316 聖剣売ります
「木々の長いトンネルを抜けると…崖の上であった」
日向会長がどこぞの文学作品の冒頭のようなことを曰った。
“精霊の女王”と別れた私達は森を抜け、見晴らしの良い高台に辿り着いた。眼下には地平線まで続く草原が広がっており、草の上を渡る風が見える。その奥まった所には、この風景には似つかわしくない黒い柱が天と地を繋いでおり、多分あれが“精霊の女王”の言う“悪しきモノ”がある所なのだろう。
さて、ここで問題発生である。
「あら、どうやってあそこまで行ったら良いのかしら?」
黒い柱の下に向かおうにも一歩先の地面は遙か眼下にある。私達の居るこの場所はとんでもなく高い位置にあるのだ。
「これは空でも飛べない限り、無理だな。誰か浮遊魔法は使えるか?」
日向会長の言葉に皆首を横に振る。浮遊の魔法は、風魔法を応用するのが一般的だ。しかし、当該の魔法が使えたとしてもこの人数を移動させることは不可能だろう。途中で術が解け、この高さから放り投げられたら一巻の終わりである。
「ん?」
突然影が落ちた。何かが太陽―――頭上にあるあれが太陽だとしたら、それを横切ったのだ。
「鳥?」
逆光に目を狭め頭上を仰ぎ見ると、巨大な鳥らしき影がくるくると旋回している。それが徐々に大きくなり―――いや、あれは鳥じゃない! 鳥にしては余りにも大き過ぎる。
バサっ、バサっ。
力強い羽音が降ってきて―――巨大な何かが叩き付ける風と共に直ぐ側に舞い降りようとしていた。
「きゃっ」
うわっ、飛ばされそう。これで崖下に転落なんてことになったら目も当てられない。
風で目が開けられないけれど、誰かが支えてくれている感触があって、私は飛ばされないようギュッとその身体にしがみついた。そして、風が収まり恐る恐る瞼を開けると、目の前に翼竜がいた。ほら、あれだ。図鑑に載っている空飛ぶ恐竜、プテラノドンみたいなやつ。
「大丈夫か?」
「うわっ!」
耳元での不意打ちは止めて欲しい。月来先輩が訝しげに私の顔を覗き込む。あ、しがみついたままでしたね。スミマセン。慌てて手を離す。
「あ、大丈夫です。お手数掛けて申し訳ないです」
私、顔赤くなってない? ちらっと月来先輩を見上げると、既に視線の先は翼竜に向けられていた。意識した私が馬鹿みたいじゃない?
「おやおや、こんにゃ所に珍しい。冒険者さんかい? ちょっと待ってにゃ」
渋めのハードボイルドを気取っているんだけど、どこか決め切れていない声が聞こえてきた。その人物は翼竜の背中からスチャッと飛び降りると、ゴーグルを外しこちらに近づいてくる。最初人かと思ったのだが、よく見ると戦闘機乗りのような格好をした二足歩行の獣だ。山猫…だろうか? 思ったよりも小さく、私の腰ぐらいの背丈しかない。エピさんの小型版といったところだ。
「獣? いや……獣人か?」
日向会長が呟く。
「もしかして、エピさんの同族?」
「違うから」
ん? 誰かの声が聞こえたような……???
「やあ、ここで会ったのもにゃにかの縁だ。一儲けさせて貰おうじゃにゃいか」
獣の人? が何処に持っていたのかさっと巨大な風呂敷を広げると、その上に様々な武器がずらりと並ぶ。呆気にとられる私達の前で口上が始まった。
「さあ、買った、買った。ここで見逃すと武器の補充はできにゃいよ。ここが最後の砦だ。次はにゃいよ。コレにゃんて掘り出し物だよ。何と聖剣だ。選ばれた勇者じゃにゃければ使用できにゃいが、もしかしたらお客さんが勇者とも限らにゃいじゃにゃいか。試してみて損はにゃいよ」
あ、これって……聖剣詐欺の人? このタイミングで現れるなんて、実は精霊達とグルなんじゃない?。
「へぇーっ、これが聖剣なのぉ?」
いつの間にか杏子が広げられた風呂敷の前にしゃがみ込み、過剰に装飾された金ぴかの宝剣を手に取っていた。
「やあ、お嬢さん、お目が高い。鞘を抜けるのは、にゃんと勇者だけ! 選ばれし勇者かどうか運試しだ。さあ、思い切って抜いてみたまえ」
杏子が躊躇いもなく鞘からスッと剣を抜く。
