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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第3章 たまに冒険者

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314 合流

・2024/8/2 一部修正

 光溢れる扉の向こう側へ―――


 ドテッ。


 バランスを崩した私は石畳の上に尻餅をついた。私の上に覆い被さるように落ちてきた精霊がバーッと蜘蛛の子を散らす。


「イタタタタ……」


 お尻を摩りながら立ち上がると、扉が宙に溶けるように消えていった。

 何か最近、こんなのばっかりじゃない?


「あ、ちょっと擦りむいてる」


 何だかヒリヒリすると思ったら、掌に軽く擦り傷ができていた。この程度なら嘗めときゃ治る……嘗めないけど。

 それにしても、ここはどこだろう?


「あ……」


 背後を振り向くと、鳩が豆鉄砲食らったような顔でこちらを眺めている一団がいた。もちろん、実際に鳩が豆鉄砲食らった顔なんて見たことない。


「えーっと、どうも……」


 首を傾げつつ、軽く手を上げてご挨拶。


「きゃああああああああーーっ!」


 そこに絹を引き裂くような悲鳴が上がる。

 ふわっふわの髪をした女の子が甘えるように隣にいる青年にしがみつき、顔を伏せつつもチラチラとこちらを見ている。


「もう、何なの?」


 (ひと)の顔を見て、恐怖(ホラー)映画で怪物を見つけたような悲鳴を上げるなんて失礼じゃない?

 悲鳴を上げたのは、ご存知“みんなのあんずちゃん”こと佐倉杏子で、彼女がしがみついているのは日向会長である。その傍らには、杏子を守るように紫苑先輩が立ち、さらに月来先輩と野茨先輩の姿もある。会長はさりげなーく数歩下がり、杏子を引き剥がそうとして失敗した。

 ん、あれ? 皆が居るって事は、精霊の泉に戻ってきたのだろうか?

 それにしては静かすぎるような……。


「おいっ!」

「大丈夫っ!?」


 月来先輩が颯爽と、野茨先輩はくるくるの毛先を華麗に揺らし、それから杏子の手を何とか振り解くのに成功した日向会長が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「大変っ、血が!」


 野茨先輩が私の両頬を掌で挟んでぐりぐりと動かし、嘗めるように私の顔に視線を這わせる。うわ、先輩綺麗、睫長―い、じゃなくて……


「な、何事?」


  か、顔が潰れる。これ絶対ブサイクになってるよね?


「明日葉ちゃん、大怪我じゃないか!」

「無理に動くな」

「直ぐに手当をしなくちゃ」


 何か先輩達が慌てているんですけど……。


「いや、怪我なんてしてないから……」


 もし、本当に怪我なんかしていたら、こんなにぐりぐりされたら悪化しているよ。それより、潰れ饅頭な不細工面(多分)をそんなにまじまじ見詰めないで欲しい。


「だって、お前、こんなに血が!」

「え、血?」


 私、知らないうちに大怪我してた!?

 恐る恐る傷口があると思しき頭部に手を当てて……髪の毛のガビガビっとした感触……ん?


「………………いや、これ果物の汁」


 が乾いたヤツ。

 忘れていたけれど、真っ赤な果汁がぶしゃーっと私に掛かったんだっけ……。どうやら完全には拭き取れていなかったらしい。


「は?」

「え?」

「……いい加減、拾い食いは止めろ。全く、人騒がせなヤツだな」

「いや、拾い食いなんてしてませんからっ!」


 食い意地の張った犬でもあるまいし、月来先輩、酷い。


「とにかく、怪我がなくて安心しましたわ」


 野茨先輩がニコッと微笑む。美人の笑顔は破壊力が大きい。でも何かさっきから私を凝視してくるんだよね。偶についと視線を外し、再び私をジッと見詰めるの繰り返し。

 何だろう? 私、何かした? 単なる気のせい?

 兎に角ここは……


「スミマセン。心配お掛けしました」


 何となく理不尽にも思うけれど、心配掛けたのは事実なので、素直に謝っておくことにする。

 なお、ちょっと大袈裟なほど彼らが怪我に敏感になるには訳がある。実はこの世界、色々な魔法があるのに怪我を治す治癒魔法が存在しないのだ。


 ……いや、正確には存在しないわけではない。


 教会にいるごく少数の聖人や聖女のみ治癒魔法が使える……ことになっている。治癒魔法の使い手は、市井にも存在しない訳ではないらしいのだが、下手に治癒魔法が使えるとなると、大変な目に遭うらしい。怪我を治せてあたりまえ、治せなければ理不尽にも責められる。恐ろしいことに過去には奴隷扱いで強制的に治療させられる人もいたらしい。だから、治癒魔法が使えても殆どの人は秘密にし、治癒魔法が使えることが知られてしまうと、教会に助けを求めて駆け込むため、公には市井に治癒魔法が使える人物は存在しないことになっている。


