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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第1章 まだ何者でもない

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102 ルームメイト

 ギシッ、ギシッ……


 一段毎に階段が軋む。

 踏み板の中央辺りは磨り減り、角は丸くなっている。随分年季が入っているみたいだ。もちろんそれは階段だけではなく、この歴史ある建物全体にも言える。外見は煉瓦作りの瀟洒な建物だが、これって夏暑くて冬寒いってヤツではなかろうか。

 私に充てがわれた寮室は二階の奥から二番目、二〇二号室。

 そこに向かう途中、あれからずっと機嫌を損ね続けている“おもいで精霊”が私の髪をツンツンと髪を引っ張り、“嘘吐き精霊”ではないと抗議している。

 精霊には実体が無いと思っていたのだけど、本当は存在するのかもしれない。

 まあそんなことよりも、今私は重大な試練に臨もうとしている。

 そう、私の寮室は二人部屋。なんと、 同居人(ルームメイト)がいるのだ!


 私は幼い頃から天城家の離れ家、師匠のアトリエで生活していた。たまに師匠が、大抵ぐてんぐてんに酔っ払って! 泊まっていくことはあったけれど、基本一人で寝泊まりしていた。だからある意味、共同生活は初めてなのだ。

 同居人(ルームメイト)はどんな人だろう。

 夜中に突然奇声を発したり、頭をぐりぐりしたり、私をたたき起こしたりしない人がいい……あ、コレ全部師匠のことだ!(…………たまにぎゅっとして一緒に寝てくれるのはちょっと嬉しかったけど―――、もちろん子供の頃ね)

 当然、意地悪な人は駄目(これは師匠の下の息子!)。それなら私に無関心でいてくれた方がマシかもしれない。

 兎に角、同居人との関係によってこの一年間が平穏に過ごせるかどうか決まるだろう―――……多分。


 二階に上がると左右に板張りの廊下が伸びており、北側に窓、南側に部屋が配置されている。私は右側の廊下を西側の端に向け、ゆっくりと歩き出す。

 精霊の抗議は相変わらず続いている。結構しつこい。

 私は二〇二号室のドアを前にして、大きく息を吸い込んだ。

 やっぱり、最初が肝心だよね。


『今日から同室となります如月明日葉と申します。何かとご迷惑をお掛けするかと思いますが、一年間よろしくお願い申し上げます』


 は、ちょっと堅苦しいかな?


『ハーイ! 私、明日葉。アッスンって呼んでね。よろー!』


 いやいやいや、馴れ馴れし過ぎるでしょ。それにアッスンって……よろー!って何よ。


『私、如月明日葉。天城村から来ました。これから一年間よろしくね』


 そこで手を差し出し、握手。よし、無難にこれでいこう。

 笑顔、笑顔……私、上手に笑えているかな?

 意を決してドアをノックする。


 トン、トン。


 ………………………

 ………………

 …………

 ………反応なし。


 今、部屋にいないのだろうか? 入っても良いよね。ここ私の部屋でもあるんだし。

 私は恐る恐る真鍮製の丸いドアノブを回した。ドアはゆっくりと部屋の内側へと開かれていく。

 まず目に飛び込んできたのは正面の格子状の窓だ。その窓に向かい机が少し離れて二つ並んでいる。右側の机の椅子には誰かが背を丸めて座っていて、逆光を受け黒いシルエットになっていた。その人物が頭を上げゆっくりと振り向むく。


「ん、誰?」

「あ、あの今日から同室になるア、アス……」

「ああす?」

「……いえ、如月明日葉です。よ、よろしくお願いします」


 準備していたこと全部すっ飛んだ。


「ああ、同室の人ね……」


 私が部屋に足を踏み入れると、逆光で黒く塗り潰されていた顔が色を取り戻す。その人物は値踏みするように私を見た。

 あ、可愛い……。

 長いサラサラの髪に大きな瞳、小さな口……何だか既視感。


「ふうん、あなたのベッドはそっちよ。できれば部屋の中では、私の邪魔をしないように静かにして貰いたいわ」

「あ、御免なさい。試験の勉強の邪魔しちゃった?」

「試験勉強? 馬鹿ね。明日の試験なんて何の意味もないわよ」


 同居人(ルームメイト)は不機嫌そうに答えた。


「でも、明日の試験の成績でクラス分けするんでしょ?」

「クラス分けなんて、魔力判定で既に決まっているわよ。明日の試験は基礎的な学力があるか確認するだけ。読み書きの出来ない人がいきなり魔法基礎理論なんて習ってもしょうがないでしょ。基礎学力の無い人には別途カリキュラムが用意されるのよ」

「そうなんだ……」


 私の視線は同居人(ルームメイト)の顔に吸い寄せられた。その顔に見覚えがある。誰かの面影が―――


「……デイジー?」


 私の口からポロッとその名前が零れた。

 目の前の人物は一瞬きょとんとして、そしてその顔に徐々に笑みが広がっていく。


「あら、あなた私の舞台を見てくれたの? 私の歌はどうだったかしら? もしかして私のファン? サインしてあげましょうか?」


 彼女はいきなり立ち上がると、興奮した様子で私の手を取り、ぎゅっと握った。


「あ、えーっと……」

「こほん。……な訳ないわね。それじゃ……もしかしてお仲間といったところかしら?」


 私の反応が思っていたのと違ったのか、少しテンションが下がったようだ。しかし、それでもそれまでの不機嫌さが嘘のようににこやかな態度となる。


「あら、まだ私の名前を伝えていなかったわね。私は長命(ちょうめい)菊子(きくこ)。菊子なんて年寄り臭くて嫌なのよね。ステージ名は雛菊、愛称はご存知、デイジーよ。学院内では、菊子と呼んでちょうだい。実績を作るまで私が雛菊であることは秘密よ。一年後には歌手として独り立ちしている予定。いつか王立劇場の舞台で歌ってみせるわ。よろしくね、アスアス。ああ、あなたとなら仲良くやっていけそうだわ」

「あ、アスアス………?」


 一気に捲し立てられ、私は圧倒された。


「ね、アスアス」

「え、あ、うん。よろしく……」


 笑顔に強制力があるのだと私は知った。


 『デイジー』こと『ヒナギク』、例のゲームの登場人物だ。あるルートで主人公アンズのライバルとなる歌手志望の少女である。

 デイジーがここに存在するということは、やっぱりここはゲームの世界?

 “おもいで精霊”がそれみたことかとふんぞり返った―――ような気がした。


「………」


 だとしたら、アンズもどこかに存在する訳で……

 あ、やっぱりこのまま失恋一直線?



【閑話】

 デイジーはああ言ったものの、私の学力が基準を満たしているのかは分からない。

 入学が許可されないなんてことになったら嫌なので一応、明日の試験に備えて勉強することにした。

 だけど、えーっと、何を勉強したらいいのだろう?

 師匠から貰った本を手に取る。

『ゴブリンでもわかるベヒモス語入門』

 何か違うような気がする。

『これであなたもハナモゲラ語の達人!』

 試験勉強は諦めた。


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