「おおーっ、聖剣がお嬢さんを勇者として認めたようだ。うーん、お嬢さんに譲ってやりたいところだが、こっちも商売だからね。流石にタダで、とは言えにゃいが、こんにゃ目出度いことはにゃいし、うーん……ここは涙を飲んで安く譲ろうじゃにゃいか」
「あんず、見せて」
聖剣は杏子の手から紫苑先輩の手に渡り、刃の側面に指を這わせ嘗めるように見る。
「うーん、これなら鬼頭商会が用意した剣の方がものはいいな。装飾もゴテゴテしているだけの安物だし……」
「ふうん、しーちゃんがそう言うならいらな-い。だって、あたしの剣の方が可愛いもん。あたしの聖剣なら可愛くなくちゃ」
「にゃ、にゃ! 兄ちゃん、厳しいなあ」
山猫?の行商人の耳がペタンと伏せられる。
う、可愛い。
聖剣と聞いて杏子が固執するのかと思ったのだが、意外とあっさりと引き下がった。聖剣の主となる箔よりも可愛さが優先らしい。杏子は金糸や銀糸で刺繍されたピンク色の皮鎧に身を包み、腰に下がっている同色の鞘には赤い石でハートマークがデザインされている。なるほど可愛い。間違いなく特注だろう。
「あたしって、とーっても可愛いでしょ。だから、あたしに似合う、可愛いものがあれば買ってあげてもいいわ」
杏子は基本的に良い子なのだと思う。彼女は全てが自分の思い通りになると思っていて、実際に思い通りになるので、自分が我が儘だとかそんな風には露程も思っていないのだ。彼女は明るくて可愛いし、素直だ。誰もが彼女を好きになるのは当然だと思う。
……それなのに私が彼女を好きになれないのは、きっと私の心が醜いからだろう。紫苑先輩が杏子を選ぶのも当たり前なのだ。
あー、こんな自分が嫌になる。
「うーん、かわいいものねえ……これにゃんかどうかにゃ」
行商人はごそごそと上着のポケットを探ると、尻尾を摘んで鼠の死骸を杏子の目の前にぶら下げた。
「ぎゃあっ! そんなのいらないっ!」
「そうかい? 白くて、丸くて、小さくて、可愛いとおもうんだけどにゃ。それに旨い」
行商人は鼠の死骸を再びポケットに仕舞い込んだ。
いや、そんな所に仕舞わないで欲しい。
「ちょっといいだろうか? 交渉したいのだが……」
「にゃんだ? 気が変わったのかにゃ? 聖剣を購入する気ににゃったのか?」
「いや、そうではなく、そっちの翼竜に用事がある。我々をあそこの―――」
「うーん、運搬業はやってにゃいにゃ」
紫苑先輩が行商人と何やら交渉を始め、私は風呂敷の上に並べられた剣を眺めた。長いの短いの、装飾されたもの簡素なもの様々な剣があり、何だか統一感がない。それに傷のあるものが多いようだ。
「欲しいのか?」
「ひゃっ」
突然月来先輩が耳元で囁く。だから、脅かさないで欲しい。
実は愛用の山菜採り用のナイフ、精霊の泉に落ちた時にリュックと一緒に無くしてしまったんだよね。あー、大損失。流石に武器を持たないのはダメだよね。でもなあ……
「うーん、わかった。その条件で飲もうじゃにゃいか」
交渉が成立したらしく、紫苑先輩と行商人が握手をする。
「それじゃあ、アイツ一頭じゃ足りにゃいにゃ」
行商人が首から下げた笛を吹く。が、音は鳴らない。首を傾げていると、やがて空に二つの影が現れ、再び風圧が襲ってくる。舞い降りた二頭の翼竜の背には、行商人によく似た黒毛と白毛の二足歩行の獣の姿があった。
「にゃんだ?」
「お客にゃ! さっそく、商売をするにゃ」
小柄な白毛の獣がいそいそと風呂敷を広げる。
「綺麗な髪飾りにゃ。さあ、買うにゃ」
「え、髪飾り? あたしに似合う可愛いーのある?」
杏子が興味津々という顔で、商品を覗き込む。
「えーっ、何これ、ガラクタばかりじゃない」
風呂敷の上に並んだのは、歯抜けの櫛、変色した飾り紐、ひしゃげた銀細工、一部が焼け焦げたベルトらしきもの……正直、碌なモノがない。
「そんな事ないにゃ。コレにゃんか綺麗にゃ」
小さな行商人が手にしたのはキラキラと輝く石で、ちょっと手の込んだ細工の台座に嵌まっている。ペンダントヘッド……いや、ブローチかな?
