に足を下ろす。流石、学院の王子様と白薔薇の君、まるで映画のワンシーンのようだ。その向こうでは杏子が紫苑先輩に抱えられるように翼竜から降りていた。
チッ。
で、私は自力でポーンと飛び降りましたよ。背後で月来先輩が何やら右手をにぎにぎしていたけれど…………
えーっと、…………何か、申し訳ない。
「にゃにゃにゃ、この先はにゃんだか嫌な感じがするにゃ」
「そうにゃ。嫌な匂いにゃ」
「この先は危険だと髭先が訴えている。悪いことは言わにゃい―――」
三匹の行商人達が鼻を高く上げヒクヒクと動かし、風の匂いを嗅ぐ。
「今にゃらまだ間に合う…………にゃんと! 聖剣を特別価格でご提供中、これが聖剣を手に入れられるラストチャンス! にゃ」
いつの間にか山猫の行商人が件の金ぴかの剣を抱えていた。
「いえ、結構」
が、紫苑先輩は即座に却下。
「えーっ、買うにゃ。役立つにゃ」
「そうにゃ、そうにゃ」
白毛と黒毛の援護虚しく、紫苑先輩の財布の紐が緩むことは無かった。
何はともあれ、こうして私達は魔王退治? へと一歩踏み出したのである―――あ、何か冒険小説っぽいかも?
草原を進んでいくと空気中に混じる黒い油煙のようなものが徐々に増えてくる。
「うーん、これって人体に影響ないのかな?」
いくら“精霊の女王”に頼まれたからといって義理立てする必要もないし、女王とはいえ正体はアレだから、精霊の単なる思い付きや悪戯の可能性も大きい。
無理して私達が危険を犯す必要なんてなくない?
「ねえ……」
そう思って周りを見ると―――
「精霊の財宝が貰えれば、我が領の財政も改善……」
「あの綺麗な王冠を載せた私って、間違いなく可愛いー、というか綺麗―っよね」
「精霊憑きになって、精霊とお友達に……」
「精霊との取引で何か珍しい物を仕入れて……」
「精霊の力があれば、もしかしたら……」
皆、何やらやる気になっていた。欲望の力って凄いね。
こうして私達は黒い柱の下へとずんずん進んでいった。黒い柱の中心部に向かうにつれ、魔獣と呼ばれる生物がぽつりぽつりと登場するようになってくる。
まあ、現れた瞬間、先輩達が倒してしまうので、購入したばかりの私の剣の出番はないけどね。……うん、いいことだ。
流石に血しぶきが上がると、杏子はキャーキャー悲鳴を上げていたけれど、その気持ちは痛いほど理解できるので、何も言うまい。ただ、それも繰り返しているうち、あまり気にならなくなってくる。慣れって怖い。
「サンダー!」
目の前で日向会長が雷の魔法を放ち、猪型の魔獣が黒焦げになった。何か美味しそうな匂いを放っている……
うーん、果たして夕食までに帰れるのだろうか?
辺りは大分暗くなってきているけれど、日没が迫っているせいなのか、黒い油煙のようなものが増えたせいなのか、判断できない。そもそもダンジョンに昼夜があるのかも謎である。
ガサッ! ガサガサッ……
突然傍らの草叢が揺れた。
「魔獣!?」
私達は咄嗟に武器を構える。剣を握る手に自然と力が籠もった。
ガサガサッ……
赤い何かが草叢に混じって見えたような気がする。
ガサッ……
そして、それが姿を現し―――
「あれ? 何故こんな所に会長達がいるんだ?」
何とも間抜けな声と共に草叢から現れたのは、剣を構えた赤毛の天城竜胆だった。背後には高砂小百合先輩の姿もある。
「いや、それはコッチの台詞なんだが……」
もしかして、竜胆と高砂先輩も精霊の泉に落ちた……とか?
「ここは、ダンジョンのかなり深い位置になります。私達は軍の動員でこの場におりますが、現在この辺りは一般の人が入れぬよう、立ち入り禁止措置が取られている筈なのですが……」
高砂先輩も困惑した様子を見せている。後頭部で髪を一つに束ね剣を携えた女剣士姿は、いつにも増して某女子歌劇団の男役を彷彿とさせる。兎に角格好いい。流石白百合の君、女子人気が高いのも納得である。
「あら、立ち入り禁止措置なんて、穏やかじゃないわね」
竜胆と高砂先輩の話では、ここは騎士科の院生達が訓練に使用するよりも更に深い場所であるらしく、私のような初心者が来るようなところでないらしい。
いや、私も別に来たかった訳じゃない。
彼らがここに居る理由は、どうやら泉に落ちたわけではなく、あの黒い柱の所為らしい。何でも黒い柱が現れてから魔獣が凶暴化したとかで、ダンジョンに入る人達に被害が相次ぎ、軍部が調査に乗り出すことになったとのことだ。調査にあたり、一般人が立ち入らぬようこの一帯を封鎖し、騎士科の院生を動員して手伝いをさせているらしい。ホント、お疲れ様である。
「俺たちは、魔獣による被害者がいないか警邏にあたっているんだ。さあ、お前も危険だからサッサと帰れ。会長も初心者をこんな危険な場所に連れてこないでくださいよ」
竜胆が私を睨み付けるようにして退去を命じる。ああ、ムカつく。軍が背後にいるからってちょっと偉そうじゃない?
「いやあ、それがそうもいかないんだ。実は……、あるやんごとなき方から、とてつも無く重要なことを頼まれてな。あの黒い柱の下に行かねばならないのだ。何せ我が領の存亡に関わることなので、私が直々に事に当たる必要がある。だからここは黙って見逃して欲しい。明日葉ちゃんを巻き込んでしまったのは申し訳ないが、事を終えたら私が責任を持って送り届けようじゃないか」
日向会長がこれまでのいきさつを話す。まあ、大分端折りまくっている上、かなり大袈裟だけど、大筋では間違っていないような気がする。でも……、大分無理がない? これで納得するヤツがいたら顔が見たいものである。
「……そうですか、分かりました」
うわっ、ここにいたよ。
「でも俺も同行させていただきます」
そして、何故か仲間になった。
どういうこと? 庶民には知り得ない貴族間の不文律でもあるの?
高砂先輩は疑わしそうな視線を向けているが、特に発言するでもなく竜胆に追従する。
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リンドウとサユリが なかまになった。
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何となくピコンと頭にメッセージが浮かぶのを想像してしまった。頭の上を見てもそんなの浮かんではいなかったけれど。
「実はね―――」
流石に野茨先輩がこれまでの出来事を高砂先輩に道々話す。そして、たまに魔獣が現れると一刀両断である。戦力増強により、益々私のやることが無くなってしまった。
それにしても「アンま」の主要人物ばかりが揃ってしまった。ご都合主義というか、何だか意図的なものを感じる。
受崎先輩と大飛少年はアイドルルートがメインだし、有明先生も教師という立場だからこの場にいなくても仕方が無いだろう。不憫なのは白根君だ。杏子に好意を寄せているというのに……。私が言うのもなんだけど影が薄すぎる。もう薄すぎて、瓶底眼鏡しか思い出せないくらいだ。
「…………フッ」
何というか……まあ頑張れー。




