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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第3章 たまに冒険者

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312 獣の王子

「時は流れ、件の王の子孫もほぼ人の子で誕生し、呪いの存在を忘れ去られそうになった頃、思い出したかのように獣の子が生まれた」


 私の想像の中の王子は、ちびちびなエピさんの姿をしていた。みゃーみゃー鳴く子猫のエピさんが途轍もなくかわいい。


「久方ぶりに王家に獣の子が誕生し、王は呪いを解こうと魔術師や聖職者に伺いをたてたのじゃが、彼らの答えは何時も同じであった。『この呪いは魂の根源に深く刻まれたもので、私どもにはどうすることもできません』とな。結局、誰も呪いを解くことなど出来なかったのじゃ……」


 お爺さんがぱふっと煙を吐く。


「その子は…王の血を引く唯一の子だったため、これまでの獣の子のように直ぐに放逐されることはなかった……じゃが、世間からは隠されるように育てられた。王子もまたその姿を恥じ入り、自ら人前にでることはなかった……」


 いつの間にか幻影による百鬼夜行は鳴りを潜め、ゆらゆらと蒼い波だけが揺れている。あの白いワンピースの女の子の姿も見えない。


「そんな王子も、乳母の子で姉弟のように育てられた娘にだけは心を許しておった」


 ふわっと、白い半透明なものが視界を過った。


「ァッ!」


 声が出そうになって慌てて飲み込む。お爺さんの直ぐ側にあの白いワンピースの女の子が居たのだ。彼女はお爺さんに寄り添うように立っているのだが、お爺さんはその存在に気付いているのか、いないのか、全く気にする様子がない。


「その娘はのう……精霊に好かれる質でのう……人前に出ることを恐れる王子に大層心を痛め、精霊の王に王子の呪いを解くよう願ったのじゃ」


 お爺さんの手の中にあるペンダントを覗き込こんでいた女の子の幻影が顔を上げ、私に向かってニコッと微笑んだ。


「精霊の王は、『魂に刻まれた呪いを解くことは出来ぬ。しかし、その姿を偽ることは出来よう』と告げると、娘に虹色に輝く精霊石を授けたそうじゃ。以降、その精霊石の力によって、王子は太陽の下でも人の姿を保つことができるようになったのじゃ」


 想像の中のちびエピさんが人間に……ならなかった。人間になったエピさん……想像できない。


「その精霊石がこの石じゃ」


 お爺さんがチェーン部分を掴み、ペンダントを掲げる。その石の色は虹色ではなく、ほぼ透明だった。それを幻影の女の子がちょんと突き、ペンダントがゆらゆらと揺れる。

 ホントに彼女は……幻影……なんだよね?

 よく見ると透明だった石が薄らと色づいているような……目の錯覚? 光の反射?

 それにしても、お爺さんの話は本当のことなのだろうか? 本当だとしたら、このペンダントは王族の持ち物であって……

 ん、ちょっと待って! 恐ろしい事に気付いてしまった!

 もしかして、もしかして、もしかして……エピさんは王族ってこと!?

 もしかして、もしかして……エピさんは女好きの王様の子孫で、呪いに掛かっている!?

 もしかして……夜は人間の姿なの?

 ふと月来先輩の顔が脳裏を過った。何となく、エピさんと月来先輩って似てない?

 いやいやいや、でもペンダントを持っているのにエピさんはずっと巨大な猫の姿でいたよね。月来先輩だって、ダンジョンに入ったのは昼間なのに人の姿だったよね。


「はーっ……」


 何だ、じゃあエピさんと月来先輩は別人じゃん。

 あ、でもエピさんが王族疑惑は残るわけで……私、思いっきり失礼な態度とってない?

 思いっきり迷惑掛けているし……

 エピさんにしでかしたアレやコレを思い返してみる。

 不敬罪に問われないよね?

 落ち着け、私。

 このペンダントの石が王家から流出した可能性もある訳だし、必ずしもエピさんが王族とは限らないよね。

 それにお爺さんの話が真実とも限らない訳だし……


「あのー、なぜお爺さんがそんなことを知っているんですか?」

「何じゃ百面相をしてたかと思ったら、唐突じゃの。それは、じゃな……おや?」


 何もなかった空間に突然扉が現れる。私が入ってきたのとは異なる扉だ。扉は僅かに開き、そこから光が漏れている。

 これも幻影?

 突然ブワッと辺りに幻影が湧き出した。巨大な角の生えた綿埃、翼の生えた綿埃、カラフルに点滅する綿埃。そこに見知った人の姿が混ざる。あれは私の記憶だろうか? エピさん、菊子、日向会長、月来先輩、杏子、竜胆、野茨先輩……紫苑先輩……、そして夫婦らしき男女の姿と小さな女の子。


「……誰?」


 彼らは幼い娘を囲み笑い合っている。知らない親子の筈なのに何故だが胸がツキンと痛んだ。見ていられなくて思わず視線を外す。

 視界にあの扉が再び入ってくる。先程より少し開いているようで漏れ出す光の量が増えている。


「どうやら時間切れのようじゃ……ほれ」


 お爺さんはペンダントを私の手に戻してくれた。ペンダントの石の色が僅かだが濃くなったように思う。


「お前さんをお待ちかねのようじゃ、の」


 お爺さんはフワッと浮かび上がると、私の背を開きかけた扉の方へ押した。


「あ、お爺さん…」


 私は扉の向こう側へと押し出されながら、お爺さんの方へ顔を向ける。視界に入ってきたのは、お爺さんの背後に広がる海。それから、見た事のない人達がこちらを見て微笑んでいる。

 あれは異世界の人達だ。

 直感がそう告げた。その人達の前に金色に輝く球体が浮かび、その人達の姿を眺めているように見えた。


「あれって……精霊?」


 スッと光の塊が消える。


「必ず、我が……を救……のじゃぞ」


 お爺さんが何か言ったように思ったが、その言葉は私の耳には届かなかった。

 そして、扉の向こう側へ―――



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