「ふむ、これらの商品は一体何処で仕入れたんだい?」
「冒険者の死体から集めたにゃ」
「にゃにゃ、それを言っちゃダメにゃ」
白毛の行商人の失言に仲間の黒毛が慌てて制するが、当の本人は全く気に留めていないようだ。もしかしたら、まだ幼くて自分の言ったことを理解していないのかも知れない。
「さあ、買うにゃ。これはいいものにゃ」
手の中の物をぐいっと杏子の方に向ける。
「やだぁ、死体から剥ぎ取ったものなんていらなーい」
「にゃにゃ、それじゃ、そっちのお姉さんはどうにゃ?」
「わたくしも遠慮いたしますわ」
「うっ…にゃぁ……」
杏子と野茨先輩に振られた小さな白毛の行商人は、うるうるっとした瞳で私をじっと見詰めてくる。
「う、反則……」
でも、購入するとしたら、装飾品ではなくて、武器が優先なんだよね。ここまでは、精霊の支配下にあるからか、獣らしい気配はあったけれど、私達が襲われることはなかった。でもこれからはそうもいかないだろう。自然、私の視線は最初の行商人が広げた風呂敷の方へと……
「お嬢ちゃんは、どうやら剣の方に興味があるようだにゃ。おや、にゃんだ丸腰かい? それはいけにゃい。自ら死にに行くようにゃもんだ。聖剣……は、あのお嬢ちゃんが抜いちまったし……そうだにゃ、これなんてどうだい?」
私の視線に気づいた山猫の行商人が、好機とばかりゴテゴテした剣を売り込んで来る。流石に聖剣は勧めてこなかったが、でも何故その剣? いや、それよりも……
「私、お金がないので……」
「ああ、外の金はいらにゃいよ。それより、持ってるよね。石」
行商人の視線が私の上っ張りの膨らんだポケットに向けられる。
う、目敏い。
私はポケットから精霊石を取り出す。掌大の一般的には特大と言われる精霊石だ。精霊の森を彷徨っている時に採取していたのだ。
「なかなかの石だにゃ。まあ、ちいと足りにゃいが、大サービスだ。この辺のものから選ぶといい」
行商人が風呂敷の右端を示す。いや、私、ボラれてない?
いくつか並ぶ剣の中から、長剣と言うには少し短めで細身のものを選んだ。聖剣とは違って殆ど装飾のない簡素な剣である。
「毎度あり」
精霊石を手渡す。ダンジョンの外で売ればどのくらいの値が付くんだろう。勿体ないけれど、仕方が無い。
「おい、こんなところで購入して大丈夫なのか?」
月来先輩が心配して声を掛けてくれる。
「流石に手ぶらで戦う訳にはいきませんから……」
例え足元を見られたとしても、私に選択肢がないのだ。命大事。
「これはサービスにゃ」
白毛の行商人が先ほどまで売ろうとしていた装飾品を手にしている。
「いや、死体から剥ぎ取ったものは……ちょっと」
それを言ったら、この剣もそうか……
「剣のここに填めるといいにゃ」
白毛の行商人がパチンと柄のくぼみに装飾品を填める。
「かっこいいにゃ」
満足そうな行商人の様子にいらないとは言い出せない。それにその装飾品はもともとこの剣のものだったのではなかろうか。道理で変なところに窪みがあると思った。
「それじゃあ、出立しようか」
山猫の行商人はくるくるっと風呂敷を丸めると背中に背負った。とても剣が何本も入っているとは思えない。白毛の方はぐちゃぐちゃと風呂敷を丸める。あの風呂敷は魔道具なのかもしれない。
「もっと大きにゃ翼竜が居れば良かったのだが、あいにくこのサイズしかいにゃくてな。分散して乗ってくれ」
この場に居る翼竜達でさえ、十分大きいと思うのだが、この翼竜、都市を背中に乗せるくらいの大きさまで成長するらしい。今この瞬間も背中に都市を乗せた翼竜がどこかの空を飛んでいるとか。
それから、意外にも野茨先輩が高所恐怖症であることが判明した。
「違うわよ! こんな獣の背中に乗れば誰だって怖いに決まっているわ!」
日向先輩にしがみついてガタガタ震える先輩が、何とも可愛らしかったりして。
その姿を見て、杏子も慌てて怖い振りをして、日向会長の腕の中……は空いていなかったので、月来先輩の下に来た。
「こわーい、あたしもこんな恐ろしいモノに乗れなーい」
「それなら、ここに残るといい」
「むぅ」
月来先輩はそう言葉でバッサリ斬ると、私を腕に抱え翼竜に乗り込んだ。これ、お姫様抱っこってヤツだよね。カッと顔が熱くなる。わ、私、重くないかな?
結局、日向会長と野茨先輩、杏子と紫苑先輩、私と月来先輩の組み合わせで翼竜に乗り、黒い柱の下へと向かうことになった。
月来先輩に背後から支えられる形で、翼竜の背にまたがる。何でこんなにドキドキするのだろう? もしかして私も高所恐怖症……?
翼竜が大きく羽を動かし、地面を蹴って飛び上がった。遠ざかる地面を見ると今まで居たところが空中に浮かぶ島であったことが分かる。端から水が溢れて滝のように流れ落ちているんだけど、あの水はどこから来たんだろう?
それにしても、山猫行商人達が居なければ、私達詰んでたんじゃない?
「にゃっ!」
ゴーグルを掛けた山猫が振り向き親指を立てた。