 ちなみにだけど、協会に聖人や聖女に認定されるには奇跡を起こす必要がある。その奇跡とは、遺体が蝋化してそのまま腐らずにいるとか、死後、司祭の夢枕に立って災害を知らせたとかである。そう聖人や聖女に認定されるのは殆ど死後なのである。ただし、治癒魔法はその存在自体が奇跡とされており、使えるだけで聖人、聖女認定される。つまり、生きている聖人、聖女は、ほぼ治癒魔法の使い手と言って良い。

 ちらりと杏子を見る。

 聖女と言えば……乙女ゲームの主人公の定番だよね。ならば、杏子も聖女であってもおかしくない訳だ。


「ねえ、しーちゃん。何でみんなあんな子に構うわけ? こんなのおかしいわよ」


 恐怖映画のヒロイン張りに悲鳴を上げたのに日向先輩と月来先輩に見向きもされなかったのが、納得いかないのだろう。何だかむくれていて、それを紫苑先輩が慰めている。

 杏子はあくまで光属性の魔法使いで、治癒魔法が使える聖属性ではない。治療魔法を使えることを隠している可能性もあるけれど…………


 ないな。


 杏子なら治癒魔法を使い、嬉々として聖女を名乗りそうなものである。

 もしかして、今後私の知らないルートで聖属性に目覚め、聖女になる展開もあるのだろうか?

 杏子は選ばれし運命の娘らしいし、無いことも無いかも知れない。でも、もしそんなことがあるとしたら、一体どんなルートなんだろう?


「ほら、飲んでおけ」


 月来先輩が回復薬を押し付けるように手渡してくれる。


「え? 私、お金ならないので、払えませんよ」

「金なんて取るか!」


 治癒魔法は殆ど存在しないと言って良いけれど、体力を瞬時に回復する所謂ポーションみたいな飲み薬は存在する。疲労回復、滋養強壮……超強力な栄養ドリンクみたいなものかな? 高いからもちろん私は持ってない。自然回復あるのみ! である。


「それじゃあ、ありがたく……返せといっても返しませんからね」


 念には念を押しておく。この場に居る日向会長と野茨先輩達が証人だ。


「いいから、早く飲め」


 では、遠慮無く。

 薬なのに清涼飲料水のようにすっきり爽やかで美味しい。ごくごくのめちゃう。


「ぷはぁ」


 どこかのオジさんのような声が漏れた。ああ、五臓六腑に染み渡る。


「ほら、如月さん、この水で汚れを落としたら良いわ」


 野茨先輩の水魔法でハンカチを濡らし、ガビガビになっていた髪の汚れを落とす。やっぱり水魔法はいいな。私も何とか使えるようにならないかなあ。それから、手持ち無沙汰にしていた日向会長がズボンのポケットを探ってキャラメルを一粒くれた。

 ありがたくいただく。うん美味しい。

 何故か月来先輩が日向会長を睨む。もしかして先輩もキャラメルが欲しいのかもしれない。


 彼らは私を泉に落としたことに責任を感じているのだろうか? もちろん私が泉に落ちたのは先輩達の責任じゃない。強いて言えば、杏子が悪い!

 過剰な親切に戸惑いつつ、私はあの後のことを尋ねた。彼らは泉の銀色の輝きに包み込まれ、その光が収束するとこの場所に立っていたらしい。そして、この場を拠点に私を探していたとのことだ。


 何だか申し訳ない。


 私はぐるりと辺りを見回す。頭上には洞窟の天井ではなく、太陽……と思われるモノが樹冠から覗いている。足下は石畳でちょっとした広場になっており、石畳の隙間から雑草が伸びている。その広場をツタの巻き付いた巨木が取り囲み、まるで植物が遺跡を飲み込んだようだ。所々木漏れ日が差し込む様子はとても幻想的だった。


「そうこうしているうちに、佐倉さんが悲鳴を上げて、如月さんが血まみれでそこに居たというわけ」


 いや、血まみれじゃないし……

 でも、アンまの主要人物だけ転移って、何だか意図的なものを感じるよね。正しくは月来先輩と私は違うけど。でも先輩はまだ思い出していないだけで、主要登場人物っぽい。

 ほら、こういうゲームには、隠し攻略対象ってのが、存在するじゃない? まさに月来先輩ってそんな感じ。そうだとしたら、私だけがアンまとは無関係な存在なわけだけど…………

 もしかして私もまだ思い出していないルートに登場するのだろうか? だとしたらその役割は一体……?


『あノー、オ取り込ミ中、申シ訳ゴザイまセンが、ちョットいいデスか?』


 私の思考を遮り、何とも調子外れの声が聞こえてきた。



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